沖縄県では,平成5年(1993年)に赤土等流出防止条例を制定し,平成6年から赤土等※の流出を削減してきた。赤土等は,河川から海へ流出し,自然環境や産業・生活に諸々の影響を及ぼす。とりわけ海域への影響は深刻で,赤土等 の堆積や懸濁,栄養塩の流入が,サンゴ礁に負荷を与え,海の生態系や景観を損ねている。沖縄県(2023) によると,条例施行前の平成5年に52.1万トンだった赤土等の流出が,令和3年には24.6万トンまで半減したとしている。しかし,そのうち20.0万トン(81%)は農地を流出源としたもので,平成5年の32.1万トンから38%削減されたものの,その削減率は他の流出源よりも小さく,赤土等流出源としての農地の割合が増している。
※赤土等▼
※赤土等とは,県内で見られる赤茶色の土(国頭マージ・島尻マージなど)や灰色の土(ジャーガルとその母岩のクチャ)など,粒子の細かい土壌の総称(沖縄県,2003)。
農地からの赤土等流出に対する発生源対策には,購買抑制や畦畔設置などの土木的対策と,緑肥やマルチングなどの経営的対策がある。畑地は耕作で裸地状態にある時,赤土等流出に対して極めて脆弱となる。これに対して,サトウキビの株だし栽培で裸地化を防止する対策もとられている。沖縄では耕作放棄地も増加しており,耕作しないという点では赤土等流出防止に寄与する。しかし,それは望ましいことではなく,そうした農地には果樹等の永年作物による農地活用が有効である。コーヒーノキは剪定・切り戻しを行うことで30年以上植え替えを行わずに収穫を続けることが可能である。沖縄の海を守る永年作物の1つとしてコーヒー作は期待される。
沖縄の農地が荒れている。令和5年で沖縄県耕地面積36,100haのうちの10%にあたる2,667haが荒廃農地であり,さらにそのうちの43.2%の1,080haが再生困難とみなされている。農地としてのかい廃面積も増加している。年により変動はあるものの,平成28年以降,年平均292haで耕地面積が拡張している一方で,その2倍近い584haの改廃が進んでいる。その大半490haが荒廃によるものである。農地の荒廃は外来植物の侵入を許し,そこが外来動物の住処となる(竹内ほか, 2022; 船越, 2015等)。一旦人の手が入った森には適切な管理を続ける必要がある。
耕作放棄地の発生要因には,高齢化などの人的要因とともに,水利や筆面積などの圃場条件も大きい。特に水田などでは,狭あいな日陰となるような圃場は真っ先に放棄される傾向になる。そこから野生生物が侵入し,獣害被害を引き起こしている。しかし,コーヒーノキは,極端な高温や強い日射を好まない。また,防風を必要とする。このため日陰樹や防風林の間に植栽されることが多い。しかも,沖縄のコーヒー園には,そうした日陰樹や防風林に森林を利用しているところも多く,それは放棄された果樹園跡であったりする(甲野, 2024)。コーヒーノキは水はけのよい土壌を好むものの,谷あいの狭小な圃場でも栽培が可能で,日射よけや防風の観点からはそうした圃場がむしろ好条件である場合もある。沖縄のコーヒーは農地を保全しながら,沖縄の森を守ることにも貢献する。
沖縄県の基幹的農業従事者は2020年の調査では60%が65歳以上,26%が75歳以上だった。まだ2025年の調査結果は出ていないが,おそらくそれぞれの割合が10ポイント以上ずつ増える見込みである。2020年時点で,25歳未満の基幹的農業従事者は沖縄県全体で44人しかいない。このままの新規就農者で推移すれば基幹的農業従事者の数は5年間で10%程度ずつ減少していくであろう。こうした農業労働力の減少・高齢化への対処として,新規就農者の確保が求められる。
新規就農者として,新卒者といった若年層のみなららず,島内外からのUターン,Iターン,定年定植後の前期高齢者が期待される。沖縄コーヒーは新規就農者にとっての魅力度は高い。まず,沖縄という土地の持つ魅力がある。ブランド総合研究所が毎年実施する都道府県魅力度ランキングで沖縄県は常に上位にある。さらにコーヒーの持つ魅力もある。「コーヒー沼」という表現があるほど,コーヒーに魅せられる人は多い。おいしいコーヒーを飲むだけでは飽き足らず,コーヒー豆について学び,抽出を極め,自家焙煎まで行う人は多い。その延長でコーヒー栽培にまで行う人もいる。沖縄でコーヒー作を始めた人に,その理由を聞くと「コーヒーが好きだから」という回答が多い。コーヒーほど好まれる農産物は他にはない。沖縄という土地で安定したコーヒー作を主体として農業経営ができれば,就農を考えている人に魅力的な就農形態を提供できる。一般社団法人沖縄コーヒー協会によるとすでに「コーヒーノキに関しての認定農業者」が誕生しており,同協会は,コーヒー作を主体として認定農業者の育成をサポートする意向を示している。
沖縄県の農業労働力の高齢化や減少に対応した就農の在り方の検討も求められている。従来の家族経営だけでなく,法人経営,スマート農業,女性や高齢者が活躍できる農業,半農半X・マルチワーク等々,多様な農業労働力を確保する方法が提案されている。大宜味村のコーヒー農園は,某養鶏業者が山林を切り開いて始めたものだが,周囲の女性をワークシェアの形で雇用している。さらに,若い陶芸家の半農半Xを支援している。農園全体の栽培管理と労務管理も,元洋ラン農家を雇用している。
コーヒー作は,農福連携にも期待される。チョークを製造する日本理化学工業株式会社が,60年にわたり障がい者雇用を行い,社員の7割が知的障害者で占められていることは有名である。コーヒーは一斉に登熟しない。一本の枝に未熟,適熟,過熟が混在する。未熟はえぐみ,渋み,青臭さを放ち,過熟は独特の発酵集を放つ場合がある。さらに,虫食いやカビなどがある豆も混ざる。これらを混在させるとコーヒー豆の商品価値を著しく低下する。ピッキングと呼ばれる根気のいる手作業による選果が必要である。ピッキングは,収穫時,精製後,焙煎後の各段階で行われる。ピッキングをどれだけ丁寧に行うかで,コーヒーの商品価値は大きく異なる。言い換えればピッキングという作業で,単純作業の労働価値を高めることになる。コーヒーは多様な労働を受け入れ,その労働価値を高める可能性を持つ。
群馬県では,国産コーヒーで農福連携を試みるプロジェクトが進行している(上毛新聞,2022.11.28)。沖縄では,NPOウヤギー沖縄が,不登校やひきこもりなど生きづらさを抱える人たちに,働く場としてコーヒー園の作業を提供している。同NPO理事長近藤正隆氏によると,コーヒーは室内なら窓際やベランダで苗栽培が可能で,屋外に出られるようになっても,人とコミュニケーションをとらない軽作業がほとんどで,一人で淡々と取り組む作業が得意な人には最適な作物であるという(沖縄タイムス, 2022.8.9)