卒業生ファイル
KANAGAWA GAKUEN
第6回「卒業生ファイル」では、2009年3月卒業の田中友里さんを紹介します。現在スターバックスコーヒージャパンで、サービス全体の向上を目指しながら、「よりよい社会を創り上げる」ためにベストを尽くす毎日を送っています。そんな田中さんが「社会との繋がり」を意識し、「自然との共生、地域社会への貢献、地球規模で考える」意味に気づいたのが、神奈川学園在学中の取り組みでした。音楽会で仲間と奏でたハーモニー、文化祭で広がった視野、国内フィールドワークから拓いた進路など、振り返った時に、自分の礎がこの学校にあると再確認できたと田中さんは語ります。様々に迷い、悩む時期にいる在校生のみなさんへのあたたかなメッセージもあわせて、是非お読みください。
第6回 田中(速見) 友里さん (2009年卒業)
<職業紹介>
私は現在、スターバックスコーヒージャパン株式会社でお仕事をしています。恐らく多くの方が一度は聞いたことがある企業だと思いますが、まずスターバックスという企業について少しお話をさせてください。
スターバックスは、「人々の心を豊かで活力あるものにするために〜一人のお客様、一杯のコーヒー、そして一つのコミュニティから〜」というミッションを大切に、一杯のコーヒーを通じて、お客様はもちろん、スターバックスに関わる全ての人が豊かになり、人々、そして地域や社会に良い影響を与えようと努力を重ねています。
例えばコーヒーの生産地や生産者への支援などを行い、持続可能なコーヒーの調達を可能にし、自社だけではなくコーヒー産業の発展にも貢献しているというのは、スターバックスならではの取り組みだと思います。
また、日本だけでも約1800店舗、お店を構える企業ですから、社会に与える影響力が大きくなっています。昨今、プラスチックによる海洋汚染が大きな問題になっていますが、スターバックスがプラスチックカップを使い続ければ、それが与える環境影響というのはすごく大きなものになるわけです。そうした意味でも、環境にとっても人にとっても良い選択をし、ビジネスを育みながら、サステナブルな未来を創造する。それが、スターバックスが大切にしていることであり、そうして社会をリードする役割があると感じています。みなさんもスターバックスをご利用いただくとき、「スターバックスに行くと元気がもらえるな」とか「スターバックスって環境への影響を考えているのだな」というのが断片的にでも感じてもらえていたら、嬉しいです。
そんなスターバックスで、私が今やっているお仕事は、営業企画本部という部署で、本社と店舗をつなぐ役割を担っている部署です。
その中でも、先ほどお話ししたミッションを店舗で実現していくために、時代に合わせて様々なサービスやそのサービスを表現するための業務改善が日々行われているのですが、どんなに提供するサービスに幅が増えても、やり方が変わっても、店舗の従業員(パートナーと呼んでいます。)の業務負荷を減らし、お客様と接する時間や店舗をより良くするための活動に専念してもらえるようにすることが大切で、私はその一部のサポートを行っています。もう少し具体的なお話をすると、例えば何か一つの器具を入れるときにお客様とパートナーにどんな影響があるのか(お客様はどんなリアクションでパートナーにとってやりづらいことはないか、難しいことはないかなど)などのヒアリングや分析、説得力のあるデータの提示、より良い改善プランの提案などを行っています。
たくさんの人の意見を見聞きしたり、その中で本質的な問題点を抽出したり、客観性や説得力のあるデータにする力が求められますが、そういった形で、お店のサービスを支えていることにやりがいや意義を感じながら仕事に取り組んでいます。
<神奈川学園で培われたこと>
神奈川学園での日々で、自分にとって、これまでの進路、キャリア選択に影響を与えてくれた経験は本当に様々ですが、その中でも音楽会と文化祭についてお話ししたいと思います。
中学三年生の時の音楽会ではソプラノパートリーダーを務め、クラスでは「センスオブワンダー」という楽曲をクラスで選択し、みんなで創り上げました。一つの曲を歌う、歌を届けるだけではなく、その曲の持つメッセージを伝えるということに、とことんこだわった思い出が今でも鮮明に残っています。
「センスオブワンダー」という楽曲は、自然の持つ美しさ、力、時には神秘さや不思議さ、そして何よりその自然のかけがえのなさを伝える強いメッセージを持った曲でした。環境問題が大きくなってきていた当時、歌を通じて、そのメッセージを観客に伝えたいという思いがあったので、曲の理解はもちろんのこと、その背景にあるものへの理解を仲間と一緒に取り組みました。「センスオブワンダー」は有名な著(「沈黙の春」を書いたレイチェルカーソンの遺作)もあるのですが、その日本語訳をされた上遠恵子さんに直接お話を伺いに行って、レイチェルカーソンのメッセージを深く理解し、それをクラスメイトに共有し、みんなが深い理解と共感で歌えるように活動しました。レイチェルカーソンの言葉に「知ることは感じることの半分も重要ではない」という言葉がありますが、まさに、「センスオブワンダー」という曲を通じてメッセージを感じてもらい、環境問題への意識のきっかけを与えることができるように、クラスのみんなでメッセージ力を持った合唱にできたことが深く記憶に残っています。
この経験から、何事も、表現するのが歌でも文章でも、自分の言葉で伝える、語れるところまで理解を深めることの大切さを学びました。自分が理解する、納得のいくところまで到達させるには、なかなか時間がかかることも多いのですが、自分なりの答え(メッセージや言葉)を見つけるまでに時間や労力を惜しまずに取り組むことで、大きなパワーになることを学びましたし、更に一人ではなく、チーム全員で一丸となり表現できたときに、より一層大きなものになることを体験しました。それは今、仕事をしている中でも重要性を感じることが多々あります。この時に得られたかけがえのない学びは、社会人になった今でも自分自身が大切にしている価値観の一つとなっています。
もう一つ、自分にとって大きな糧となっているのが、文化祭、そして高校二年生のときに務めた文化祭実行委員長の経験です。
自分にとって文化祭は、普段の教科の勉強の枠を超えて、自由に社会を学べる、リアルな社会と触れることのできるとても有意義なものでした。例えば中学三年生の時には「水」をテーマに取り組み、河川の水質検査に友人と出向いたり、ダム見学に行ったり、小網代に行ったりと様々なフィールドワークを行い、ただ本やインターネットで調べて発信するだけではなく、体験的な学びで学習を深めたことが、文化祭での発信力を高めることに繋がったと思います。
そうした経験もあり、学生生活の集大成ともいえる高校2年生の文化祭では、文化祭実行委員長を務め、「知りたい気持ち、伝えたい」という大目標を掲げて、神奈川学園の文化祭の最大の特徴でもある「学びを発信する」「社会と接し、意見交換する」というところにフォーカスして文化祭を創りあげた記憶が残っています。
文化祭実行委員では、毎年校内の装飾もメッセージ性のあるものにしようと取り組んでいましたが、その年は環境問題をテーマにして、一人でもたくさんの人に身近なところから興味への意識を持ってもらえるように、私たちが何気なくゴミに出してしまっているペットボトルの蓋を使って壁画を創り、その蓋を回収しリサイクル、ワクチン支援につなげるということも行いました。
また、こうした大目標の決定や、取り組みの一つひとつは、一人で成し遂げられたものではなく、文化祭実行委員のメンバーとたくさん話し合い、アイデアを出し合い、一人ひとりの意見を尊重していく中で生まれたものでした。一つのゴールに向かってたくさんの時間をかけて形にしていくこと、仲間と一つのことを成し遂げる時間やそのプロセスは充実していましたし、やりがいを感じていました。そうしたチームで一つのことを成し遂げていく力というのは、仕事でも活かされていると感じることがあります。現在の仕事に着く前は、店舗でストアマネージャー(店長)を務めていましたが、様々な年齢、価値観、強みを持つ仲間と、お店を良くしていくプロセスというのは、文化祭での経験に通じるものがあります。なかなか一人で成し遂げられることは小さなもので、仲間と協働した時により大きく価値のあるものが生み出されると感じています。そういう意味でも、神奈川学園での文化祭は、仲間と話し合い、意見を尊重し、自分だけではできなかったことを成し遂げる経験をさせてもらえた、貴重な体験だったと思います。
<大学での学び>
これまで神奈川学園での豊かな経験をお伝えしてきましたが、このような学生生活を過ごす中で、環境や自然に対しての興味が高まり、将来は、自分が受けてきたような環境教育というものをより学びたい、関わりたいと思い、大学への進学を決めました。
私が入学した学部は、文理融合で、テクノロジー、サイエンス、デザインなど様々分野を学べるところだったのですが、一つの分野に限られず、多面的にそれぞれを連関させながら問題解決をはかり、実践を通じて実学を作り上げていくことを大切にするキャンパスでした。
その中で、私自身も「環境教育」という分野を深めるために、自然環境に関しては、都市環境、地球環境デザイン、教育的な部分では認知科学、学習環境デザインといった多分野の学習を行い、実際に環境教育の実践、提供などを行っていました。そうした中で、「何を教えるか」というテーマ的なところよりも、「どのように人は学びを深めるのか」という教育や学習により興味を持つようになりました。そうして、最終的には「認知科学」を専攻し、学習環境や学びのデザイン、メタ認知を通じた人の学習促進を研究する形となりました。
メタ認知という言葉を聞いたことがない方もいらっしゃるかもしれませんが、メタ認知とは、自分の認知活動を客観的に捉えることです。人が自分で認識できていることは意外と感覚的で、例えば映画を見て「感動した」と感じても、何がどう、なぜ、感動したかを言語化してみようとしても、うまく説明できないという経験をしたことがみなさんもあるのではないかと思いますが、そうしたことを言語化してみること、そして人と対話してみることで、新しい気づきが生まれたり、自分の理解がより深まるということがあると思います。それがメタ認知の意味であり、メタ認知を通じたあらゆる学びの深化を研究していました。
最初に関心のあった「自然環境」からは少し離れてしまいましたが、今思い返すと、神奈川学園での日々…文化祭などで体験的な学びを重ね、その度に自分の考えを言葉にし、仲間と共有し、学びが深まって行く、という学びのプロセスが私の中で根幹にあり、体験的かつインタラクションな学びの価値を大きく感じていたからこそ、最終的にはそういった分野に興味や価値を見出したのだと思います。今思い返してみると神奈川学園での日々は、メタ認知をたくさんしていたなと思います。講演会やフィールドワークなどで感想を書く機会がたくさんありましたが、それは自分の思考をメタ認知する上でとても大切な時間で、それは間違いなく自分の学びを深め、成長させてくれていたと思います。
<在校生に伝えたいこと>
今、みなさんは勉強を楽しく感じられていますか?
大人になって社会に出てみると、こうしてみたい、こういうことをやってみたいということはたくさん浮かぶのですが、それを形にするためのスキルや知識が足りなくて歯がゆい思いをすることがあります。(そういう動機が、今でも学ぶ意欲をかきたててくれるのですが。)そういう思いをするたびに、「あのときもっと勉強しておけばよかったな…」という後悔が、生まれることもあります。本来、勉強とは何のためにするのか?というのは、社会の役に立ち、新しい未来を創り出すためだと思いますし、社会に出てみると自分の知識やスキルが誰か、または何かのためになっているなと感じることが幸せを感じることの一つです。だからこそ、学生のうちから、社会の色々な問題に目を向けて、「何のために?」という目的を探しながら過ごして、目的起点で目の前の勉強と向き合うと、その必要性を感じ、勉強を楽しく感じられるようになるのではないかなと思います。
神奈川学園は気づきを得られる機会に恵まれている環境だと思います。私自身も在学中は、自分自身ができるだけの勉強をしていたなと思うのですが、その原動力となっていたのは、社会との出会いやつながりだったなと思います。文化祭やフィールドワーク、それ以外にも様々な行事で社会とそしてたくさんの人と出会う機会があり、その都度、自分はどんなことに興味があって、どんな風に将来社会に貢献していきたいかを考えていたからこそ、その目的を育むことができましたし、将来その目的を果たすためにも、勉強にやりがいや意味を感じながら向き合うことができていたのだと思います。
また、将来の選択肢を広げるためにもどの教科もまんべんなく学習し、その中で、自分の得意不得意、自分の適性を感じていましたが、そうやって、真剣に向き合った経験は、そのあとの大学進学、就活やキャリア選択をする上での自己分析にも役に立ちました。そういう意味で、最初から好き嫌いをするのではなく、あるところまで、同じくらい頑張ってみることも大切かもしれません。
あのとき頑張ったこと、勉強したことが今の自分の糧であり、自信に繋がっています。そしてそれは、今の自分を支えてくれています。神奈川学園では、生きる目的を養う、社会との出会いの機会もたくさんあると思うので、ぜひその中でいろいろな社会と社会の問題に触れながら、「自分はどんなことに興味があって、どんな形で社会の役に立ちたいのか?」を考えてみてほしいなと思います。
<年表>
田中(速見) 友里
2009年3月 神奈川学園高等学校 卒業
2009年4月 慶應義塾大学環境情報学部 入学
2013年3月 慶應義塾大学環境情報学部 卒業
2013年4月 スターバックスコーヒージャパン入社
2022年12月