I. エチオピアの言語状況(資料1,資料2参照)
言語数:80ほど=アフロ・アジア語族(セム系,クシ系,オモ系)と,ナイル・サハラ語族
分布:中央・北部の高原地帯:セム系(アムハラ語,ティグリニア語,グラゲ語など)
西部,南部,東部:クシ系(オロモ語,シダマ語,アファル語,ソマリ語など)
西南部:オモ系(ウォライタ語,ガモ語,アリ語など)
スーダン国境:ナイル・サハラ語族(ヌエル語,アニュワ語,ボディ語など)
II. エチオピア文字
南アラビアからセム人が移住(紀元前一千年紀半ば):セム系言語と文字がもたらされた。
言語(南アラビア語) → ゲエズ語,ティグリニア語,アムハラ語,グラゲ語などに
文字(南アラビア文字)→ エチオピア文字に発展(紀元2世紀頃)
III. 書き言葉の歴史(ゲエズ語からアムハラ語へ)
1.ゲエズ語
①アクスム王国(紀元1c~10c,最盛期は4c~6c)
エザナ王(4c)キリスト教受容(→エチオピア正教会),
エチオピア文字完成:<1子音+1母音>という音節文字(資料3参照)
聖書翻訳など 10 c頃にはゲエズ語は死語に
↓
②ザグエ朝(クシ系)
↓
③ソロモン朝(1270年~1974年)アムハラ人
・宮廷の言語はアムハラ語。書き言葉はゲエズ語
・16c半~17c半 イエズス会を中心とするカトリック宣教師の活動
正教会に対抗し,ゲエズの翻訳,ゲエズ語での著作
一方,神学校ではアムハラ語,(ティグリニア語)で教育
アムハラ語への翻訳,文法書など(←焚書により現存せず)
・アムハラ語の書き言葉としての使用:周辺的な部分にとどまる
「王の歌」(14c~16c),聖書注解,医学・呪術的文献(16/17c~),ゲエズ語-アムハラ語語彙集(17c~)
2.アムハラ語:エチオピアの近代化の中で
エチオピアの開国:19c~キリスト教宣教師 アムハラ語訳聖書等を大量に持ち込む
テオドロスII (1855-68):国家の再統一と中央集権化
外交文書,年代記をアムハラ語で
メネリクII (1889-1913):近代化 以降アムハラ語
3.近代化以後のアムハラ語の公的なステータスの変遷
①ハイレ・セラシエI (1930-1974):近代化を推進 アムハラ語の公用語化
・エチオピア帝国憲法 (1931) 規定無し
・イタリアによる支配 (1936-41) アムハラ語出版物の禁止など
・改定エチオピア帝国憲法(1955) 「帝国の公用語official language」(資料4参照)
エリトリア(ティグリニア語とアラビア語)との連邦(1952)から併合(1962)
大規模な識字キャンペーン=全土のアムハラ語化
②社会主義期(1974~1991):公用語から作業語working languageへ
・大規模な識字キャンペーン(1979~)
アムハラ語以外の15言語(エチオピア総人口の大多数をカバー)
何語を選択するか:母語ではなくアムハラ語を選択
基礎的な作業,フォローアップの不備
・エチオピア人民民主共和国憲法(1987)(資料4参照)
諸民族の平等と言語の平等,アムハラ語は作業語と位置づける
③連邦制(1991~)
・エチオピア連邦民主共和国憲法(1994) (資料4参照)
言語面では人民民主共和国憲法の精神を引き継ぐ
連邦構成各州が独自の作業語を制定:何語を選ぶか
アムハラ語は連邦政府の作業語であるとともに,いくつかの州の作業語に
Ⅳ. 他言語の文字化
1.上記以外の言語の文字による記録:散発的なもの
19c~特筆すべきものとして,ティグリニア語とオロモ語
2.欧米のミッションによる各民族語の使用との関わりから
①政府による規制 1944年の布告第3号 帝国内での布教に関して(資料5参照)
布教に用いる言語はアムハラ語による。宣教師はアムハラ語を学ばなければならない。
布教目的でのlocal language使用の禁止
文字使用の制限:上記布告によれば民族語を文字表記することは想定していない。
← ミッション側からの聖書翻訳・出版の要望
皇帝の特別なはからいにより許可。
3.民族ナショナリズムからの文字化(多数話者をもつ言語)
オロモ語の場合:オネシモス・ナシーブ キリスト教徒でありオロモ民族主義
シャイフ・サパロ(ムスリム) 独自の文字を作成
民族ナショナリズム:体制/反体制の象徴としての文字
・社会主義期:政府はエチオピア文字によるオロモ語表記を認める
←内外の反体制オロモ諸グループのなかで,ローマ字使用の動きが進む。
・社会主義体制の崩壊とともに,ローマ字(Qubee)を採用(資料6参照)
これ以降他の言語でのローマ字化も進む
4.少数言語の文字化(西南部のアリ語の事例)
①社会主義期の識字キャンペーン(先に言及した15以外の言語でもかなりの試み)
「アリ語で書くための文字」3(資料7参照)
②宣教師による聖書翻訳(新約:1997)
↓
多くの場合は②の活動は継続,しかしそれ以上には進展しない。
多くのアリ人:内的な動機の欠如(文字化が何を意味するか,何をもたらすか)
行政側:積極的に文字化を推進しようとする姿勢の欠如
宣教師達:宗教的なメッセージの伝達だけが目的
おまけに,エチオピア文字による表記→誰も読めない,読もうとしない状況