*通訳兼ユースワーカーとして参加していた大学生インターンによるレポートです。
「シティズンシップ教育」が誕生してから約30年後の2020年、日本に居住する海外からの移住者は増加傾向にあります。日本社会の喫緊の課題のひとつとしてある教育現場における多文化共生のあり方が模索される中、私たちカタリバルーツ事業は今回、「シティズンシップ×コロナ禍」をテーマに、9月から10月の6週にわたってプロジェクト型の授業を展開しました。
授業は高校の先生と二人三脚で、そして先生がお声がけいただき集まった様々な背景を持つ大人たちのアドバイス、そして生徒の声を取り入れながら創り上げました。
今日みなさんにお伝えしたいのは、私たちが都立一橋高校定時制で行った授業についてと、この文章を執筆している2020年の2月からルーツ事業にジョインした、私、澁谷の視点から見えた外国にルーツ持つ高校生たちと日本の生徒たちの交流、ならびにこの授業が私たちにもたらしてくれたものについてお話をしていきたいと思います。
外国にルーツを持つ生徒が多く在籍する一橋高校では、教室を覗けば、日本籍の子ども、多文化にルーツを持つ子どもが一緒に学んでいます。今回の連携先である自由選択科目「シチズンシップ」には、2~4年生の生徒約20名が参加し、半数の生徒が外国につながりがあります。ですが一目では誰が外国にルーツを持っているかわからないほど、違いがあることが当たり前なこのクラスは、まさに多文化な一橋高校を象徴していました。
今回の授業では、様々なバックグラウンドを持った生徒一人一人が、コロナ禍で起きている問題、感じていることを切り口として、自分なりにこうなったら社会がより良いものになるのではないか、あるいは自分の感情を素直に発信することを目標に取り組みました。
その過程で、社会と自己との繋がりを再確認する、それぞれができることを見つけてアクションにつなげていき、その経験を通して社会に対して主体的に関わる自信を得ることにもつながればという想いも込めました。
「あなたがコロナ禍の社会で感じた課題はなんですか?」
第1回目の授業の冒頭、スタッフが流暢な英語と日本語をつかい生徒に問いかけます。
生徒の様子を見ると、何か思っていそうな表情を浮かべている生徒もいれば、こちらの問いかけに対して無関心な生徒もいました。
私が主に担当していた中国ルーツの生徒に中国語で同じ質問をしてみると、「ん~ないかな。」と即答され、開始5分で心が折れかけました。生徒のプロジェクトをサポートする立場としては、最終授業での発表に向けて、「ない」から、何かを引き出して形にしないといけないというプレッシャーを感じていました。
しかしその不安は、回を重ねるごとに消えていきます。第1回目で「特にない」と話していた生徒は、徐々に自分のアイディアを口にするようになりました。そしてそれは彼だけではなく、「まじで無理」「この授業きつい」「帰りたい」とこぼしていた生徒たちにも同様に、変化がみられました。
生徒を変えたきっかけは何だったのか。
その大きな理由として、「市民」 として参加してくださった、様々な大人の存在がありました。
この授業には、連携授業に関心を持った多様な背景を持つ大人たちに、生徒の考えを引き出すファシリテーターとして参加してもらいました。弁護士に新聞記者、大学教授にNPO職員、そして昨年この高校を卒業したOBの先輩も、後輩の背中を押すために駆けつけてくれました。一橋高校には、OneWorldという外国にルーツを持つ生徒の居場所づくりやサポートを行う部活動があります。担当教諭である角田先生、昨年度からカタリバパートナーとなった一般社団法人Kuriya代表理事の海老原周子さん、そして筑波大学の徳永智子先生と三者協働で運営してきました。今回シティズンシップの授業にOBとして来てくれた二人もOneWorldの部活動出身で、OneWorldを通して多様な大人たちと接し活動してきた彼らだからこそ、後輩に伝えられるメッセージがありました。
はじめは大人と話すことに消極的で、なかには抵抗をみせていた生徒たちですが、自分の意見やアイディアを述べたときに、「この意見すごくいいね」「こんな視点があったんだね」と認めてくれる存在に、徐々に本音をみせはじめます。
自分を受け入れてくれる存在が時間をつくって自分たちに会いに来てくれる、大人たちが力を合わせて創り上げた安心感と信頼関係が、教室を安心して話せる居場所へと変えていきました。
加えて、自分の意見が受け入れられるという小さな成功体験の積み重ねが、彼らのアイディアやアクションを加速させる意欲へとつながっていきました。
冒頭にもあるように、今回私は中国ルーツの生徒3人を担当していました。なかでも印象的だったのが、中国の小学校を卒業するとともに親の仕事の関係で来日したKくんでした。
彼は、もともと内向的な性格ということもあって、日本の中学校に入学した際に、中国人であることをからかわれたり、悪意のある発言を受けました。また、それを担任の先生に言っても真面目に取り合ってもらえなかったという過去の出来事から、日本語を人前で話すことにも、人付き合いに対してもかなり消極的です。そのせいか、1回目の授業では、私の話を聞いているもののそれに対するリアクションはほとんどありませんでした。
そこで私はまず、Kくん自身についてもっと知ろうと、対話をはじめました。
中国の小学校を卒業して、いきなり日本の公立中学校に入学して大変だったこと。日本語がなかなか覚えられなかったこと。自分の母国語、中国語が分かる人がいてほしかったこと。タトゥーの彫師に憧れているから絵を描くの頑張ってみたいこと。
たくさん話していくと、そこにはKくんの中国から日本への越境体験をとおして感じてきた挫折や葛藤が見えてきました。
学校内外問わず家族以外あまり関わりを持ってこなかったKくんは、「コロナ前と今、生活はあまり変わらない。唯一変わったことがあったとすれば、マスクを着用しないといけないということ。常に消毒するという徹底した対策を取ること。」とコロナ禍を振り返りました。
彼の感染予防に対する徹底さに驚き、「そこまで意識する理由はなに?」と私は尋ねました。すると、「コロナウィルスの感染源は自分の国(中国)であったことから、SNSで中国をはじめとしたアジア諸国がウィルスを持っていると投稿していた欧米の人を見かけた。くやしいなと思った。」ということを話してくれました。
この対話をきっかけにKくんは、コロナ禍の社会において感じた一番の課題は「コロナ禍における差別意識」として、クラスのみんなに自分の伝えたいメッセージをまとめていきました。
コロナ禍で感じた差別意識、それを見て悔しいなと思ったこと。Kくんは次のように自分のこの課題についての意見を話しました。今まで日本での生活で感じてきたであろう、自分とは”ちがう”ひとと付き合うむずかしさを経験してきたKくんだからこそ、伝えられたメッセージだと私は思います。
「世界の人々が戦っているのは、同じ敵です。同じ敵というのは、つまりコロナウィルスです。だからこそ国同士で争うのではなく、みんな誠意をもって力を合わせるべきだと思います。」
「シティズンシップ」というのは「社会に対して問いかけができる市民」として今回の授業では定義しました。6回の授業にわたって、多様な背景を持った高校生たちが、それぞれ社会に対して感じた課題をもとに自分自身で考えを深めて発表をとおしてクラスの同級生や大人たちに問いかけます。
その姿こそがシチズンシップそのものであり、そこにはルーツなど関係なく、皆この社会を構成する一員として、生徒たちは自身の社会に対する考えや自分にできるアクションを考えて発表してくれました。
シチズンシップは、授業としての学びを生徒にもたらしただけでなく、ここだったらどんな意見でも受け入れてもらえる、自信がもらえるといった安心感から、”生徒の居場所”として機能しました。
それだけでなく、参加した大人たちの年齢層や背景が多岐にわたっている”疑似社会”のような環境のなかで、様々な大人と自分の思いついたアイディアについて掘り下げ、自分はこう思う、こうは思わないを知っていくことで、自分を知る、”自己理解”を促すような役割も果たしたのだと思います。
「自分との共生ができて、はじめて他者と共生ができる。他者との共生ができて、はじめて社会と共生ができる」。
これは私が多文化共生教育について勉強しようと手に取った、佐藤郡衛さんの『多文化社会に生きる子どもの教育』という本に書いてあった言葉です。
私自身も、台湾の日本人学校入学当初、なかなか日本語が覚えられず、「日本語が話せないハーフだから」と言ってからかわれたことも、自身のルーツに対して自信がなかなか持てずに、日本の子どもと同じように見られたくて頑張って日本の子どもらしく、日本人らしく振舞おうとしていた時期もありました。
今思えばそれは周りの大人からとにかく承認してもらおうと必死に頑張っていましたのだと思います。このような思いというのは、日本で暮らす言葉や文化の壁が立ちはだかる多文化のルーツを持つ子どもだけでなく、自分自身に自信が持てずにいる子どもが抱える困難と通ずるものがあると思います。
今までの小中高時代を振り返ると、NPO団体の職員や社会人の方が、学校に来て授業をする、いわゆるゲストスピーカーとして来ることはあるものの、生徒と大人が力を合わせてプロジェクトを完成させていくという授業は聞いたことも、見たことありませんでした。
そんな私が今回のシチズンシップの授業を見て思ったことは大きく二つあります。
一つには、大人の授業への参加が生徒たちへの大きな変化をもたらしたことです。たとえば、今回の授業でいえば、生徒が思いついたアイディアや、したいと思ったアクションを提案したときに、背中を押してくれる大人やカタリバのスタッフ、先生がいました。通常の先生一人対生徒大勢だと、限られた時間のなかで、一人一人のアイディアを深堀することは厳しい。しかし、大人が複数いることによって、それぞれの生徒が思いついたことを聞き出して、掘り下げて、生徒の自分にしか持てないアイディアの見える化ができる。そうすることで、「自分って案外こういうこと考えていたんだ」と新たな自分を発見することができます。加えて、生徒たちは自分のアイディアが”承認”されたことによってそれが自信となり、生徒たちなりの”アクション”につながる。その小さな”アクション”の積み重ねが、未来を作っていくのだと思います。
二つ目は、お互いのアイディアを一個のプロジェクトとして完成させて同級生の前で発表することによって、普段同じエスニックグループ同士で固まっている生徒同士の交流を促すことです。発表をお互いに見て、思ったことや考えたことを書いて相手に送ることで、いままで言語の壁があるからという理由で特に接点を持たずに学校生活を送っていた生徒同士が、「こんな風に受け取ってくれたんだ。」「けっこういいこと書いてくれている」などを感じることで、あらたに関わるきっかけ得られる。それが、シチズンシップという授業でしか、成しえなかったことなのだと思います。
この二つをふまえて、シチズンシップのような形態の授業は、今後の学校現場における新たな多文化共生教育の授業のありかたとして、道を切り拓いたように感じました。一橋高校だけでなく、国内の小中高ではそれぞれ多文化にルーツを持つ子どもが言語や文化の壁から途中で退学したり、不登校となったりするような問題が実際に起きています。多文化に生きるということは、それは、その人にしか得られない視点、物事の感じ方があるということです。
それを引き出して、形にすることによって自分のことをより深く知るきっかけとなる。それが、生徒たちが自分らしさという武器を手に入れるために必要なことだと思いますし、私も多文化に生きる子どもたちが社会と自己のつながりをしっかり認識し”自分らしさ”という揺るがない武器を手に入れるために、これからも伴走を続けたいです。