私たちは、土地の力と戦いすぎてはいないでしょうか。
伸び続ける草を敵とし、土を固め、自然を力でねじ伏せる。 土地を「自分の所有物」として支配しようとするほど、 私たちは「管理」という終わりのない労働を背負うことになります。
支配のために多大なエネルギーを使い、 機械の力でしか快適さを得られない暮らし。 その「無理」が、庭を、いつしか重荷に変えてしまいました。
私たちは、土地の力と戦いすぎてはいないでしょうか。
伸び続ける草を敵とし、土を固め、自然を力でねじ伏せる。 土地を「自分の所有物」として支配しようとするほど、 私たちは「管理」という終わりのない労働を背負うことになります。
支配のために多大なエネルギーを使い、 機械の力でしか快適さを得られない暮らし。 その「無理」が、庭を、いつしか重荷に変えてしまいました。
土地は借り物
土地を支配するのをやめる。 すると、庭は「恩恵を授かる場所」へと変わります。
にわたが考える庭の本質は、土地の力をねじ伏せることではありません。 土地が本来持っている力を最大限に引き出し、 人間がその健やかな循環の中に「混ぜてもらう」ための設計です。
それは、自然との程よい距離感を探り、 土地の呼吸に、自分の暮らしを重ねていくこと。
管理という労働から、共生という喜びへ。 あなたのとなりで、借り物の土地を心地よく調える。 それが、にわたの役割です。
無理なく続く、心地よさ。
支配をやめる。それは、我慢することではありません。
自然と戦うのをやめ、程よい距離感を保つこと。 それは、土地が本来持っている「恩恵」を 最大限に授かるための、最も賢明な戦略です。
私たちは、自然をねじ伏せるために使うエネルギーを、 自然を活かすための「知恵」へと転換します。
微気候を、味方にする。
樹木が作る深い影、地中を抜ける涼やかな風。 自然の理に沿って整えられた「微気候」は、 電気や機械の力に頼ることなく、 奥行きのある、健やかな心地よさを住まいにもたらします。 それは、五感で感じる本質的な豊かさです。
循環という、経済的な誠実さ。
庭から出たものを「ゴミ」として運び出さず、 外から「資材」を買い込むこともしない。 持ち出しと持ち込みを極限まで減らす循環の仕組みは、 あなたのお財布にとっても、地球にとっても、 もっとも「無理がない」誠実な選択です。
「無理のなさ」が、豊かさを育む。
管理に追われず、浪費をせず、ただ土地の力を借りる。 執着を手放した先に待っているのは、 歳月を重ねるほどに深まっていく、穏やかな暮らしです。
にわたは、その「程よい距離感」を、あなたと共にデザインします。