はじめに


" I wonder if, a hundred years from now, anybody will win a victory over anything because of something I left or did. It is an inspiring thought. "


「いまから百年後になって、だれかが、わたしの遺すものやまたしたことによって何かに勝つことがあるだろうか。こう考えるだけで奮起せずにはいられない。」
(『エミリーはのぼる』第一章より)


1908年にL.M. モンゴメリの『赤毛のアン』が世に出て100年。世界中で読み継がれ、日本でも新たな訳出が重ねられている『赤毛のアン』とそのシリーズについては、多くの評論や解説書が発表されていますが、近年では「モンゴメリは、本当は家庭的な物語は書きたくなかったのだ」「世間に好まれるものを、仕方なく書き続けたのだ」などといった、読者が自然に抱く『赤毛のアン』のイメージを覆そうとする内容のものがよく目につくようになりました。
 果たして、それは本当なのでしょうか。本当にモンゴメリはアンの物語を嫌々ながら書き続けたのでしょうか。
 アン・シャーリーの一番の「心の同類」であるモンゴメリ自身と、彼女の人生の中での「心の同類」たちを通して、モンゴメリがアンやエミリーの物語に託した思いを確かめたいと思います。

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水野 暢子