日本大学文理学部 情報科学科 北原研究室
北原瑠伊
概要
ヒップホップは, アメリカで1970年代初頭に生まれた, まだ歴史の短い音楽のジャンルの1つである. そのため, 日本国内ではまだメジャーとは言えない音楽ジャンルである.
そこで本稿では, ユーザが自分の好きなポピュラー楽曲を指定すると, それをヒップホップ風に編曲するシステムを実現することで, ヒップホップをより身近な存在にすることを最終目標とする.
編曲方法として, ポピュラー楽曲から歌唱部分を抜き出し, オーディオとして用意された素材を重畳する方法が考えられる. 音源分離, ビート推定, 音源伸縮などの技術が発達したことで, 比較的容易に実現できる. 実際, 異なる既存曲からドラムやピアノなどを抽出し, 組み合わせることで新たな曲を作成するというマッシュアップ音源作成などの自動化の研究も進められている. しかし, ビートやテンポの推定は必ずしも完全ではなく, 誤差が生じる可能性がある.
本稿では, ヒップホップの一種のドリルに着目し, 歌唱音源と重畳したドラム音源に誤差があった場合に, それが知覚できるかを検証する. 2つの音源の発音タイミングが同時のものと, ずれたものを聴き, ずれている方を選ぶ実験を行った研究がある. この研究では, ピアノとストリングスとドリルを用いていた. ドリルは独特のリズム感があるため, 他のジャンルとは異なる傾向を示す可能性がある. そこで, ドリルのスタイルのドラム音源を用いて実験する.
本稿では, ヒップホップ風編曲実現に向けて, ポピュラー楽曲の歌唱部とヒップホップのドラム音源の合成の際に, 歌唱部のテンポを段階的に変えて合成を行った音源を聴取し, ズレを知覚できるかの評価をする実験を行った. 実験に使用する音源は, ポピュラー楽曲のテンポをPythonの音楽解析, 信号処理のライブラリlibrosaを用いて推定し, そのテンポを利用して音源分離ツールSpleeterを用いて抽出したポピュラー楽曲の歌唱部のテンポをヒップホップのドラム音源のテンポにlibrosaを用いて変更し, テンポを変更した歌唱部とドラム音源を重畳し作成した. また音源作成のテンポ変更の際に, librosaを用いて推定したテンポを0.005倍ずつ速くしたり遅くしたりすることで, テンポがずれた音源を作成した. また実際のテンポに近いテンポを知るために, テンポが元から公開されている曲を用いて正確性を確認済みである音楽分析・編集サイト「ボーカルリムーバー」の「bpm計測」を用いた.
実験の結果, 正確なテンポに近いテンポを用いた音源は, ずれていないと言う評価を得た. また歌唱部のテンポが僅かにずれるだけでも, ずれていると言う評価が多くなり, 僅かなテンポのずれでも知覚できることが分かった. またテンポを0.005倍速くなるか, 遅くなるかで評価の結果に差があり, テンポ間に非対称性があることが分かった. 今後は, 正確なテンポの検出方法やシンセサイザーやベースなどの合成方法について研究を進め, 自動編曲システムの実現を目指す.