横浜市長選
山本理顕個人演説会 (事前予約不要)
10月 8日(木)18:00〜 横浜市開港記念会館講堂 定員480名
10月13日(火)18:00〜 横浜市開港記念会館講堂 定員480名
10月14日(水)18:00〜 青葉公会堂 定員600名
横浜市長選
山本理顕個人演説会 (事前予約不要)
10月 8日(木)18:00〜 横浜市開港記念会館講堂 定員480名
10月13日(火)18:00〜 横浜市開港記念会館講堂 定員480名
10月14日(水)18:00〜 青葉公会堂 定員600名
ホームページをご覧いただき、ありがとうございます。
建築家の 山本 理顕(やまもと りけん)です。
私は長く、住まいと地域社会の関係について考え続けてきました。
一つの家族が一つの住宅の中に閉じこもり、社会から切り離されていく
そうした暮らし方に代わる新しい形を、建築という手段を通じて構想しています。
― 美しい横浜をつくる
横浜六大事業を『地域社会圏』の観点で見直していきます。
山 本 理 顕 (やまもと りけん) 建築家。
マニフェスト
● 住宅は職住一体型(町家のような)住宅とする。
● 横浜市のすべての住宅の耐震診断・地盤調査を行う。
● すべての住宅の住み方調査を行う。
● 不良住宅は構造的・都市計画的に改良する。
● <町内会サロン>は、幼児・学童・高齢者支援機能を持つ。
● <町内会サロン>は、行政窓口機能、小口金融窓口機能(ATM)を持つ。
● <町内会サロン>は、カフェ、多目的ホール、宿泊機能を持つ。
● 横浜の隅々まで行き届く市民無料の
ミニバス網・ミニタクシー網をつくる。
● 世界の人が何度も訪れたくなるような「隅々まで美しい都市 横浜」をつくる。
● 横浜の全体を公園のような都市にする。
● 山下埠頭に各国の文化が集まった<世界町家>をつくる。
● 滞在型の観光拠点にする。
● 中央卸売場市場を観光地化する。
● 米作を復活し、田園地帯の景観をつくる。
LOCAL AREA REPUBLIC
「1住宅=1家族」システムが「私生活の自由」のためのみにあるのだとしたら、
一方の「地域社会圏」システムは「自らが決めるべきことを自ら決める意志」を持った人々が住む空間です。
地域社会圏主義とは、「家」だけで暮らしを完結させるのではなく、住まいの周りにある地域全体を、暮らしの場として捉える考え方です。
一人ひとりのプライバシーや家族の時間を大切にしながら、食事や子育て、仕事、交流など、個人では抱えきれないことを地域で支え合う。
人と人がほどよくつながり、孤立せず、それぞれが自分らしく暮らせる。そんな新しい住まいと地域のあり方を提案しています。
出典:テレビ神奈川(tvk)公式YouTube
生活について
「生活」とは、ただ毎日を過ごすことではない。
建築家・山本理顕が語るのは、自分たちの豊かな暮らしを、未来へ持続させていくということ。
家族があり、コミュニティがあり、その中で人が増え、暮らしが続いていく。
本来、当たり前だったはずの「生活を続けていく」ということが、なぜ難しくなっているのか。
豊かな生活とは何か。家族やコミュニティは、これからどうあるべきなのか。
山本理顕が語る、「持続する生活」と「人が増えていく社会」のあり方。
豊かさとコミュニティー
「豊かさって、誰のためのものなんだろう?」
山本理顕が語る、東京で失われつつある「コミュニティー」と、本当の意味での豊かな暮らし。
自分一人が豊かになればいいのか。家族、地域、そしてその先にあるコミュニティまで含めて考えたとき、「豊かさ」の範囲は変わってきます。
「コミュニティーを逆に作っていかないと、豊かな生活にはならない」
建築を通して社会のあり方を考え続けてきた山本理顕が語る、「豊かさ」と「コミュニティ」の関係とは。
経済発展のための生活について
「私たちは、何のために都市に住んでいるのか?」
建築家・山本理顕が問いかける、都市生活と「暮らすこと」の意味。
経済発展のために人が都市へ集中し、いつの間にか「生活そのものが経済発展のためのもの」になってしまった。
でも、本来の暮らしとは、自分たちが快適に暮らし、家族がそこにいて、コミュニティがそこに残り続けることではないのか。
経済のための都市から、人が暮らし続けられる都市へ。
「住む」ということの意味が、いつから変わってしまったのか。山本理顕が語る、都市とコミュニティのあり方。
閾(しきい)について
「閾(しきい)」という言葉には、建築や暮らしにおける重要な意味がある。
建築家・山本理顕が、集落調査を通して気づいたのは、日本とスペインに共通する「内と外」の境界だった。
外の人は入れない。しかし、完全に閉ざすのではなく、人と人が交流する場所でもある。
日本では「客間」、スペインでは「交流する場所」を意味する言葉として存在する。
国や文化が違っても、人が暮らす場所には、「内側を守りながら、外の人とつながる」という共通の知恵がある。
山本理顕が語る、「閾(しきい)」の本質とは。
町内会について
「町内会って、何のためにあるんだろう?」
山本理顕氏が語るのは、町内会と日本の「自治」の歴史。
町内会は法律で定められた組織ではなく、地域の人々が自らつくってきた任意の団体です。山本氏は、そのルーツを江戸時代や明治までさかのぼり、「これこそ自治なんです」と語ります。
そして、現代の町内会をめぐる問題として山本氏が挙げるのが「マンション」。
私たちの暮らしの中から、地域のつながりや自治は失われていないでしょうか?
町内会で仕事をする
「町内会に入ると、得をする。」
建築家・山本理顕が提案する、町内会の新しい可能性。町内会というと、地域の行事や清掃、防災などの「義務」や「負担」をイメージする人も多いかもしれません。
しかし山本理顕が語るのは、町内会そのものを「地域で価値を生み出す場」に変えるという発想。
地域にある土地をみんなで活用し、料理人、建築家など、町内会にいるさまざまな専門家の力を組み合わせて、新しい仕事や事業を生み出す。
「みんなでどうやって金儲けしようか、作戦を立てればいい。」町内会は、地域のために“負担する場所”ではなく、“一緒に豊かになる場所”になれるのか。
山本理顕が語る、これからの地域コミュニティと自治の可能性。
「コミュニティー」と「公共」の違い
「コミュニティー=パブリック」ではない。
建築家・山本理顕が語る、「コミュニティー」と「公共」の違い。
誰でも入ることのできるパブリックな空間と、特定の人たちが参加するコミュニティー。山本理顕は、この2つは同じものではないと考えます。
コミュニティーには、そこに参加する人たちだけの「閉じた空間」があるからこそ、コミュニティーが成立するのではないか。
「誰でも入れる場所」と「誰かと共有する場所」は、何が違うのか。
私たちが暮らす建築や都市において、コミュニティーとパブリックはどのような関係にあるべきなのか。
山本理顕が問いかける、「コミュニティー」と「公共」の境界。
東京の木造住宅密集地域と再開発
「木密住宅は、本当に“壊すべき住宅”なのか?」
建築家・山本理顕氏が語る、東京の木造住宅密集地域と再開発。
東京都では、木造住宅密集地域の防災対策が進められています。一方、山本氏は、木密住宅群には地域のつながりや住環境という面で、マンションとは異なる価値があると指摘します。
「大震災が来る」という防災上の問題を理由に、木密地域を再開発し、マンションへと置き換えていく。
そこには、防災だけでは語れない「土地の価値」と「地域コミュニティ」の問題があるのではないか。
安全性を高めながら、そこに暮らしてきた人々の生活やコミュニティをどう守るのか。
山本理顕氏が問いかける、東京の木密住宅と都市再開発のこれから 。
経済成長のための国家について
「なぜ、地方はどんどん衰退していくのか?」
山本理顕が語る、経済成長を優先してつくられる「都市」と、その裏側にある地方の問題。
労働者を一か所に集め、経済成長に参加できる都市をつくる。そんな考え方が、いまの日本の都市政策にも影響しているのではないか。
「経済成長に参加する資格がないと思われた都市はいらない」
都市は、経済成長のためだけに存在するのか。人が暮らし続けられる、持続的で安定した場所をどうつくるのか。
建築家・山本理顕が問いかける、都市と地方のこれから。
ジェンダーについて
「ジェンダーは、社会のルールなのか?」
建築家・山本理顕が語る、「男らしさ」「女らしさ」と社会の関係。
私たちは無意識のうちに、服装や振る舞い、生活空間の使い方などを通して、「男らしさ」「女らしさ」という文化的なルールの中で暮らしています。
一方で、男女平等という価値観が広がり、従来のジェンダー概念そのものも変化している。
では、社会や共同体にとってジェンダーとは何なのか。
トイレという身近な空間を例に、山本理顕が考える「ジェンダーと文化」、そして人間の共同体について語ります 。
マンション開発をめぐる「制度」と「ディベロッパー」
「マンション会社だけを悪者にして、本当に問題は解決するのか?」
建築家・山本理顕が語る、マンション開発をめぐる「制度」と「ディベロッパー」の関係。
マンション会社が批判の矢面に立つ一方で、山本理顕が指摘するのは、その背景にある制度やルールの問題です。
ディベロッパーも、本当は「いいものを作りたい」と考えている。だからこそ、企業を批判するだけではなく、より良い住宅や都市をつくれる環境をどう生み出すのか。
制度を変えるだけでなく、つくり手を支える。
山本理顕が考える、これからの住宅と建築家の役割とは。
日本国憲法について
「戦後80年、日本国憲法は一度も改正されていない。」建築家・山本理顕が問いかける、日本国憲法と「日本は本当に独立国家なのか」という問題。
日本国憲法は1946年に公布され、1947年に施行されました。以来、現在まで一度も改正されていません。
山本理顕は、戦後の憲法制定時に日本が連合国の占領下にあったことを踏まえ、現在の日本の国家のあり方に疑問を投げかけます。
「この憲法によってつくられた日本は、本当に独立国家なのか?」
憲法の制定過程をどう捉えるのか。そして、戦後80年を迎えた今、日本の国家と社会はどうあるべきなのか。山本理顕が語る、日本国憲法と「日本の独立」をめぐる問題提起です。
「高齢化」とコミュニティの関係
「誰が“高齢者”を決めるのか?」
建築家・山本理顕氏が問いかける、「高齢化」とコミュニティの関係。
年齢によって「高齢者」を区切ることを、山本氏は疑問視します。
地域の中では、高齢者、若者、障害のある人など、さまざまな人が一緒に暮らしている。その中で、誰がどんな役割を担い、どうコミュニティを活性化していくのか。それは国が一律に決めるのではなく、その地域で暮らす人たち自身が考えるべきではないか。かつての地域コミュニティには、「若者組」など世代ごとの役割があり、自分たちで地域のあり方を決めていた。
山本理顕氏が語る、「高齢化」を国の制度ではなく、コミュニティの視点から考えるという発想。
年齢で人を分ける社会から、ともに暮らし、役割をつくる地域へ。
マンションの一部屋が200億円!?
「1つの住宅が200億円。」
山本理顕が語る、マンションと「金融商品化」の問題。本来、マンションは人が暮らすための「住まい」のはず。しかし、投資対象として売買されることで、住むための住宅ではなく「商品」として扱われるようになっている。
なぜマンションは、ここまで高額な金融商品になったのか?
山本理顕が問いかける、「マンションを金融商品から外す」という考え方。住宅とは誰のためにあるのか。都市における「住むこと」の意味を考えます。
森ビルと建築家の責任
「巨大な再開発が起きたとき、周りの街では何が起きるのか?」建築家・山本理顕が語る、東京の大規模再開発と地域コミュニティの関係。
六本木ヒルズや麻布台ヒルズのような巨大な都市開発。その背景には、地域を緻密に調査し、価値の高い場所を選び、そこに大規模な計画をつくるという開発の構造があります。
山本理顕が問題提起するのは、その結果として地域にあった富や人、そして豊かなコミュニティがどう変化していくのかということ。
そして、その都市開発に建築家はどのように関わっているのか。「建築は誰のためにあるのか?」
東京の再開発を通して、建築家の責任と地域コミュニティの未来を考えます。
森ビルと建築家の責任
「巨大な再開発が起きたとき、周りの街では何が起きるのか?」建築家・山本理顕が語る、東京の大規模再開発と地域コミュニティの関係。
六本木ヒルズや麻布台ヒルズのような巨大な都市開発。その背景には、地域を緻密に調査し、価値の高い場所を選び、そこに大規模な計画をつくるという開発の構造があります。
山本理顕が問題提起するのは、その結果として地域にあった富や人、そして豊かなコミュニティがどう変化していくのかということ。
そして、その都市開発に建築家はどのように関わっているのか。「建築は誰のためにあるのか?」
東京の再開発を通して、建築家の責任と地域コミュニティの未来を考えます。
「専門家集団」の役割
「専門家は、地域コミュニティの味方になれる。」
建築家・山本理顕が語る、地域コミュニティと「専門家集団」の役割。医師会、薬剤師会、歯科医師会、そして建築家の団体。日本には、それぞれの専門知識を持ちながら、地域の活動を支える専門家のネットワークがあります。
山本理顕は、こうした専門家集団が地域コミュニティを支援し、行政に対して必要な批判を行う役割を持つと語ります。しかし一方で、「中央集権化すると、専門家集団が劣化する」
専門家と地域社会は、どのような関係を築くべきなのか。建築家は、地域コミュニティのために何ができるのか。
山本理顕が語る、「自治」と「専門家」の新しい関係。
世界バリオシンポジウムを開催した経緯
「今の社会は、どこか間違っているんじゃないか。」
建築家・山本理顕が抱き続けてきた、社会への疑問。日本で感じる「どこかおかしい」という違和感は、世界で起きている問題ともつながっている。
山本理顕は、ベネズエラで世界各地の建築家たちと「世界バリオシンポジウム」を開催し、困難な状況に置かれた地域と向き合いました。
問題をただ指摘するだけではなく、「それを突破するにはどうしたらいいのか」を考え、そして自ら行動する。社会は変えられるのか。変えるために、建築家に何ができるのか。
山本理顕が語る、「違和感を行動に変える」という思想。
ベネズエラについて
「世界一美しい街を作るぞ。」
ベネズエラのバリオで、山本理顕氏が住民たちにかけた言葉。貧しいからといって、「自分たちの街も貧しくていい」とは限りません。
自分たちの家や街を「貧しい」と言われることへの悔しさ。そして、どんな場所に暮らしていても、美しい街に住みたいという願い。
山本理顕氏がベネズエラのバリオで目指したのは、そこに暮らす人々自身が誇りを持てる「世界一美しい街」でした。建築は、貧しい人のために最低限のものを与えるだけでいいのか。それとも、誰もが「美しい場所に住みたい」と思う気持ちに応えるものなのか。山本理顕氏が語る、建築と「人が住むこと」の本質。
台湾 桃園市立美術館を視察 ①
建築家・山本理顕が、自ら設計した「台湾・桃園市立美術館」を視察。
2026年8月、山本理顕氏が台湾・桃園市を訪れ、自身が設計を手がけた桃園市立美術館を視察しました。
全体主義について
「今の日本は、全体主義の方向に向かっているのではないか?」建築家・山本理顕が語る、「個人」と「国家全体」の関係。
山本氏が取り上げるのは、ハンナ・アーレントが分析した「全体主義」という考え方です。
個々の人々の利益よりも、国家や社会全体の利益を優先する。その先にある社会とは、どのようなものなのか。アーレントは『全体主義の起源』で、ナチズムとスターリン体制を全体主義の歴史的な事例として分析しました。そして山本理顕は、現在の日本社会について「今の日本はそっちの方向に向かっている」と問題提起します。
国家の利益と、一人ひとりの自由や利益。私たちは、そのバランスをどう考えるべきなのか。
山本理顕が問いかける、「全体主義」と現代社会の関係。
ベネズエラを視察①
2025年11月、山本理顕が南米ベネズエラで企画・登壇した「ワールド・バリオ・シンポジウム」。
現地のバリオで暮らす人々と向き合いながら、「地域社会圏」や、これからの暮らしとコミュニティについて考えます。
建築は、建物をつくるだけではない。そこに暮らす人々と、どんな社会をつくっていくのか。
山本理顕がベネズエラで見たもの、語ったこととは。
ベネズエラを視察②
「美術館もつくりたい。劇場もつくりたい。」
では、誰がつくるのか?
山本理顕がベネズエラで投げかけるのは、「皆さんです」というシンプルな答え。
自動車も、美術館も、劇場も。自分たちの街に必要なものを、自分たちで考え、つくっていく。
「誰かに与えてもらう街」から、「自分たちでつくる街」へ。
そこにあるのは、山本理顕が考える「本当の意味での自治」の姿なのかもしれません。
ベネズエラを視察③
2025年11月、山本理顕が南米ベネズエラで企画・登壇した「ワールド・バリオ・シンポジウム」。
現地のバリオで暮らす人々と向き合いながら、「地域社会圏」や、これからの暮らしとコミュニティについて考えます。
建築は、建物をつくるだけではない。そこに暮らす人々と、どんな社会をつくっていくのか。
山本理顕がベネズエラで見たもの、語ったこととは。
ベネズエラを視察④
「美術館もつくりたい。劇場もつくりたい。」
では、誰がつくるのか?
山本理顕がベネズエラで投げかけるのは、「皆さんです」というシンプルな答え。
自動車も、美術館も、劇場も。自分たちの街に必要なものを、自分たちで考え、つくっていく。
「誰かに与えてもらう街」から、「自分たちでつくる街」へ。
そこにあるのは、山本理顕が考える「本当の意味での自治」の姿なのかもしれません。
ベネズエラを視察⑤
「本当の意味での自治をされている。」
2025年11月、南米ベネズエラで開催された「ワールド・バリオ・シンポジウム」。
山本理顕が現地の人々のコミュニティ活動に触れ、その姿を「本当の意味での自治」と語ります。
建築家であると同時に、コミュニティの研究者でもある山本理顕。
「こういう皆さんの活動を、是非世界の人に知ってもらいたい」
その思いが、このシンポジウム開催のきっかけとなりました。
コミュニティとは何か。自治とは何か。人々が自らつくる地域社会の姿から考えます。
住宅価格について
「住宅価格が上がり続けるのは、なぜなのか?」
建築家・山本理顕が問いかける、住宅価格と国の経済政策の関係。
山本氏は、住宅価格の高騰について、単なる市場の問題ではなく、GDPや企業の利潤を高めることを重視してきた政策の結果ではないかと指摘します。
実際、2026年の地価調査では、全国の住宅地は5年連続で上昇。東京圏の住宅地も前年比4.0%上昇しています。
「住宅は、人が暮らすためのものなのか。それとも、経済成長を生み出すためのものなのか。」
住宅価格の高騰を生み出している構造を、国の政策と経済成長という視点から考えます。
公園のルールについて
「公園のルールは、誰が決めるべきなのか?」
建築家・山本理顕が問いかける、公園と「市民による自治」のあり方。
キャッチボールは禁止。犬は入れない。さまざまなルールによって管理されている、私たちの身近な公園。
しかし山本理顕は、本来、公園は市民のための場所なのだから、そこで暮らす人たち自身がルールを決めてもいいのではないかと語ります。
なぜ、自分たちの地域のことを、自分たちで決められないのか。
公園という身近な場所から考える、「自治」と「中央集権」の問題。
あなたは、公園のルールを誰が決めるべきだと思いますか?
「指定管理者」ビジネスについて
「建物を建てるだけではなく、“管理”でも利益を生み出す。」建築家・山本理顕が問題提起する、マンションや公共建築をめぐる「指定管理者」とビジネスの関係。建物の管理を担う指定管理者。山本氏は、ディベロッパーなどが建設だけでなく、その後の管理にも関わることで、新たな収益機会が生まれていると指摘します。
公共建築から民間建築まで、「つくる」ことから「管理する」ことまでがビジネスになる社会。
建築や都市の管理は、誰のために行われるべきなのか。山本理顕が問いかける、建築・不動産・公共空間と「利益」の関係。
「コミュニティと経済」の関係
「住むだけでは、コミュニティは持続しない。」
建築家・山本理顕氏が、保田窪第一団地の設計を通して気づいた「コミュニティと経済」の関係。
日本の住宅地では、そこに住む人たちが中心で、地域の中で商売や経済活動を行う場が少ない。
一方、ヨーロッパのコミューンには、商売を営む人々やギルドを起源とする歴史があり、閉じたコミュニティでありながら、外から人を招き入れる仕組みが存在していました。
山本氏が考えるのは、「コミュニティの中に経済行為があること」の重要性。
自分たちで仕事を生み出し、地域の中で経済を循環させる。それが、コミュニティの持続性につながるのではないか。
保田窪第一団地の設計から見えてきた、「住む場所」と「働く場所」を分けない、新しいコミュニティのあり方とは?
台湾 桃園市立美術館を視察②
「この建築は、自分のことだけを考えてつくっていない。」
2026年8月、山本理顕が自ら設計した台湾・桃園市立美術館を視察。建物の向かいにある「スイスビレッジ」と呼ばれる建売住宅群。山本理顕は、その既存の街並みとの関係を意識し、美術館が一体となるように設計したと語ります。強烈な丘のような建築が、向かいの住宅群と向き合う。
「外側との関係がいつも、すごくわかりやすい。」
建築は、その建物だけで完結するものなのか。周囲の街や人、既にある風景とどう関係をつくるのか。
山本理顕が考える「建築と外側との関係」とは?