ステルフォンタ(Stelfonta®︎)による皮膚肥満細胞腫治療

ステルフォンタ(Stelfonta®︎)はオーストラリアQBiotics社で開発され、欧州大手製薬会社Virbacが販売する皮膚の肥満細胞腫をターゲットにした新しい治療薬です。有効成分のTigilanol tiglateはオーストラリア固有の熱帯雨林植物Fontainea picrospermaの実から抽出された成分で生体に対して強い毒性を持たずに抗腫瘍作用を促すユニークな薬です。

Tigilanol tiglate を皮膚の肥満細胞腫に直接注射することで腫瘍組織内で現局した炎症を誘発し、腫瘍細胞を破壊します。また腫瘍組織内に分布する血管も破壊され腫瘍への血液・酸素・栄養の供給が遮断されることから腫瘍組織の壊死をもたらします。一方周囲の健常な組織では軽度の炎症が起こるものの組織の破壊はなく、腫瘍が壊死した後の皮膚の欠損部分は正常な皮膚によって治癒していきます。これにより全身的な副作用はほとんど見られず、完全治癒率75% 以上という高い効果が見られます。

肥満細胞腫は皮膚や皮下に最も多く見られる悪性腫瘍の一つで、悪性度の強いタイプでは短期間で大きく増殖したり転移して広がる危険性があります。悪性度の低いものではJAK阻害剤などによる治療で成功例も見られますが、中程度以上では投薬に対しあまり反応が見られないことも珍しくありません。最善の治療としては周囲の健常な組織を含め外科的に大きく切除することですが、4肢や顔面など切除可能な部分が限られる場所ではがん細胞の完全切除が困難なことがあります。ステルフォンタは広範囲の外科的切除を必要とせず、切除困難な場所でも最小限の皮膚の欠損で完全治癒の可能性をもたらす画期的な治療と言えます。また既に扁平上皮癌やメラノーマなど他の腫瘍への応用も研究されており今後期待される新薬です。

ステルフォンタは2020年に欧州で皮膚の肥満細胞腫(および一部の皮下肥満細胞腫)の治療薬として認可・販売されましたますが、2023年現在日本では未承認薬となっています。また既に転移が確認されている場合や肝臓・脾臓など内部臓器の肥満細胞腫の治療に用いることはできません。

治療対象(2023年現在)


安全性と副作用

治療の流れ

注射の数日前からステロイドの投与を開始します。またあらかじめ1−2週間ほどステロイドを投与し肥満細胞腫の大きさを減少させてから治療することもあります。

ステルフォンタを皮膚の肥満細胞腫の中に直接注射します。注射時に多少の痛みがあるため、注射時い鎮静剤を使用することがあります。注射後数時間で炎症が誘発され腫瘍細胞の破壊が始まります。

また肥満細胞の破壊に伴いヒスタミンの体内への放出が懸念されるため、7−10日程度のステロイド、抗ヒスタミン剤、胃酸抑制剤の投与を開始します。

注射後数日から1週間で腫瘍組織の壊死が始まり、周囲の正常な組織からの乖離も見られます。腫瘍組織は軟化し多少の体液・出血が見られることがあります。症例によってはこの期間に広範囲の内出血・むくみ・腫れ・痛みが見られることがあり、必要な場合短期間の鎮痛剤が処方されます。

腫瘍組織が完全に脱落し皮膚に欠損部分が見られますが抗生剤や包帯による傷口の保護は多くの場合推奨されていません。ただし傷口の治りにくい場所ではバンデージのより患部の動きを抑制することがあります。皮膚の欠損部分は縫合せず自然治癒を待ちます。(セカンド インテンション)

注射後2週間程度で欠損部分を埋める新しい肉芽組織が見られ、注射後約1ヶ月で傷口が修復されます。またこの時点で効果が不完全の場合2回目の注射をおこないます。