9月16日(日)武久源造: ピアノの発見第4章<ウィーンとロンドン、ピアノ二都物語>
15時開演 開場14時30分
全ての演奏をYoutubeに公開しました。再生リスト。
スクエア・ピアノというのは、その名の通り長方形のピアノです。ワンコイン市民コンサートで、様々なペリオド楽器を紹介してこられた武久源造さんをお迎えして、スクエア・ピアノならではの表現力を楽しめるコンサートを行います。舞台には二台のオリジナル楽器を置きます。一つは1830年代にウィーンのゾイフェルト社が作った、武久さん所有の楽器です。もう一つは、1815年にロンドンで作られたクレメンティ社製で、これは山川節子さんが所有するピアノです。世界で今、スクエア・ピアノを見直すコンサートが企画されていますが、このように重要なピアノを二台組み合わせるというコンサートは、世界でもあまり例がないことだと思います。
プログラム
J.S.バッハ 適正率クラヴィーア曲集第一巻より 前奏曲とフーガ 嬰ヘ長調 BWV 858、変ホ短調 WV 853
M.クレメンティ Gradus ad Palnassum(パルナッソス山への階梯)より、第53番、第54番 他
J.フィールド ノクターン 第6番ヘ長調他
R.シューマン アラベスク ハ長調 作品18
F.シューベルト 12のレントラー 作品171 D 790、即興曲他
F.ショパン マズルカ3番 作品7 ヘ短調他
F.シューベルト 四手のためのファンタジー ヘ短調 D940
武久源造(たけひさげんぞう)
1957年生まれ。1984年東京芸術大学大学院音楽研究科修了。研究テーマは、主にバッハ以前の音楽におけるDispositioについて。
チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり様々なレパートリーを持つ。特にブクステフーデ、バッハなどのドイツ鍵盤作品では、その独特で的確な解釈に内外から支持が寄せられている。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。音楽的解釈とともに、楽器製作の過程についても造詣が深く、楽器の構造的特色を最大限に引き出す演奏が、楽器製作家たちからも高く評価されている。
91年「国際チェンバロ製作家コンテスト」(アメリカ・アトランタ)、また97年および01年、第7回および第11回「古楽コンクール」(山梨)、ほか多数のコンクールに審査員として招かれる。ソロでの活動とともに、00年に器楽・声楽アンサンブル「コンヴェルスム・ムジクム」を結成し、指揮・編曲活動にも力を注ぎ、常に新しく、また充実した音楽を追求し続けている。02年から毎年、韓国からの招請による「コンヴェルスム・ムジクム韓国公演」を行い、両国の音楽文化の交流に大きな役割を果たした。91年よりプロデュースも含め40作品以上のCDをALMRECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域(Vol.1~9)、チェンバロによる「ゴールトベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、ほか多数の作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。2016年3月には、2度目のゴールトベルク変奏曲の録音をリリース。これまた、レコード芸術誌の特選版となる。ここでは、日本で初めて16ft弦付チェンバロによって、ゴールトベルクの新しい可能性を切り開いている。さらに、同年、市瀬玲子との共演によって、バッハのガンバ・ソナ
タ全曲を、ジルバーマン・ピアノとチェンバロを使い分けて録音し、発表。2017年4月、やはり、ジルバーマン・ピアノとペダル付チェンバロを使い分けて、バッハの《平均律》全曲録音を始動。4部作の第一弾を発表。その際、従来誤訳として議論されてきた《平均律》を《適正律》と改めた。これら二つの真作CDは共に、レコード芸術誌の特選版となる。
02年、著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画)を出版。各方面から注目を集め、好評を得ている。05年より鍵盤楽器の新領域とも言えるシンフォニーのピアノ連弾版に取り組み多方面から注目を集めている。学生時代から数多く放送に出演し、演奏やレクチャー、解説などを担当した。特に、06年NHK第一ラジオ「ときめきカルチャー」コーナーに年間を通して出演。その後もNHKのカルチャー・ラジオのシリーズで何度かレクチャラーを務める。1998~2010年3月フェリス女学院大学音楽学部及び同大学院講師。2013年、ラモーの抒情喜劇『レ・パラダン』の日本人による初演を指揮して、絶賛を博する。また、近年、毎年、ヨーロッパ各国(ドイツ、リトアニア、アイスランド、スウェーデン等)で、即興演奏を含む多彩なプログラムによって、オルガン、チェンバロ、ピアノその他の楽器を使った・コンサートを行い、注目を集めている。
2015年、ジルバーマン・ピアノによるJ. S. バッハ「パルティータ」の世界初の全曲録音をリリースという快挙を成し遂げた.ジルバーマン・ピアノは日本ではよく知られていないが,今回の録音でジルバーマン・ピアノを用いた理由を、武久氏は明解に述べる.「チェンバロ、クラヴィコード,ピアノフォルテの三つの楽器の特質を備えたジルバーマン・ピアノは、バッハの「パルティータ」を演奏するのに最も相応しい.」
現代の聴衆のための表現芸術的な視点を重んじつつ、武久氏は、パルティータが創作された1730年前後の激動の音楽史にフラッシュバックする。
実はバッハがバルトロメオ・クリストフォリ以降の様々な打弦様式のフォルテピアノ、特にゴットフリート・ジルバーマンの発明になるジルバーマン・ピアノの存在を既に知っており、演奏もしていたという可能性を指摘する.すなわち、六つのパルティータは様々な楽曲様式と同時に様々な鍵盤楽器的特性を備えたジルバーマン・ピアノでの演奏を前提に作曲された可能性である.
ある資料では、バッハはジルバーマン・ピアノに1732年に初めて触れた、と伝えられ、現在それが定説になっている。一方、パルティータの全曲本は1731年に出版されている。従って、定説によれば、パルティータ作曲時に、バッハはピアノを知らなかったことになる。それにも関わらず、現代の多くの演奏家、音楽学者、愛好家は、チェンバロやモダン・ピアノで弾かれるパルティータに、いわく言い難い違和感を感じてきた。武久氏は楽曲の細部を綿密、かつ、多角的に分析することで、六つのパルティータとジルバーマン・ピアノとの結びつきを、強い説得力を持って確証している。
オフィシャルサイト http://www.genzoh.jp/index.html
山川節子(やまかわせつこ)
ピアノ演奏の基礎を井口愛子氏に学び、演奏、作曲、アンサンブルなど各分野で、登坂ときわ氏、萩谷 納氏ほかの、多くの良き指導者に恵まれる。さらに後には、演奏法と指導法について武田宏子氏のもとで研鑽を積む。
早くからソリスト、アンサンブル奏者、また、指導者として活動。
独自の演奏哲学をもって、モダン・ピアノ、フォルテピアノ、チェンバロなどを自在に駆使し、多彩なレパートリーを適切な解釈で演奏。自ら企画、演奏するコンサートを多数開催し、多方面から高い評価を得ている。
特に、初心者からプロまで、また、子供から高年齢者まで、それぞれの状態に合わせた独創的な指導法を実践、一部からは「山川マジック」とも評され、高い成果を上げている。
1988年より2000年まで「子供のためのトークコンサート」を各地で開催。一方で1980年ごろから古楽に興味を持ち、武久源造氏はじめ多くの古楽奏者から示唆を得て、1995年からチェンバロ、フォルテピアノなどの演奏に携わる。また、武久源造氏に30余年に渡って協力し、多様な音楽シーンの製作、放送およびCD製作などに関わり、コンサートおよびCD録音での共演も多数。2005年より「交響曲を連弾で」シリーズを開始。作曲者自身が編曲したピアノ連弾版を使用し、多方面から注目を集めている。2007年よりスクエアピアノの活動を開始、2014年、15年はスクエアピアノとシングルアクションハープによる演奏会を企画・演奏し、高い評価を受ける。2017年、アンティーク・スクエアピアノ(1815年、クレメンティ社製)を入手、これを使用して、さらに活動の幅を広げている。
オフィシャルサイト http://setsuko-yamakawa.jp
今回のコンサートの、いわば外的なショウッアップ・ポイントは、二台のスクェア・ピアノにありますが、今回のプログラムの、内的な意味での眼目は、クレメンティという作曲家の重要性を、聴き手の皆さんに発見していただくことにあります。なぜなら、クレメンティが、チェンバリストとして出発し、その生涯に渡ってバッハを研究し、モーツァルトとはライヴァルとして競い合い、ベートーヴェンに強い影響を与えた人であり、シューマン、ショパン、リストの世代のピアニストたちは、皆クレメンティのグラドゥスを勉強し、そこから直接間接にアイディアを踏襲した、という大変大きな存在であるにも関わらず、その真価が未だ十分に認識されていないからです。
クレメンティのグラドゥスは、バッハのパルティータと適正率を一緒にしたような曲集であり、ここでクレメンティがバッハの仕事を受け継ぎ、それをさらに発展させようとしたことは疑いありません。ちょうどバッハがそうしたように、クレメンティもその晩年は、グラドゥスの完成に全精力を傾け、鍵盤音楽というジャンルそのものを進化させ、また、深化させたと言えるでしょう。それを行うためにクレメンティは、三つの側面から鍵盤音楽のイノヴェーションに取り組みました。
(1)楽器のイノヴェーション。クレメンティは自ら会社を起こして、優秀な職人を雇い、新しいピアノを開発すると共に、販売にも力を注ぎました。これは、ジルバーマンに協力して、新しいピアノの開発に貢献し、やはり、販売にも努力したバッハと、完全に同じ姿勢です。
(2)鍵盤音楽の作曲技法のイノヴェーション。グラドゥスには、バッハ風のフーガ、それも単にバッハを模倣しただけでなく、ピアノの新技巧を取り入れたフーガも多いですが、さらに、グラドゥスには、スカルラッティのソナタを彷彿とさせる洒脱にして華麗なる作品も豊富に含まれています。その一方で、ショパンやリストに直接繋がるような、豊かなロマン的情緒を表現した曲も少なくありません。全体にこの曲集、実に多様な作曲技法のパノラマとなっているのです。
(3)ピアノの演奏技巧のイノヴェーション。これについても、クレメンティは、先人や同時代人たちが開発してきた技巧を集大成し、そこに、自分が開発した新しいテクニックをも加え、これまた驚くべき成果を上げています。例えば、ショパンのエチュードの中にも、グラドゥスから直接アイディアを借りてきた物を見出すことは、容易です。
このように、楽器製作、作曲、演奏の三つの側面に精通し、それらを総合して鍵盤音楽のイノヴェーションを実現したという点で、クレメンティは、バッハの真の後継者であったと言えるでしょう。
今回のコンサートでは、まず前半で、バッハの適正率に続けて、クレメンティのグラドゥスから代表的な作品を演奏します。まず最初に、バッハをウィーンのSeufert & Seidler製のスクェア・ヒアノで演奏します。バッハの適正率は、モーツァルトもベートーヴェンもシューベルトもシューマンも、それぞれの時代のピアノで演奏し、彼らの日々の糧としていました。従って、1830年代のウィーンのピアノで、バッハを弾くことにも、大きな意義があります。この時代のピアノを使って弾く、ということは、即ち、ロマン派風の情緒表現をバッハに見出すことを躊躇しない、ということを意味します。
今回、クレメンティ、および、その弟子であるフィールドの作品は、クレメンティ社製のスクェア・ピアノで演奏します。これによって、クレメンティやフィールドが意図した音色が直接再現できることは言うまでもありません。本コンサートでは、その後、シューベルト、シューマン、ショパンの有名な作品を、1830年代のウィーンの音で弾いてみたらどうなるか?、ということに挑戦します。
私は、元々ピアノ史の初期、ジルバーマン・ピアノの音のイメージの源泉には、三つの音像があった、と思っています。それは、チェンバロ、ハープ、ツィンバロンです。この音像はその後も受け継がれ、特に、ロマン派時代のスクェア・ピアノでは、ハープとツィンバロンの要素が濃厚になりました。作曲家たちもそこから大いに霊感を得て、数々の名曲を産み出したのでした。良く知られた名曲の新しい側面を発見していただければ、演奏家として幸甚です。
本コンサートの最後には、シューベルト最晩年の大曲である四手のためのファンタジーを、まさに同じ時期に作られたウィーンのピアノで演奏します。ここには、シューベルトの独壇場とも言える歌唱的な美しい旋律の他に、バロック的な古風なスタイル、活発な舞曲、そして、バッハ風のフーガなど、様々な作曲技法が駆使されています。まさに、ここにバッハ→クレメンティの仕事が受け継がれ、それがシューベルトの血肉によって、新しい生命力を得ていることが分かります。(武久源造)