角田小の今昔
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現在の2階廊下から見た学校を紹介します。西側階段を上がると教室があります。教室は、複式教室用に天井の照明が後も照らすことができるようになっています。この事から、前後の黒板で、それぞれの学年が勉強をすることができます。また、図工室、音楽室、図書室、理科室、学習室(旧パソコン室)、児童会室等の特別教室もあります。音楽室の有名作家の肖像画や理科室にある模型、トイレなどは昔から学校の7不思議の一つとなっています。
閉校に向けて5・6年生で進めている総合的な学習の時間の取組で、屋上に上がりました。屋上から見る学校の周りは、現在このようになっています。といっても、学校の周りの樹木の背が高くあまり町の様子を見ることはできませんでした。
現在の1階廊下から見た学校を紹介します。玄関は、昔と違い半分くらいが空いています。玄関を入ると、公衆電話があった場所には、モニターがおかれ、子ども達の活動の様子がスライドで見ることができます。また、講堂(体育館)に向かう廊下の途中には、歴代の角田リトルタイガースの戦歴が、校長室前の廊下には、統合した杵臼小学校の歴代校長の写真や泉記念館の模型が飾られています。昔の視聴覚教室は、現在、学童保育施設として活用されています。次は、2階廊下から見た学校を紹介します。
現在、令和9年度の統合に向けて資料の整理をしているところですが、いろいろな歴史的資料が出てきます。左側の資料は、大正時代の角田(村)の様子や学校について書かれています。中の資料は、角田小校歌ですが、現在と歌詞が違い、今「永久にゆるがぬこの学舎に 日毎いそしむわれら幸あり」なのが、昔「天皇の御勅のままに 日々に励まん学舎にして」のように大きく異なります。この内容にも歴史を感じます。また、右側の資料は、卒業生自筆の名簿になり、昭和46年の卒業生迄綴られていました。あらためて、多くの人と時を経て今の角田小がある事を感じます。
昭和2年にアメリカとの交流で贈られたマリーちゃん人形は、令和9年に100年を迎えることになります。今は玄関の前で、子ども達を温かく見守ってくれており、子ども達からも愛されています。昨年は、栗山町開拓記念館に飾られるため、出張していたことがありましたが、子ども達から、「マリーちゃんはいつ帰ってくるの。どこに行っちゃったの。」という声が良く聞かれました。
マリーちゃん人形は、栗山の歴史を知る貴重な資料ともなっており、今後は、栗山町の文化財指定も検討されています。
今回は、今昔物語①で紹介した変わらずに残っているものをお伝えします。左上から順に、百年広場にあるメタセコイアの木と武田校長の胸像、角田児童公園にある黄金樹、そして角田児童公園と築山の写真になっています。ずっと、そこにたたずみ、たくさんの子ども達の学びを見守ってくれています。
左側の角田小の校舎写真は、開校90周年記念誌表紙を使わせていただきました。中の写真はその当時の校地と施設図になります。右側は、開校100年記念誌「黄金樹」で使われている写真であり、現在の校舎となります。温かみのある木造校舎から白くエレガントな校舎に昭和62年の1月に変わりました。校舎位置も、旧校舎グラウンドの場所に移動になりました。他にも、プールの位置等が変わっていますが、角田児童公園やその築山、武田校長像は、そのまま残っています。