調査した大宜味村の放棄地をコーヒーの適地性から評価し,コーヒーノキをどの程度植栽可能であるのかを試算する。コーヒー作に適した圃場は,水はけのよい弱酸性土壌で,2m以上根が伸びるような礫が少ないことが条件となる。ただし,台風に耐えるため柔らかすぎないことも重要である。台風や冬の季節風対策として圃場の四方が地形または防風林に囲まれ,日当たりが強すぎない日陰樹も必要である。今回の筆調査では,土壌調査まではできなかったため,集計に用いた条件は,水はけ,防風,日当たりの3つで,各評価とその組み合わせが放棄地の状態別にどのように分布しているかを調べた。
アラビカ種のコーヒーノキは,およそ1.5mの半径で側根 (lateral root) を延ばし,地表から30~50cmまでの深さで養分の吸収を行う。しかしながら,それとは別に垂直に伸びる主根 (ta-p central root)があり,さらに2m以上伸びる軸根 (axial root) で水分の吸収を行う。(Wingents, 2012)。
長期の乾季において,コーヒーノキは,根の伸張を優先し,雨季には地上部を成長させる。乾季が不足すると,根の成長を阻害する(Damatta et al., 2007)。したがって,水はけが悪く,降雨で水没するような土地はコーヒーノキには不向きである。また,地下水面が少なくとも1.5mよりも深い必要がある (Wingents, 2012)。
筆調査で水はけの状態を正確に測ることはできなかった。しかし,現状の様子,尾根か谷底か,斜面か,あるいは山端かといった立地や周辺の地形から,水はけの状態を「良好」「不良」「不明」に仕分けた。地形的に水没するような「不良」の土地は避けるべきである。暗渠排水で改善できる場合もあるが,相応の土地改良コストがかかる。すでに赤土対策等で暗渠排水が実施されている畑であれば,地下水位が高くない限りコーヒー作の適地となりうる。ただし,今回の目視ではその判定はできなかった。
筆調査で評価した圃場の割合は,表3-8,図3-7の通りである。大宜味村の放棄地は,低湿地というより主に斜面に多く,水はけの点でコーヒー作に向かないと思われる圃場は少なかった。
表3-8 水はけの状態別放棄地の分布
コーヒーノキが好む土壌は,pH5.5-6.0の弱酸性土壌で,高CEC(つまり,肥持ちがよい)溶岩,火山灰,塩基性岩,沖積堆積物に由来する土壌で,側根が伸びる地表から30~50cmの間に,2mm以上の礫が2~3割以下で粘土の割合が7割以下がよいとされる(Wingents, 2012)。
また,主根,軸根の成長を阻害するような硬い岩盤や障害物がなく,2m近く根を伸ばせるような土壌が望ましい。特に,コーヒー栽培の実務に詳しい三本木氏によると,主根を60cm以上真直ぐ伸ばす必要があり,主根が障害物等で曲がると樹勢が衰えたり,枯れたりするそうである。
また水はけがよく肥持ちがよくても,軽くて柔らかい土壌は台風などの強風で倒伏する可能性もあり,留意が必要である。
筆調査では,土壌調査までは行うことができなかった。ただし,前章の広域的適地性の評価では,対象とした大宜味村の大半の土壌はコーヒー作に向く土壌であった。それでも,細粒黄赤色土などは,地表から数十センチの深さに心土を形成することもあり,心土破壊を行うか,あるいは植え付け時に垂直に深い穴を空けるなど,主根・軸根が貫通できるような工夫・手間が求められる。また,前章の広域的適地性の評価で適地性が高いとして選択した各種土壌統も,肥沃かどうかは判定していない。窒素不足は,高温や高日射などの気候ストレスへの適応力を弱める(Damatta, 2004)。亜熱帯の沖縄においては施肥を行っても肥料成分の分解が早いため,土壌が痩せないこまめな施肥管理が必要である。
沖縄コーヒーにとって,夏の台風は甚大な被害をもたらす。甲野(2024)は,沖縄コーヒーの台風対策として,(1) 狭い園地を防風林と防風垣で四方に囲むこと,(2)降雨によっても土が緩まないような土壌,(3) 植栽間隔より高い樹高で樹冠を広くしつつ,透かし剪定などで風の抜けをよくすることの3つを同時に行うことが重要であると指摘している。
また,台風だけでなく,冬の季節風も葉や芽に深刻な損傷を与え、成長中の花や果実を脱落させる。いずれにしても,沖縄コーヒーにとって防風対策は必須である。
前章の広域的適地性の評価において,台風の最大風速と冬の季節風の影響を考慮し,大宜味村の場合,いずれもそれらのストレスは小さいほうであったが,それでも防風対策は必須である。筆調査においては,四面が地形または樹木で囲われているかどうかを調査した。すなわち,
圃場の四面が地形的に斜面で囲われている
圃場の四面が防風林に囲われている
圃場の片面が斜面で防風の役割を果たし,残り三面が防風林に囲われている(図3-8の例)
開放面がある場合は,新たに防風林を植える必要がある。次の写真のような防風壁の設置でも代替できる。防風林が成長するまで写真よりも簡易な防風壁で代替するという方法もある。
施設栽培跡にビニールハウスの骨組みが残されている場合は,防風ネットの設置も比較的安価にできるが,施設そのものの防風被害に備えるとやはり施設の周りに防風林があった方が望ましい。
調査した放棄地のうち地形で包囲されている圃場が12筆(面積割合で4.2%),地形と防風林で図3-8のような形で包囲されている圃場が20筆(同6.3%),四面を防風林で囲われている圃場が6筆(同2.7%)あった。
表3-8 防風の状態別放棄地の分布
コーヒーノキは,日陰に対して耐性があり,生産性の問題を除けば,ある程度の日陰でも育つ。一方で,病虫害や窒素不足等でコーヒーノキ自体に問題がない限り,強い日射にも適応する(Damatta, 2004)。ただし,夏の高温で強すぎる日差しは,樹冠の温度を極端に上昇させ,コーヒーノキに障害をもたらすおそれがある。したがって,園地が傾斜の場合,西日の当たる西向きの傾斜よりも朝日を受ける東向きの傾斜が望ましい。大宜味村の地形は,全域的に西向きの傾斜であるため,局所的にも西向きが多い(斜面にある放棄地114筆のうち,半数以上の60筆が西向きであり,東向きは17筆だった。)。日当たりの強い,西向きの斜面にある園地には,日陰樹となる木を植えることが望ましい。特に幼木期は,バナナなどの成長が早く換金性のある作物を日陰樹として植えることも考えられる。
筆調査では,日当たりは日陰樹や地形から判断した目視による印象で「中」「弱」「強」で評価した。筆数では「中」「強」がそれぞれ約半数を占め「弱」は少なかった。ただし,面積では,「強」に判断される放棄地が66.5%を占めた。「強」と判断される放棄地には,サトウキビ畑跡など,1筆当たりの面積が広いものが多い。
表3-9 日当たり状態別放棄地の分布
放棄地のコーヒー園への転換を考えた場合,放棄地の状態で回復費用が異なる。放棄地の状態を,重機無しで回復できる程度であれば「放棄(軽度)」,重機が必要と思われる場合は「放棄(重度)」とマーキングした。
また,放棄地にビニールハウスの骨組みが残されている場合は「放棄(ハウス)」とマークした。施設によるコーヒー作は,その土地生産性から難があるが,残された骨組みの状態が良ければ,それを再活用することで,防風ネットや寒冷紗などが比較的安価に利用できる。
筆調査では「放棄(経度)」が92筆(面積割合51.9%),「放棄(重度)」が89筆(同37.3%)で,「放棄(ハウス)」が18筆(同10.8%)だった。ただし,この「放棄(軽度)」も2~3年で「放棄(重度)」になる可能性があり,「放棄(ハウス)」も再利用ができなくなる可能性もある。早急な対応が必要である。
表3-10 放棄の状態別放棄地の分布
以上の水はけ,防風,日当たり,並びに放棄地の状態を統合した分布を図3-12に示した。水はけは,「良好」のみを円内に示した。防風は,地形で「包囲」されているか,防風林で「四面」を囲われているか,地形で片面,防風林で三面を囲われているものを円内に示した。日当たりは,「中」と「弱」を円内に示している。図中の数値は,調査した放棄地全面積(383,428m2)に占める各放棄地タイプの面積の割合で,上段(橙色)が「放棄(軽度)」,中段(赤色)が「放棄(重度)」,下段(黄色)が「放棄(ハウス)」を示す。全数値の合計が100%となる。水はけのみが良好な日当たり「強」で防風が「開放」の「放棄(軽度)」が44.0%で最多であった。大宜味村のコーヒー作を考えた場合,防風対策が鍵となりそうである。
こうした放棄地の圃場の状態から現在大宜味村で植栽可能なコーヒーノキの本数を試算した(図3-13,表3-11)。現状で防風も日当たりも水はけも良好な放棄地へは,最大2,897本の植栽が可能と思われる。これに日当たりのみの改善が必要な放棄地を加えると,植栽可能本数は最大4,347本と推定される。さらにこれに防風のみの改善が必要な放棄地を加えると,植栽可能本数は最大16,007本となる。日当たりも防風も改善すべき放棄地も加えれば,最大43,731本に達する。
ただし,これには放棄地の回復に重機を要するような重度の放棄状態の圃場も含む。それを除くと,現状で最大1,867本,日当たり・防風の両方の改善を図ることで最大27,820本の植栽が可能である。
表3-11 図3-13の数値(単位:本)
ここで,日当たりを改善するということは,日陰樹を植えるということであり,狭い圃場であれば,日陰樹と防風林を兼用することも可能であって,それは日当たりと防風を同時に改善することにもつながる。ただし,日陰樹の育成には時間を要するため,コーヒーノキと地下茎で競合しない形で生育の早い日陰樹の選択を行うか,日陰樹の育成中に,バナナなどの草本を用いるなどの工夫が求められる。また,「放棄(ハウス)」については,その骨組みの全てが再利用可能であると仮定すると,寒冷紗や防風ネットといった対策が可能で,(灌木や雑草の処理は大変かもしれないが)比較的低コストで,こうした施設だけで最大3,674本が植栽可能と試算される。
筆調査では,こうした圃場条件とともに,調査員による適地性に対する全体的印象も記録した。参考値として,表3-12にその分布を示した。こうした印象は,客観的根拠はないが,実際に目の当たりにした圃場の様子から得られた評価は,評価項目毎に機械的に分類した適地性よりも妥当なこともある。「適」と評価された圃場は10筆と少ないものの「やや適」まで含むと最大2万本以上が栽培可能と試算される。いずれにせよ,一定の圃場条件の改良は必要であるようだが,大宜味村の耕作放棄地を利用することで,最大2万本以上のコーヒーノキの植栽は可能であると思われる。
以上,大宜味村の約9割の圃場を調査し,放棄されている圃場の状態を評価した上で,植栽可能と思われるコーヒーノキの本数を試算した。あくまで圃場だけから判断したもので,実際に誰がどうやって栽培管理を行うかを全く考慮に入れていない。さらに,これはあくまで調査時点での目視の結果である。実際の栽培を行う場合は,土壌の種類と深さ,礫や心土の確認,水はけや地下水位,水没の可能性の慎重な検討が必要である。そして,そもそもなぜその圃場が放棄されたのかの確認も必要であろう。それが圃場条件によるものであれば,その条件がコーヒー作に致命的な問題を引き起こすのか,なんらかの対策で対応できるものなのか検討すべきであろう。
なお,今回の筆調査は,平成21年作成の沖縄県土地利用状況図で圃場として登録されている圃場を対象とした。筆調査の過程で,圃場以外の山林にコーヒーを植栽する事例もあった。こうした圃場は今回の筆調査結果には含まれていない。もっともこれはある業者が重機を使って造成した園地で特殊事例だったかもしれない。とはいえ,すでに圃場として登録されていないような狭隘な土地でもコーヒー栽培は可能である。件の業者も造成した園地だけでなく,狭隘な沿道にもコーヒーノキを植える試みを行った。今回の試算の範囲以外にこうした取り組みがあることにも注目したい。