レーザー誘起グラフェン(Laser-Induced Graphene)について
熱によって高分子材料が改質することは古くから知られており、例えば有機材料を高温環境下で熱分解するとグラフェン等の導電性を有する黒鉛質炭素(Graphitic Carbon)が生成します。
単純化して言えば、この熱源にレーザーを使って、レーザースキャンにより「描くように」黒鉛質炭素の構造を作製するのが、レーザー誘起グラフェン(Laser-induced Graphene, LIG)の技術です。(ただし、生成メカニズムについては単純な熱過程だけではない視点も必要です。)
電気炉を用いた材料全体の熱分解とは異なり、レーザーを集光走査することで任意の形状の構造を直接描画できることを特長とします。そのため、特にフレキシブルエレクトロニクスへの応用において、支持体となる高分子材料の表面にそのまま導電性構造を作製する研究が多く報告されています。
高分子材料のレーザー炭化に関しては、早いものでは1983年にポリイミド表面にアルゴンレーザーの出力光を照射することで導電性材料に改質できることがRaffelらによって報告されています[Appl. Phys. Lett. 42, 705 (1983)]。また、KrFエキシマレーザーを用いたポリイミドの改質も1991年にSchumannらによって報告されました[Appl. Phys. Lett. 58, 428 (1991)]。こうした事例の多くは機能材料の新しい作製手法を開拓することを目的とした実験実証であり、生成材料の詳細な分析や実用化に向けた応用実証はあまり行われていませんでした。
以降、レーザー改質に関係する報告例はいくつかあったものの、報告例が急増したのは2010年代半ばです。2014年、Linらはポリイミド表面にCO2レーザーの出力光(波長10.6 μm)を照射することで導電性を有する炭素構造へと改質可能であること、また、生成される炭素構造は主として多孔質のグラフェンで構成されていることを報告しました[Nat. Commun. 5, 5714 (2014)]。更に、炭素構造の導電性と多孔質性を組み合わせることでリチウムイオン電池等よりも大きい静電容量を有する電気二重層キャパシタを作製できると報告しています。
Linらは、詳細な材料解析から生成物には層状のグラフェン(few-layered grahpene)が含まれていることを示し、生成材料を“レーザー誘起グラフェン”(Laser-induced Graphene, LIG)と呼びました。グラフェンと名付けたことが注目を集めたためか、その後、他のグループも含めてこの呼称を使っている論文が大部分を占めます。ただし、レーザーの集光点を中心として伝搬する熱を利用した生成であるため、当然ながら「一様な改質」は難しく、「層状のグラフェンも含まれる黒鉛質炭素構造」との説明の方がより正確です。
構造の分析については、例えばLiuらのグループが包括的な報告を行っており、レーザー照射部の中心からの距離に応じて炭素構造の組成が変化することをラマン分光測定により明らかにしています[Mater. Des. 160, 1168 (2018)]。
これらの報告以降、レーザー誘起グラフェンを新規フレキシブルデバイスに応用する研究が相次いで報告されました。例えば、フレキシブル電気二重層キャパシタや、炭素構造の圧抵抗特性を活用したモーションセンサー等、様々な事例が報告されています。
それらの論文のほとんどは、ポリイミドを黒鉛質炭素の前駆体として使用しています。ここでは詳細は省きますが、入手が容易であることに加え、生成した構造の導電性が他の材料よりも高いことがその理由です。他の高分子材料については、例えば、ポリアクリロニトリル、ポリエーテルイミド、ポリスルホン等を用いた研究が報告されています。2019年以降はバイオマスを前駆体とした研究の論文も多くみられます。
寺川研では、2018年頃からレーザーを用いた黒鉛質炭素構造の作製を行っています。当時、全く別の研究を進めている中で、フェムト秒レーザーを用いた実験からポリジメチルシロキサン(PDMS)の黒鉛化ならびに導電性構造の生成に至り、以後、基礎研究と応用研究を並行して進めています。
材料面では、PDMSに加えて、竹材、セルロースナノファイバーフィルム、ポリ乳酸、海洋分解性材料、アガロース等のハイドロゲル、テキスタイル、等に黒鉛質炭素構造を作製できることを実証しています。
特に、光学的透明性を示す材料や、炭素含有量が低いもの、熱により分解が生じるため炭化が難しいとされる材料においても、独自技術により導電性の黒鉛質炭素を作製できることを実験実証しています。
応用面では、作製した構造を利用した圧力センサー、電気二重層キャパシタ、摩擦帯電発電、光学回折デバイス、熱電発電デバイス、等を実現しています。また、生成する炭素を微粒子とすることでグラフェン量子ドットの構造を直接描画できることも実験実証しています。これらの研究の多くは低環境負荷の材料を炭素前駆体として使用しており、例えば使用後には自然に分解されるため、回収コストが不要となる環境親和型のデバイスを想定しています。
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