松尾久美ピアノリサイタル

11月12日(日)松尾久美ピアノリサイタル<全改編曲プログラム>

14:30開場、15:00開演

<全改編曲プログラム>

<作曲者と改編者の間にあるのは愛か、あるいは?>


-フランツ・リスト

『パガニーニによる大練習曲』全曲

休憩

-ヨハネス・ブラームス

『左手のためのシャコンヌ』

-セルゲイ・ラフマニノフ

『コレルリの主題による変奏曲」

松尾久美(まつお・くみ)

現在ロンドンを拠点にソロ・室内楽の演奏活動を行う。これまでにさまざまな国際コンクールで受賞、国内外のオーケストラと多数共演、英BBCラジオ3、BBCテレビ4に出演。近年では2014年にカーネギーホールデビュー、2015年にルイジアナ交響楽団とベートーヴェン「皇帝」のツアーを行った他、2016年にCon Brio Recordingsより初のソロCDをリリース。アンサンブル「音坊主」のメンバーとして毎年東京でも演奏活動を行う。

オフィシャルウェブサイト

プログラム・ノート

<作曲者と編曲者の間にあるのは愛か、あるいは?>

ワンコイン市民コンサート第71回、松尾久美ピアノ・リサイタルにお越しいただき、誠にありがとうございます。

本日は〈全改編曲プログラム〉をテーマに、3人の作曲家、フランツ・リスト(1811 -1886)、ヨハネス・ブラームス(1833-1897)、セルゲイ・ラフマニノフ(1873 - 1943)の編曲・変曲作品を演奏いたします。 西洋音楽史の始まりについては諸説ありますが、現存する(譜面が残っている)最古の西洋音楽は、中世の「グレゴリオ聖歌」になります。元々は一声であった歌詞付きの旋律に異なる音程の声部を重ね「編曲」また即興的に装飾する「変曲」が行われていくことで、ポリフォニー音楽=ハーモニが生まれていくわけですが、「編曲・変曲」の始まりもその頃からであったと言えるのではないでしょうか。 器楽演奏が盛んに行われた古典派の時代、様々な変奏曲が作曲されました。モーツァルトやベートーヴェンは変奏曲作曲の名人でもありましたが、他者が作ったメロディーを主題に(当時流行したものや、時には退屈なメロディーなども…)変幻自在な曲想を得、素晴らしい変奏曲を生み出すことは自身の妙技を披露することでもありました。主題を自身で作曲する際は、わざわざタイトルに「自作の主題による〜」と断り書きを入れていたほどです。それがロマン派の時代に入ると、変奏曲の傾向も変化し、多様化していきます。 本日演奏する3曲は、いずれもヴァイオリンの為に書かれた作品が原曲になっています。3名の作曲家たちが、これらオリジナルの作品に惚れ込み「変曲」を行ったことは、最も自然で純粋な作曲動機であったでしょう。しかしその動機以上に、更に彼らを変曲へと駆り立てたものがあったとしたら、それは何であったのでしょうか? リストの「パガニーニによる大練習曲集」は、ヴァイオリンの奇才ニコラ・パガニーニ(1782-1840)が作曲した「24の奇想曲」から5曲と「ヴァイオリン協奏曲第2番」を元に書いた計6曲からなる変奏曲集です。「大練習曲」のタイトル通り、テクニック的に難易度の高い作品が並びます。リストがパガニーニの演奏を初めて聴いたのは彼が21歳の時でしたが、当時スター的な存在であったパガニーニの圧倒的な演奏、存在感に大きな衝撃を受けたリストにとって、パガニーニによるヴァイオリンのための「大練習曲」をピアノ用に変曲することは、パガニーニへの対抗、挑戦でもあったと思います。「24の奇想曲」は、技巧というものが音楽作品を構築する上で決して無視できない要素の一つであることを示しており、リスト版パガニーニ変曲集では、ピアノの特性を生かし、ヴァイオリンとは違った広い音域のピアノならではの美しい技の数々が散りばめられています。ロベルト・シューマン(1810-1856)の妻で、当時大変優れたピアニストでもあったクララ・シューマン(1819-1896)にこの作品集は献呈されています。 ヨハネス・ブラームスがヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)の「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ2番」最終楽章「シャコンヌ」を変曲した理由は、リストが「パガニーニ大練習曲」を献呈した女流ピアニスト、そしてブラームスが恋心を抱いていたと言われている女性、クララ・シューマンでした。その当時大変優れたピアニストであったクララは、幼い頃から演奏のために欧州を旅していましたが、ある時、右手を痛めてしまいます。そんな右手が不自由なクララのためにブラームスが左手だけで演奏できるように書いた作品が、本日演奏します「左手のためのシャコンヌ」です。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのオリジナル作品自体が「シャコンヌ」という形式の変奏曲になっており、現代でも大変人気が高く、多くのヴァイオリニストによって演奏され続けています。そんなバッハの「シャコンヌ」を編曲した作曲家は他にも沢山おりますが、その中で一番有名な編曲はフルッチョ・ブゾーニ(1866-1924)版でしょう。ロマン派のピアニズムの香りが漂う重厚で華麗な作品となっています。その一方、ブラームス版「シャコンヌ」は、ほぼバッハの書いた音をそのままに基本的に1オクターブ下げ、ピアノでは弾きにくいヴァイオリン独特の奏法の部分以外は、原曲に忠実な編曲となっています。ブラームス自身「両手が前提のピアノ演奏から意図的に右手の参加を奪うということを通じて無伴奏という形態を選んだバッハと精神的に連帯したのだ。」と語っています。 プログラム最後の作品、セルゲイ・ラフマニノフの「コレルリの主題による変奏曲」は、実際はアルカンジェロ・コレルリ(1653-1713)が作曲した主題ではなく、コレルリ自身が既に存在している主題を使って書いた「弦楽器と通奏低音のための変奏曲<ラ・フォリア>」がオリジナルの作品になります。ヨーロッパのもっとも古い旋律のひとつであり、和声の一定の進行の上に変奏が繰り広げられる様式を持ち、典雅でメランコリックな曲想は、コレルリだけでなく、スカルラッティ、ヴィヴァルディ、C.P.E.バッハ、サリエリ、リストなど数多くの作曲家たちを惹きつけ、それぞれ変奏曲を作曲しています。ラフマニノフの「ラ・フォリア」は主題の旋律と和声の忠実な再現から始まりますが、第一変奏からラフマニノフ節が繰り広げられ、名ピアニストでもあったラフマニノフの真骨頂が遺憾なく発揮された華麗な変奏曲になっています。ラフマニノフがよく共演していた名ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラー(1875-1952)に、この作品は献呈されています。

作曲家・ピアニストによって今日でも行われる「編曲」という音楽作業。純粋な作品への愛や憧れ,そして対抗心など様々な思いを背景に、新たな作品として生まれ続けています。それぞれの作品や編曲者への想像を巡らせながら、皆様と一緒に本日のプログラムを愉しむことが出来ましたら幸いです。

また最後になりましたが、ワンコイン市民コンサート出演のお誘いをいただき、またプログラムのアドバイス他、たくさんの助言をくださいました荻原哲大阪大学名誉教授に、この場をお借りして御礼申し上げます。

松尾久美