自閉症スペクトラムは、過密な人口に適応するための行動特性かもしれない

東京などの大都市の人のイメージ調査をすると「都市部に住んでいる人は冷たい、他人に無関心だ」という回答が必ず上位にきます。このことは、米国の心理学者、Stanley Milgramという人も、田舎の大学からニューヨークの大学に異動した際に、ニューヨーク市の人々の他人に対する無関心に気づき、なぜそうなのか説明するある仮説を提唱しました。


Milgramの提唱する「認知的過負荷(Cognitive overload)」によるこの説では、都会は田舎に比べると、非常に多くの刺激や情報(他者とのコミュニケーションを含む)があるため、情報処理できる認知的なキャパシティーを超えてしまう。そこで、そのような認知的な過負荷を低減するために、あまり自身とは関係が希薄な他人に対して無関心となるのであろう、としています。


実際、周りに過剰な数の人がいる環境というのは強いストレスを引き起こすことは都会の通勤ラッシュ時の電車などに乗ったことがある人だったら誰でも理解できるかと思います。このような満員電車の中では、音楽をずっと聴いている、スマートフォンをずっと見ているといった人達を多く見かけるかと思いますが、これは過剰な人口密度(個体群密度)環境でのストレス低減対策として、Milgramの言うところの認知的過負荷を低減していると考えられます。


自閉症スペクトラムは社会的コミュニケーションの障害を中核とする発達障害ですが、上記のような観点からは本当に障害と言えるのでしょうか?自閉症スペクトラムの特徴の1つに知覚過敏があります。つまり、自閉症スペクトラムを持つ人は、通常の人よりもより多くの強い刺激を受け続け、より低い閾値で認知的過負荷に陥ることになります。このような状態では、個体群密度が過密でなくても、他者に対して無関心とならざるを得ないと考えられます。


個体群密度と社会的コミュニケーションの頻度との関係は、霊長類のいくつかの種で報告されています。例えば、動物園のチンパンジーやオマキザルでは飼育面積あたりの頭数が増加すると、個々の社会的コミュニケーションの頻度は減少します。一方、アカゲザルでは、社会的コミュニケーションの頻度はそのような飼育面積あたりの頭数の増減に関係しません。


私達はニホンザルとアカゲザルで同の比較を行ったところ、ニホンザルでは飼育面積あたりの頭数が増加すると、個々の社会的コミュニケーションの頻度は減少する一方、アカゲザルではそのような違いは見られませんでした。同様に、マウスでも、C57BL/6という系統のものは飼育面積あたりの頭数の増減による社会的コミュニケーションの頻度の変化が見られない一方、DBA/2という系統のマウスは、飼育面積あたりの頭数が増加すると社会的コミュニケーションの頻度が減少することが見られました。


それでは、これらニホンザルとアカゲザル、C57BL/6マウスとDBA/2マウス、それぞれにおいてどうして異なるのでしょうか。この疑問を解決するため、神経伝達物質のセロトニンを計測したところ、ニホンザルとC57BL/6マウスでは、それぞれアカゲザルとDBA/2マウスと比較してセロトニンの量が非常に多いことが分かりました。またDBA/2マウスのセロトニンを薬を使って低下させると、飼育面積あたりの頭数が増加しても社会的コミュニケーションの頻度は変わらなくなるということがわかりました。


このようなセロトニンの相違は自閉症スペクトラムの生理学的特徴とも合致しており、自閉症スペクトラム者のおよそ30%程度に、高セロトニン血症(Hyperserotonemia)と呼ばれる、通常よりも高いセロトニン量が見られることが知られています。


また、さらには、ヒトを含め、集団生活を行う動物では、集団内の個体群密度が増加するほど、その集団内での個体の繁殖年齢が遅れる(都会の人ほど、結婚年齢が高くなるように)ことが見出されていますが、進化的観点からは、このような繁殖年齢を遅くすることで、生まれてくる子孫が個体群密度が高い、競争の激しい環境を少しでも避けることが出来る可能性を高くすることが出来る適応的な変化だと考えられます。一方で、自閉症スペクトラムと両親の年齢とは強い相関関係があることが見出されており、父親、母親ともに高齢の子どもの自閉症スペクトラム発症率は高くなります。


以上のことから、個体群密度が高い環境と自閉症スペクトラムとの間には何か関係があると考えられますが、それは一体なぜなのでしょうか。この疑問に対する答えとして、John B. Calhounという米国の研究者が行った「ネズミの楽園(Rodent Utopia)」実験という有名な研究があります。この実験ではCalhounは数頭のオスとメスのネズミをエサや水が豊富にある部屋で自由に繁殖させたらどのようになるだろうかというのを試してみました。そうしたところ、あっというまに個体数が増えていきましたが、ある時点で、エサや水は十分あるのに、スペース的な制限のため、非常に過密な状態に達すると、これらのネズミはお互いに攻撃し、殺し合いをはじめだし、そして最後には絶滅してしまうということが見られました(果たしてヒトでも同様のことが起こるのかはわかりませんが・・・)。中でも、このような過密な状態での闘争を最後まで生き延びたネズミは、無性的で、他のネズミと社会的コミュニケーションを避ける、まるで自閉症スペクトラムと良く似た行動をする個体であったと報告されています。したがって、自閉症スペクトラムの行動特性は特に高い個体群密度の社会環境においてはその生存に利益的に作用しているということが考えれるのです。