卒業生ファイル

KANAGAWA GAKUEN

 「卒業生ファイル」第9回で紹介するのは2014年3月に本校を卒業した山田夕凪さんです。在校時代に参加した数々の旅やフィールドワークでの「出会い」の魅力に心動かされ、富士国際旅行社に入社して、「平和」「環境」「人権」という3つの柱を大切に旅の企画・実施に携わってきました。国内フィールドワークで訪れる沖縄方面や四万十川方面はまさにこの柱を大切にした旅となっています。旅のプロフェッショナルである山田さんは、「自分の「当たり前」を基準とするのではなく、「違い」にこそ面白さを見出し、多様化を楽しむことが旅のコツであり、これは精神的な豊かさにも通じる」と語ります。このような考えに至るまでには神奈川学園での文化祭での取り組みや海外研修、国内フィールドワークでの学びがありました。直接「社会」や「世界」と出会ってこそ得られる刺激が複眼的な視点の獲得に繋がり、現在の山田さんを支えていることがファイルの言葉から伝わってきます。旅行者と現地を「持続可能な旅」で繋ぐ山田さんの生き方に大きな刺激をもらえるファイルです。どうぞじっくりとお読みください。

第9回 山田 夕凪さん (2014年卒業)

〈旅を通して社会をつくるということ〉


 2014年に神奈川学園を卒業し、現在はスタディツアーを専門とする旅行会社で、旅の企画・手配・実施に携わっています。富士国際旅行社は1964年に、日本放送協会(現NHK)の報道部副部長だった柳澤恭雄が、戦時中に大本営発表を流し続けた反省から、市民が直接外の世界を観ることが大切、との想いで立ち上げた会社です。以来一貫して「平和」「環境」「人権」の3本柱をもとに「テーマのある旅」を続けてきました。


 経営理念では「旅行業務をつうじ、平和な世界、民主的な社会の実現に貢献し健康で文化的な旅行・レジャーの発展をめざします」「戦争のない、地球環境や弱者の生命や権利が守られる世界をめざします」と謳います。旅を通じて社会をつくるだなんて大げさな、と思われるかもしれません。特にこのコロナ禍で旅は「不要不急」と位置付けられ、円安も相まって、外に出ていくハードルがますます高くなりつつあるのも事実です。


 そもそも、旅って何でしょうか。旅と一口に言っても旅行・観光などと場面によって使い分けられていますが、スタディツアーといったとき、ツアー(tour)の特徴は、その語源とされるラテン語のトルナス(tornus)「円」や「円を描く道具」の原義に由来する、「一周する」という移動の原理にあると言われています。非日常(アウェイ)があるのは日常(ホーム)が意識されているからこそ。「行き」があれば「帰り」があり、ひとたび旅に出ると、旅先での経験がホームでの生活にも少なからず影響してくるはずです。旅が人をつくるとはよく言われますが、帰ってきたあと、それぞれが自らの暮らしや生き方そのものを見つめ直すきっかけになるのだとすれば、そうした一人ひとりの意識の変化がいつしか大きなうねりとなって、社会を変えていくと言えるかもしれません。


 旅は、時間や空間の制約から解放される物理的な自由はもちろんのこと、決まった生活習慣や利害関係から解放され、新たな視点を手に入れる、精神的な自由への手段でもあります。自分の「当たり前」を基準とするのではなく、「違い」にこそ面白さを見出し、多様化を楽しむことが旅のコツであり、これは精神的な豊かさにも通ずるのではないでしょうか。


 観光業は戦争やパンデミックなどとは相容れない平和産業です。しかし、時には現地の暮らしを無視して旅行者の都合に合わせた「セット」を作るようなことも行われてきました。旅する主体にとっての非日常は誰かの日常であり、自分の日常も誰かにとっては非日常になるのであって、その往来がもたらす価値観のアップデートはどちらか一方のみに作用すればよい、というものではありません。見たいものだけを見て帰って終わりではなく、そこに本来あるものを大切にしながら、旅行者である消費者と、旅行先となる現地、双方にとってよい刺激となるような、持続可能な旅づくりをしたいと常々考えています。 

旅づくりの基本姿勢は変わらない

〈社会に対するまなざしを育てた6年間〉


 いま私がこの仕事をしているのは、神奈川学園時代のフィールドワークがきっかけです。高1の海外研修では韓国、高2の国内フィールドワークでは沖縄を訪れました。韓国研修の参加者はわずか8人でしたが、日韓の近代史やハングルの勉強などかなり手厚い事前学習があって、当時K-POPでしか馴染みを持っていなかった私には何もかもが新鮮でした。現地では、ナヌムの家(日本軍“慰安婦”だったハルモニ(おばあさん)たちが集まって暮らしている施設)の訪問や、日本で原爆の被害を受けた方々との交流などを通じて、日本の植民地支配のもとで何重もの被害が生み出されていたことに衝撃を受けるとともに、こんなにも関係の深い国のことをなぜもっと知ろうとしてこなかったのだろう、知らされてこなかったのだろうと、日本国内で形成されてきた歴史意識について考えるきっかけになりました。実際の歴史を生きてきた人々との直接の関わりあいによって、机上の学びが一気に「じぶんごと」になった原体験はここにあると思います。その後訪れた沖縄でも、真っ暗なガマやどこまでもフェンスが続く街並み、何度も話を遮るヘリの爆音といった、身体で感じる情報によって、頭で分かったつもりになっていたことが揺さぶられる感覚を覚えました。前年に訪れた韓国での経験も相まって、弱いところに犠牲が集中する不均衡な社会構造に対する疑問と、植民地主義や差別の問題をもっと自分の中で掘り下げたいという想いが強まっていきました。

沖縄フィールドワークで、

平和ガイドの川満彰さんと 

 フィールドワークとあわせて、触れておきたいのが講演会です。色々なテーマで、様々な方からお話を伺う機会がありました。特に、6年間続けていた図書委員会では年に1度、委員が決めた講演者にお話を頂ける機会があって、どんな話を聞きたいかというところから始まり、随分と自由にやらせてもらっていた記憶があります。鎌田實さん、あさのあつこさん、落合恵子さん、姜尚中さんなどなど…。委員長として迎えた高2の講演会でお呼びしたのはジャーナリストの堤未果さんでした。9.11後のアメリカを追った『社会の真実の見つけかた』は、加速する情報化社会の中で思考停止することへの危機感を持つきっかけになりましたし、メディアの社会的責任を考えることはその後の進路選択にも大きく影響しました。 

図書委員会で姜尚中さんを囲んで 

 日常のどのシーンを切り取っても学びの多い学園生活でしたが、実際に現地に足を運ぶことの魅力を知ったフィールドワークと、様々な生き方を知った講演会は自分の関心がどこに向いているかを確かめるにあたって、なくてはならない貴重な機会でした。 

憲法9条をテーマに取り組んだ高2の文化祭 

〈韓国への留学/今につながる経験〉


 フィールドワークで芽生えた関心に火が付き、大学1年次に1ヶ月、3年次には1年間、韓国へ交換留学をしました。留学中の2016年はちょうど朴槿恵政権の退陣を求める「ろうそくデモ」が最高潮に達した年。周りは2014年のセウォル号事件当時高校生だった世代でもあり、学生たちをはじめ、一人ひとりの市民が自分たちの要求を声にする姿を目の当たりにしました。

「ろうそくデモ」の現場。大学の同級生たちも学校終わりに参加していた。 

 授業はほとんどがグループワーク形式で行われ、新聞社や放送局、NGOなどへ直接出向きインタビューをするなど実践的なものも多く、講義型の授業に慣れ親しんでいた身としては毎日が刺激的でした。何より第2外国語となる韓国語で現地の学生と共に授業を受けるということ自体、当時の語学力からするとかなりの挑戦でしたが、怖いもの知らずで飛び込んでみてよかったなと思います(笑)。写真サークルで日々色々な場所に出かけ、真夏の暗室で汗を流しながら展示会の準備に励んだのも良い思い出です。 

写真サークルの仲間と、展示会の後で 

 日韓の歴史や、現在に続く差別の問題を考えていったときに、一人ひとりの人間が大きな主語に回収されて語られる場面に直面することが多く、ますます現地に行くことや、その場で人と直接の関わりを持つことの意義を感じるようになりました。素早さと手軽さ、センセーショナルな情報伝達からこぼれ落ちていく雑多な情報(音や匂い、その場の空気感など)にあえて触れる機会や、ぼんやりとした遠くの誰かが自分の目の前の存在になる、そんな体験が、現代の社会にはもっと必要なのではないかと考えたことが今に繋がっています。 

スイスにて 

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所 

 仕事内容についてもう少し具体的にお話させて頂くと、旅行には大きく分けて募集型(一から企画を考えて参加者を募る旅行)、受注型(修学旅行や大学のゼミ旅行など、特定のグループの要望を受け組み立てる旅行)、手配型(単純な宿泊施設・航空便手配など)の3つがあります。企画開発のためには、色々なテーマにアンテナを張っておくことが必要になります。本や新聞を読むことはもちろん、関連する学習会や映画の上映会に足を運んだり、関係者に話を聞いたりするところから生まれる企画もあります。分業制が多い旅行業のなかで、1人の担当者が企画から手配、添乗まで携わるというのが弊社の特徴で、担当地域にも制限がないため、国内は北海道から沖縄まで、海外はアジアをはじめ、ヨーロッパ、東欧北欧、中南米と多岐に渡ります。 

ウクライナからポーランドに避難してきた子どもたちを支援する団体を見学 

 特に韓国は留学時代の繋がりを活かし、色々なテーマでツアーを組んできました。今年18回目を無事に終えた「東学ツアー」は、東学農民革命(日本では甲午農民戦争・東学の乱などと言われる)の歴史をテーマに、日韓市民が一緒にフィールドワークを行い、感想交流をするものです。2006年に歴史学者の中塚明教授の発案で始まって以来、毎年沢山の方にご参加頂きながら現在まで続いています。日本の歴史意識を再考するきっかけとして、今後も引き継いでいきたいツアーの一つです。


 高校時代に韓国で出会った現地の方や、沖縄の平和ガイドさんと仕事でご一緒させて頂く機会も多く、こんな風にご縁が繋がっていくのだなと感慨深い気持ちになります。日頃自分が学んでいることや興味のあることが仕事に直結するため、企画提案の幅を広げられるよう邁進する日々です。

東学ツアーにて、日韓市民が共に学ぶ

2022年、韓国・羅州で中塚明先生と

年に2〜3回発行している旅雑誌。

編集も手がける。

〈終わりに〉


 色々な場に出向いて、直接人と対話してみる、そこで新たな視点に触れ、なぜ?という問いを持ち帰る、この過程が「学び」の本質的な部分であり、神奈川学園はまさにその「学び」が自然に実践できる場だったのだなと、改めて感じます。


 同じ体験をしても、人の数だけ異なる視点がある面白さは、答えの出ない問いに対して互いの意見を持ち寄り、共有する時間の中で気づけたことです。そして相互に学び合うこうした学習は、決められたゴールにいかに早くたどり着けるか、という思考とは真逆で、時間のかかるものです。6年という時間をかけ、他者との関係性の中で自分の輪郭を少しずつ確認していくこと、その都度何を考え、感じたのか、そしてそれは何故なのか、「わたし」を主語にして言葉にする作業に向き合ったことは、主体性の確立に大いに役立ちました。

 将来の夢や人生の目標、などと言われると、分かりやすい職業や具体的な将来設計を求められているような気がして身構えてしまいますが、まずは自分が何をしている時に心地よいと感じるか、また、これからどんな社会の中で生きていたいかというところから、そのためにはどんな関わり方、働きかけができるのかをイメージをしていくのも一つの方法かもしれません。社会との関わりから自分を捉え直してみることで、自分なりの問題意識が見つかり、それはどんな表現方法の中でも揺らぐことのない自分の生き方に繋がると思います。


 ぜひ神奈川学園での、本質的な「学び」を通じて、自分自身とじっくり向き合ってみてください。ふと道に迷ったとき、どう生きていきたいかを考えた時間がしっかり根を張っていることはかけがえのない財産になります。神奈川学園での6年間が、揺るぎない心の拠り所、ホームになることを願っています。

< 年表プロフィール  >

 山田 夕凪

2014年3月 神奈川学園高等学校 卒業

2014年4月 上智大学文学部新聞学科 入学

2014年8月 韓国外国語大学校 短期語学留学

2016年2月 西江大学校新聞放送学科 交換留学

2018年3月 上智大学文学部新聞学科 卒業

2018年4月 株式会社富士国際旅行社 入社



2024年1月