開催場所: 京都大学理学系研究科セミナーハウス
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世話人: 小俣ラポー日登美, 佐藤駿, 包含, 松本徹(京都大学白眉センター)
後援: 京都大学白眉センター
歴史の対象となる過去は、万人にとっての「事実」と、その「事実」をつなぐ「物語」から復元されうる。フランス語・ドイツ語・イタリア語・スペイン語では「歴史」を示す言葉が同時に「物語」を示すように、過去は本来「事実」と「物語」の両方から成っているはずである。過去のない学問研究はない。したがって、どの学究も固有の歴史を辿っている。ただし科学研究において重要視される過去は、実験を通じた検証により妥当だと判断された法則化可能な「事実」の蓄積の方である。一方で、その背景に存在する人間としての科学者の「物語」、「事実」になれなかった仮説や学説は軽視された形で、学問史は一般的に認識されている 。本シンポジウムは、本来そこまで古い過去を振り返る必要性のない様々な科学分野の研究者に、各専門領域の過去を長い時間軸で振り返ってもらうことを通じ、彼らの日々の実験や研究の営為の枠外にある、分野の大きな「物語」を確認してもらおうという試みである。そこに、「歴史は科学ではないのか」という問いそのものが古臭いと提議する三中信宏先生にご参戦いただき、歴史という枠組み自体を再考する学際的思考の実験場としたい。
10:00ー11:00
痕跡解読による推論:歴史と科学をつなぐ体系化と可視化
三中信宏
残された “痕跡” からその原因や過程について推論することは、科学のみに限定されない、普遍的な思考様式である。歴史家カルロ・ギンズブルグが提唱する「un paradigma indiziario[痕跡解読型パラダイム]」とは “部分” となる状況証拠からある “全体” を推論(アブダクション)する試みを指している。ここでいう “全体” とは、現存する情報断片としての “部分” をつなぎ合わせることにより形成される単一の体系・仮説・モデルあるいは “物語” を含意する。生物体系学における系統樹の推定や考古学における文化史の復元は痕跡解読を要請する代表的な科学である。文系から理系のまたがる幅広い研究分野において、この痕跡解読型パラダイムはその威力を発揮してきたと考えられるが、分野間でのつながりが明確に意識されてきたわけでは必ずしもない。 “部分” から “全体” へのアブダクションは、直接的な実験や観察が不可能な研究分野が「科学」として成立するための確固たる共通の足場を提供している。今回の講演では生物体系学と文化系統学を例に取り上げ、痕跡解読型パラダイムを実行するために必要となる体系化の手順とそれを支える視覚化の背景について論じる。
11:00ー11:30 質疑応答
11:30ー13:00 懇談会(立食形式)※登録制
13:00ー13:30
彗星は聖性を証明するのか──歴史にとっての「事実」を把握する
小俣ラポー日登美
聖性は、数値化も観測も不可能で、人に認知されうる現象の中でも最も「非科学的」と言っても過言ではないかもしれない。にもかかわらず、17世紀の人間は、刷新された当時最先端の裁判制度のもとで、彼らなりの論理づけによってそれを「事実」として証明しようとした。その根拠は、死肉の不朽や芳香のような科学的にありえないことであったり、彗星のように現在すでに科学的に解明された自然現象であった。ここで資料に証明された聖性は、科学的な「真偽」を基準にした評価により「事実」の是非を判断されるべきではない。死肉の不朽や彗星が同列の因子として論じられる言説のあり方にこそ過去の考え方の一形態が映されると見るべきである。一見雑多で無関係に見えるこの種の言説は、関係・枝脈・派生といった系統樹的な分類で把握され得る。こうした歴史の一側面は、重要な「事実」や大きな「発見」をつないで紡がれた一つの流れを形成する「物語」の歴史からは通常顧みられないが、時には人為的・恣意的になりうるナラティブ化した歴史「事実」以上に、過去を真摯に反映している。
13:30ー13:45 質疑応答・全体討論
13:45ー14:15(都合により発表キャンセル)
系統樹思考で見る太陽系進化論の発展と分岐
松本徹
宇宙より長い歴史を持つ存在はない。その歴史を紐解く学問体系の中には、理論物理学を基盤として、銀河や星の形成進化に潜む普遍法則を求める研究がある一方で、私が専門とする「太陽系物質科学」・「地球外物質科学」では、隕石・小惑星の砂の鉱物・岩石組織を観察することで、初期太陽系から現在に至るまでの太陽系の歴史の解明を目指す。具体的には、可能な限りの地球外物質を収集し、そこに含まれる様々な微小構造を分析して記載し、博物学的に分類することが史的検証の出発点となる。当然のことながら、太陽系内の特定の場・特定の過去の時刻に起きた現象を直接観察することはできないため、「今ここに見える地球外物質」から、過去の太陽系の進化の過程を復元するほかない。つまりこの視点は、進化生物学や歴史学が、断片的な情報から過去を振り返りその再構築を試みてきた手法に通じるものがある。そこで本発表では、「太陽系物質科学」・「地球外物質科学」が、反復観察に基づく厳密なデータに基づきながらも、いかに歴史学的な「物語」を編み上げてきたのかを紹介する。その長い研究史を可視化するために、学問領域内で浮上しては消えていった推論・方法論の数々を系統樹思考で整理して、学問分野の系譜と特性を俯瞰したい。
14:15ー14:30 質疑応答・全体討論
13:45ー14:00 休憩
14:30ー15:00 14:00ー14:30
生き物の「こころ」という物語── 動物行動学における科学論争の解剖
佐藤駿
本発表では、動物の行動を研究対象とする「行動生態学(社会生物学)」・「比較認知科学(動物心理学)」の二つの学問領域における「こころ」の扱い方と、その歴史的背景を分析する。ヒトのような高度な認知能力を持たないと考えられてきた魚類には、実は自己認知能力や利他性があることを、自分を始めとする研究チームはこれまで確認してきた。しかし、この結果は当該分野ならびに隣接分野における論争を引き起こすことになった。この種の科学的ディスコミュニケーションは、研究者間で「こころ」の理解が共有されていないことに端を発している。「こころ」の定義は、各学問領域内で蓄積されてきた無意識に共有されているアカデミックな常識、研究者の属す文化的文脈、そして歴史的背景に大きく依拠している。こうしたコンテクストは、従来の細分化された科学の専門領域内の研究では把握することはできず、歴史学的・人文学的視点で俯瞰し、科学者の求める「物語」の一つとして理解する必要がある。こうした努力は、不毛な科学的ディスコミュニケーションを、多様な知識・知見を交換する建設的な交流へ変換するために不可欠である。
14:30ー14:45 質疑応答・全体討論
14:45ー15:00 休憩
15:15ー15:45 15:00ー15:30
人工知能と「最適性」の神話──技術権力とはなにか
包含
10年前に端を発する深層学習の革新を皮切りに、人工知能技術は数多くのタスクで驚異的な性能を達成しており、ついには人間との対話まで実現されようとしている。そのような人工知能を支える計算機の性能向上は著しく、しばしば技術の無謬性すらも感じさせられる。しかし、本論では技術が決して普遍的であり得ず、ひとつの「物語」を体現するに過ぎないことを指摘したい。なぜならば、人工知能はある基準を最適化することで現実のデータを写し取った予測モデルに依拠しているが、それは基準を選択した人間の価値観に束縛されており、同時にデータに内在する「多数派」の論理に裏付けされているからである。すなわち、技術は「無色透明」ではあり得ず、背後に潜む人間が技術というレンズを通して利用者に権力を行使できる構造にある。このような技術権力構造に向き合う2つの方法として、技術権力との対峙を通して自己決定権を保つ方法と、自己を形成する環境と技術を調和させる方法を比較する。
15:30ー15:45 質疑応答・全体討論
[会場名] 京都大学理学研究科セミナーハウス
[住所] 〒606-8502 京都市左京区北白川追分町 京都大学北部キャンパス(こちらの地図の「10番」の建物です)
1958年京都生まれ。1980年東京大学農学部農業生物学科卒業。1985年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。農学博士。1989年農林水産省・農業環境技術研究 研究員、2004年独立行政法人農業環境技術研究所 研究リーダー、2016年国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構農業環境変動研究センター ユニット長、2006年東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 教授[連携大学院兼任]などを経て、2018年東京農業大学農学部生物資源開発学科客員教授、現在に至る。専門は進化生物学・生物統計学.統計学と体系学の観点から生物データの数値化と可視化に関する研究を進めている。主な著書として:『生物系統学』(1997、東京大学出版会)、『系統樹思考の世界』(2006、講談社)『分類思考の世界』(2009、講談社)、『進化思考の世界』(2010、NHK出版)、『文化系統学への招待』(共編、2012、勁草書房)、『文化進化の考古学』(共編、2017、勁草書房)、『思考の体系学』(2017、春秋社)、『系統体系学の世界』(2018、勁草書房)、『統計思考の世界』(2018、技術評論社)など。訳書に、エリオット・ソーバー『過去を復元する』(2010、勁草書房)、マニュエル・リマ『系統樹大全』(2015、ビー・エヌ・エヌ新社)、マニュエル・リマ『円環大全』(監訳、2018、ビー・エヌ・エヌ新社)、コスタス・カンプラーキスとトビアス・ウレル (編著) 『生物学者のための科学哲学』(共訳、2023、勁草書房)など。ウェブサイト:http://leeswijzer.org/
パリ国立高等研究実習院PhD.(宗教文献学)、フリブール大学文学部歴史学部PhD. (近世史)。白眉プロジェクトで大多数を占めてきた“理系“の研究者の目に、人文学の研究は「ポエム」に見えているのではないかという危機感からこの企画を発案した。近刊単行本『殉教の日本:近世ヨーロッパの宣教のレトリック』(名古屋大学出版、2023年)は、三中先生に鈍器と称された出版物であるが、日本での歴史学であまり試みられてこなかった複数の文化圏の資料・文献を渉猟した研究で、日本史と西洋史間の境界を横断しようとした学際的実践である。本企画では、歴史がどこまで分野の壁を越えられるのかを見てみたい。
大阪大学理学研究科博士課程修了。地球外物質科学を専門とする。隕石・小惑星の砂の鉱物・岩石組織に含まれる様々な微小構造を分析して記載し、太陽系の物質の変遷を理解することを目指している。とりわけ宇宙空間での固体の変化に注目してきた(例えば、Matsumoto et al. 2020. Nature Communications, 11.1. 1117)。過去の太陽系の物質進化を復元する視点は、進化生物学や歴史学が、断片的な情報から過去の再構築を試みる手法に通じるものがある。そのような通分野的側面を探りながら、我々の学問分野の系譜と特性を俯瞰したい。
2019年に大阪市立大学理学研究科博士課程修了(理学)。2023年から現職。専門は動物行動学・進化生物学。代表的な論文に『Prosocial and antisocial choices in a monogamous cichlid with biparental care』(Nature Communications、2023年)などがある。基本的にはサカナオタクで対象種が好みのサカナであれば、研究テーマには特段こだわりはないが最近は魚類をモデルとした『協力行動』の進化研究に興味がある。これらの研究に際して、動物の利他性、意識、感情など、こころに関連する科学的ディスコミュニケーションに気づき、生き物のこころの概念形成に対する歴史的もしくは文化的背景に興味を持ち、人文科学的アプローチでこれらの解剖を行いたい。
2022年に東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了(情報理工学)。2022年から現職。専門は計算機科学、特に機械学習。共著書に『Machine Learning from Weak Supervision: An Empirical Risk Minimization Approach』(MIT Press、2022年)がある。自身の専門である計算機科学の研究の傍らで技術と人間の関わりを見つめ直す必要性を感じ、現代思想、科学哲学、科学技術社会論にも興味を持ちながら研究活動を行っている。