その意義も可能性もある沖縄コーヒーであるが,課題もある。その第一が安定的生産拡大である。沖縄コーヒーは商品価値の高いアラビカ種が生産されているが,沖縄の立地は,コーヒーベルトと呼ばれる赤道を挟んだ栽培適地の外側にあり必ずしもアラビカ種の適地とは言えない。アラビカ種の原産地は,現在の南スーダンにあたる地域のどこかでカネフォラ種とユーゲニオイデスという野生種とが交配して生まれたと言われている(Hoffmann, 2018) 。近接するエチオピアには,アラビカ種が自生しており,現在も野生種や半野生種が heirloom という名称で収穫・精製され販売されている。コーヒー栽培に適した気候もこのエチオピアの気候とされている。
エチオピアの気候は,一日の気温差が大きく,年間の温度差が小さい。一方,沖縄の気候は,一日の温度差が小さく,年間の温度差が大きい。エチオピアは,南半球にあり,2~3月が最も気温が高くなる。日中の平均気温は30℃近くまで上昇するものの,夜間は15℃近くまで低下する。一方,沖縄は7~8月が最も高い気温となり,日中は30℃に達し,エチオピアよりやや高い程度であるが,夜間も27℃以上とほとんど低下しない。これは沖縄コーヒーが,長時間高温にさらされることを意味する。アラビカ種の年間平均気温は18~21℃と言われ,30℃を超えると成長が抑制され,葉の黄変や茎の根元の腫瘍の成⻑などの異常が発生する可能性が指摘されてきた (Franco, 1958)。また,一日の気温差が大きいほど,果実の成長が遅く,成熟も均一となり,大きく密度が高い香りと風味の生成に重要な前駆物質が増加すると指摘されている(Avelino et al. 2005; Bertrand et al., 2006) 。
また,エチオピアは7~8月に最低気温となるが日中は23~24℃で,夜間の気温は夏季の16℃とほとんど変わらない14℃である。一方,沖縄は,1~2月に夜間の気温が16℃ほどあるものの,日中も18℃までしか上がらない。コーヒーノキの成長は18℃未満で抑制される (Camargo, 1985)。
さらに,エチオピアには乾季がある。夏の12月~2月にはほとんど雨天が無い。コーヒーノキは乾季を経て3月に雨が降ると一斉に花を咲かせる。しかし,沖縄にははっきりとした乾季は無い。このため,露地栽培のコーヒーノキの開花期が長くなる。まだらに開花し,まだらに登熟するため,収穫期の長期化と煩雑さを増加させる。(収穫期の長期化は,収穫作業を分散させ,むしろ好ましいという生産者もいる)沖縄の降水量も多い。コーヒーノキは多少の乾燥には耐えるが,湿潤な状態に弱い。空気中の湿度も低湿度環境を好む。
沖縄に最も近いコーヒー産地に台湾・阿里山がある。台湾コーヒーの評価は高く,2023年のパイロット開催を経て2024年から正式にCup of Excellence品評会を開催し,世界的なコーヒー産地として認められるに至った。阿里山の気候をエチオピアの気候と比較すると,その良好性が確認される。夏場の日中の最高気温が31℃とやや高いものの夜間の気温が20℃近くまで低下する。冬場も12度近くまで低下することはあるが,日中は20℃まで上昇する。雨の降り方はエチオピアとは逆で,冬場ではあるが乾季に近い季節が12~2月にかけて訪れる。沖縄と台湾の差は,緯度の違いもあるが,決定的なのは標高である。1,000メートルを超える標高が,コーヒーに好ましい気候を提供している。一方,沖縄の標高は石垣島の於茂登岳で526メール,沖縄本島では国頭村の503メートルと低い。
その他,沖縄には台風の被害,冬の季節風という気象条件もある。台風はコーヒーノキに甚大な被害を与え,冬の季節風は,葉や果実に損傷を与える。
ただし,コーヒー栽培はエチオピアの気候が絶対というわけではない。アフリカから中南米,アジアにかけて,コーヒーは広く栽培され,それぞれの土地に合った品種の選択・開発が行われている。栽培方法も工夫されている。沖縄に適した品種や栽培方法を探り,沖縄コーヒー独特のテロワールを見出していく必要がある。
沖縄コーヒーは産地としては未だ胎動期にあり,産地としての体制が整っていない。産地体制とは一種のバリューチェーンである。ここで言うバリューチェーンは,Porter (1985) が提唱した概念で,調達から生産・販売に至る主活動と,インフラ整備,技術開発,担い手支援,調達支援といった支援活動全体で経済的価値を最大化すべきだとする主張である。これら主活動と支援活動が抜け目なく行われているか,また,各活動はどういう体制で担われているのか,そして各活動は有効に連携しているかが問われる。
これからすると,沖縄コーヒーの産地組織は未成熟段階である。主活動は,大半が個別農家によって自己完結的に行われ,支援活動は部分的に小規模に行われているだけである。
例えば,又吉コーヒー園は,生産・調製,加工,観光農園,焙煎豆販売,カフェまで手掛け,調達から販売まで自己完結している。キザハコーヒーは,大宜味村で営まれているカフェであるが,店主が栽培しているコーヒーをメニューのひとつとして提供している。
焙煎業者との連携を行っているコーヒー農園もある。中山コーヒー園は,東京で珈琲や焙煎工房を展開するJINフードビジネスコンサルティングとの提携で,園内に焙煎所を設置し,東京の珈琲や焙煎工房で中山コーヒー園のコーヒーを提供している。しかしながら,こうした自立的コーヒー園が成功するには,相応の経営能力が必要で,多くのコーヒー生産者に真似できるものではない。
農業の場合,生産者組合を結成して共同で主活動を担う場合も多い。しかし,沖縄コーヒーではこうした動きは限られている。久米島の6名の生産者が「久米島コーヒー生産者組合」を結成しているが,これは稀有な例である。
農家以外からの支援活動として,多くの場合,行政や農協がこれにあたることが多い。しかし,沖縄コーヒーの場合,現状ではこうした行政・団体からの支援活動がかなり限られている。
沖縄コーヒーの支援活動としては,沖縄コーヒー協会が,種苗やパルパーといった資材の調達支援,営農・病虫害情報の提供,生産者向け技術・営農セミナーの開催の他,生豆や苗の販売を行っている。琉球コーヒーエナジー株式会社が組織する「沖縄を世界的な珈琲アイランドにする会」がこれまで2回のフォーラムを開催し,コーヒーでの新規就農のための情報を提供した。ネスレ日本は,2019年に「沖縄コーヒープロジェクト」を立ち上げ,名護市・琉球大学と連携し,大学構内や協力生産者の圃場で試験栽培を行っている。こうした沖縄コーヒーを振興する生産者および支援団体の活発な活動があるにも関わらず,その規模はいずれも数名規模の取り組みに留まっており,しかも,これらの横の連携がほとんどとれていないのが現状である。
それに加え,沖縄コーヒーに対する行政的支援がほとんどない。内閣府沖縄総合事務局農林水産部 (2018) がコーヒー作を取り上げ,その概況,収益性と栽培事例,産地化・観光資源化の検討結果を紹介している。また,同局は,令和5年に生産体制構築に向けた支援として,令和5年度沖縄離島活性化推進事業費補助金を交付している。ただし,それ以外は,沖縄コーヒーに対する行政的支援は見当たらない。沖縄県の現在の農業振興は,令和4-13年度を対象とした「新・沖縄21世紀農林水産業振興計画~ まーさん・ぬちぐすいプラン ~」に基づいて行われているが,この中にコーヒー作は位置づけられていない。一方で,市町村の中にはコーヒー作に関心を示しているところもあると言われるものの,例えば県が市町村の単独事業に交付する沖縄振興特別推進交付金の令和6年度の対象事業リストを見る限り,コーヒー作を明示的に示したものは見当たらなかった。
前述のように沖縄コーヒーは生産から販売まで単なるコーヒーのバリューチェーン以上の公益的な意義がある。沖縄の自然環境と社会の保全~再生を目指したバリューチェーンを,我々は「サステナビリティチェーン」と呼んでいる。バリューチェーンがそれを構成する主体各々の経済的価値を追求することで協働できるのに対して,サステナビリティチェーンが目指すのは経済的価値だけでなく,環境および社会的価値をも含む。そのためにチェーン全体でのガバナンスが必要である。そのガバナンスを行うのは,主活動を担う誰かでもなく,支援活動を行う誰かでもない,チェーン全体の合意とモチベーションである。そのために,沖縄コーヒーの関係者の意思疎通と問題意識の共有が必要である。経済的価値だけでなく,公益的価値をも追求するなら必然的に行政支援も求められる。現時点の沖縄コーヒーが早急に解決すべき課題である。