多言語状況の比較研究

 

プロジェクト概要


AA研共同研究プロジェクト<多言語状況の比較研究>

1.プロジェクトの概要
 かつてグローバル化による世界の言語的文化的均質化が語られ、それに対抗する形で少数言語の保護、危機言語の救済が叫ばれた。しかし世界は考えられたように言語的均質化に向かうのではなく、むしろグローバル化は世界の多言語性をむしろ顕在化させつつある。国民国家の形成と国語の創生が消滅させるかに思われた言語問題は、再び諸国と諸国間において無視できない位置を占めつつあるのである。
 従来、多言語状況の管理を目的とする言語政策をめぐる議論は、基本的に一国レベルで取り上げられてきたが、一方ではグローバル化による英語の影響力の拡大があり、他方ではEUの少数言語憲章や、世界銀行、ユネスコ等による「万人のための教育」キャンペーンの母語主義教育など、各国民国家のレベルを超えた介入が、各国家の言語状況に影響を及ぼすようになっている。
 一国一言語という19世紀ヨーロッパ型国民国家の理念型がもはや通用しないことは明らかだが、それに代わる多言語主義にもとづく社会の形成については、さまざまな試みはすでに存在するが、いまだ試行錯誤の段階を超えていない。
本研究では、ヨーロッパとアジア、アフリカの相互に大きく異なった歴史的社会的諸条件のもとにあるさまざまな国家、社会の言語問題とそこで行われている言語政策について、相互比較を通じて、従来の一国レベルの理解とは異なった総合的な展望を得ることを目指したい。 

 

2.研究の目的
 1980年代から90年代にかけて、ナショナリズム、国民国家が批判の対象として議論されるようになるのと並行して、多文化主義、多言語主義(multilingualism)が論じられるようになった。しかし多くの場合、そうした議論が前提としていたのは、基本的にはそれぞれの国家の中で公共性を担保する言語がすでに存在する状況であり、公共性を担保するべき言語が満足に機能しない中で、多言語間の重層的な関係が存在しているアジア、アフリカ、とりわけアフリカ諸国の多言語状況(multilingualism)は十分視野の中に入っていなかった。多言語主義(multilingualism)をめぐる政策的議論の前提となる多言語状況(multilingualism)についての理解は一面的、ないしは浅い水準にとどまっていたのである。
 本研究は、多言語主義をめぐる議論を生み出したヨーロッパ等の状況と、アジア、アフリカのさまざまな多言語社会の状況を比較検討することで、多言語状況(multilingualism)についての総合的な理解を目指すとともに、言語的多様性と公共空間の形成がどのようにして両立し得るのか、その歴史的社会的諸条件をさぐろうとするものである。

 

3.研究の意義、とくに共同研究プロジェクトとして展開することの意義
 言語問題をめぐる個別の研究者による取り組みは、使用言語の問題や歴史的社会的背景についての基本理解のための最低限の知識の必要から、基本的に一国ないしは一地域を対象としたものになりがちである。文献を通じてある程度他地域の状況についての知識を得ることも可能であるとはいえ、異なった視点を獲得することを常に可能にしてくれるわけではない。共同研究という形をとることによって、個々の研究者が自らが研究対象としている国や地域からあらわれてくる問題を、別地域の研究者の視点に導かれてまったく異なった角度から再照射することによって、より多角的な視点から再検討することが可能になり、さらには総合的な視点を獲得することも可能になるだろう。
 ヨーロッパで現れた言語権をめぐる議論や、少数言語憲章が引き起こした諸問題、各国の言語法とそれによって作り出されている状況、旧ソ連の民族言語政策と旧ソ連解体後の状況の推移等々は、一方でアジア、アフリカの言語問題を考える際のひとつの手がかりともなるであろうし、逆にインドの多言語政策やアフリカの重層的な多言語状況と公用語のヨーロッパ語の関係は、ヨーロッパの状況の特殊性を逆照射することになるだろう。 

 

4.共同研究プロジェクトとして期待される研究成果、および共同研究効果
 多言語主義という言葉はいまでは通例肯定的な響きを持って使われている。しかし、実際には近代のほとんどすべての国民国家は、管理が困難な自らの多言語性をそぎ落とそうとしてきたのである。多言語状況の管理を含めた言語問題は、社会的コストの問題を含め、さまざまな困難を孕んだ問題である。しかし、多くの場合、国家による少数言語の抑圧や排除を批判し、多言語性を称揚する議論は、多言語性がはらむ諸問題を十分に視野に収めていない。世界は、多言語状況が生み出す言語問題をいまだ克服しえてはいないし、この問題について取るべき方向性が明らかになったわけでもない。
 AA研では、こうした問題についてすでにいくつかの先行する取り組みがあった。2002年からの重点共同研究プロジェクト「アフリカ・アジアにおける政治文化の動態(主査:小川了)」では「言語共同体と言語政策」が6つのサブグループの一つとして置かれ、アジア、アフリカの各国の言語問題と言語政策についての研究が行われた。また2001年から当時AA研に所属していた梶茂樹教授を研究代表者として(2004年からは高知尾仁AA研助教授)行われた科学研究費補助金による研究プロジェクト「アジア・アフリカにおける多言語状況と生活文化の動態」では、17の国と地域について多言語状況の分析が行われている。本研究はこうした先行研究の成果を引き継ぎつつ、さらに研究の蓄積と共有をはかろうとするものである。
 多言語状況が生み出す言語問題を総合的に検討する本研究は、21世紀の世界において、多言語状況がどのような問題を孕み、それに対するさまざまな取り組みから新たに何が見えてくるのかを整理して提示することで、しばしば一面的な理解に基づいて行われている国際機関や諸国家、あるいはさまざまな団体によって行われている言語への介入について、再考を促す契機となることが期待される。
 

5.研究の実施計画
年3回程度の研究会を開催し、3年計画で研究を行う。
(初年度)
第一回の会合で多言語状況についての先行研究の成果を振り返りつつ問題意識の共有をはかる。第二回以降、メンバーのそれぞれのフィールドにおける研究蓄積にもとづいて、ヨーロッパ、アジア、アフリカの国、地域の多言語状況と言語問題に関する研究発表を行い、討議を通じて問題意識の深化をはかる。
(第二年度)
 初年度と同様の研究発表を行いつつ、メンバーはそれぞれのフィールドで共有された問題意識にもとづく調査を行い、その成果を発表する。
 また、メンバー以外の研究者も招き、ゲストスピーカーとしてメンバーの調査地域以外の国や地域についての報告を受ける。
(第三年度)
 第二年度と同様の研究会を行いつつ、メンバーはそれぞれの研究成果を論文としてまとめ、プロジェクト終了の次年度までに論集の形での出版をめざす。

6.研究成果の公開計画
 メンバーには、研究成果を随時「アジア・アフリカ言語文化研究」に投稿するよう促すとともに、プロジェクト終了後、全体の成果を論文集の形で出版することを目指す。