コウ ジュリアンR (化学教授 )
執筆年:2017年
以下の文書は、2016年2月25日に行われたICUと国立天文台とのミーティングでのプレゼンテーションをもとにしている。このプレゼンテーションでは、語学力に差がある学生を英語で指導する難しさを述べた。これは私のICUでの16年間の教員生活に加え、その他様々な大学での経験をもとにしたものである。
なぜ、英語が第一言語でない日本で、英語を指導言語とするのだろうか。この疑問に対しての単純な答えは、「日本の文部科学省がそう提言しているから」であろう。この背景には、国際的な人材の育成と、金銭的な利益という二つがある。まず後者だが、これは英語開講の授業を増やすことで海外から学生を受け入れ、少子化による学生数の減少に対応することを指している。前者に関しては、今日では英語が事実上の世界の共通語となっているため、英語話者として世界に通用する人材を育成することを指している。
次に、授業を英語で開講する理由や、実施のための様々な問いに答えたいと思う。
・Why? 授業を英語で指導する理由として、英語が普及した世の中において自分のアイデンティティーを築くため。また、自然科学系の学生は特に、論文を英語で執筆することによって国際的な学術雑誌に掲載されるなど、自身の研究の普及にもつながるため。
・What? 英語を言語として学ぶのではなく、英語を学びや理解、コミュニケーションのツールとして使えるようにするため。
・When? 言語習得に関しては様々な意見があるものの、早い方が良い、といった通説がある。理想的な習得開始時期は、就学前と言われている。
・Who? 親や教師、運転者、店員、秘書など、いかなる立場の人も英語を使えた場合、子どもは英語を喋ることが自然と感じ、英語習得が促進されるだろう。
・How? 家庭や学校、教室、ビデオや音声の使用、ロールプレイ、リーディング、ライティング、ゲーム、演劇など様々な場面で英語を使用できる。
英語で授業を開講する際、日本の大学のほとんどが学生の言語能力の差に対応しなければならない。これは、英語のネイティブでない教員には特に難しい課題である。ここでは授業の計画や実践に関するアドバイスを記す。
・英語で書かれた教材の理解
・学生の学習意欲やモチベーションの維持
・ツールとしての英語利用
理想的には、学生が容易に理解可能な授業を目指すべきである。しかし現実には、英語で指導する際、学生は言語面での処理を行うので精一杯で、内容の処理まで手が回らないことが多い。こういった場合学生は焦りに陥り、”what is your name?” などの単純な質問にも戸惑いを見せることもある。そこで私は授業が単調にならないよう、学生のモチベーションを保つよう工夫している。私は英国のエクセター大学で化学と法学を学んだが、法学にはあまり興味が湧かなかった。しかし、講師であったボブ・ドゥルーリー先生は、神を「she」と呼んだり、モンティーパイソンの言葉を引用したり、アクセントをつけて喋ったりなど、様々な方法で学生を引きつけていた。
授業の目的は様々である。専門知識を身につけさせるための授業は、既存の知識の応用を学ばせる授業とは異なる。ゲストスピーカーなどによる授業は、学生の好奇心の向上を第一の目的とするかもしれない。私はこれまでに、小学生、中学生、高校生、進学説明会、学部生、大学院生、研究者、そして、一般の方など、様々な人を対象として授業を行ってきた。また、様々な国で、そして、様々な言語を使い授業を行ってきた。こうした経験から、私は聴衆についてあらかじめ知っておくことの重要性を実感している。その上で、ペース配分や内容、講義の長さを調整することが必要である。例えば、英語の母語話者でない者に対して講義を行う際、進行を遅くすることを意識することが必要になってくることはいうまでもない。
教材の言語は、どう設定すべきだろうか。英語で書かれた教材を使用した場合、同様の内容の日本語教材を図書館で参照できる。また、翻訳された書物である場合、学生自身が日本語版を購入することもできる。しかし、こうすることで、学生の英語力の向上が妨げられることも否めない。私の先輩は、初級の講義には日英両語で出版されている教材を使用し、上級の講義には英語で書かれた教材を使用することを勧めている。無論、初級から英語教材を使用する教員もいるため、学生の習熟度や内容に応じて各々調整すると良いだろう。
ICUでは、全ての講義において日英両語で書かれたシラバスを用意すべきである。
私は現在、大阪府立大学にて大学院レベルの集中講義を行なっている。これは、約3日間で1学期分の内容を網羅するものであり、学生にとっても講師にとっても非常に過酷である。この講義の最後の授業のトピックは私の研究分野のため、学会で使用したPowerPointでプレゼンテーションを行ったことがある。すると、今まで授業を聞いていた学生を含め、教室にいたほとんどの学生が寝てしまった。しかし、黒板へ積極的に板書し始めると、学生も授業を聞くようになった。無論、板書をすることにより講義の進行は遅くなるが、学生が寝てしまうよりも良いだろう。
私の講義では、授業前に全ての課題やリーディングを終わらせ、Moodleでその日の教材を確認することが求められている。
私の授業では、学生は教室への入室と同時に課題を提出し、コメントシートと採点済みの課題を受け取る。また、Moodleを使用しない講義の場合は、教室の前にある机にプリントを置いておくこともある。
私の教室では、学生と講師とのコミュニケーション促進のために、授業の開始時に挨拶を行なっている。また、なるべく笑顔で話すよう意識している。
コメントシートと課題
コメントシートや課題を通して、補足すべきことをシンプルな英語を用いて説明する。また、特に重要なことは日本語に訳して説明することもある。
講義
私は、授業の要点を板書し、口頭で説明する、といったスタイルをとっている。また、学生には板書された全てのことをメモすることを求めている。説明のあとは発問を通し理解度をはかる。日本では学生の発言が少ないということもあり、服装や出席簿をもとに様々な方法で学生を指名するようにしている。これは私が最大の課題とする、「日本人学生に英語で教える際のモチベーションの維持」への有効な方法の一つと考えている。また、実演やユーモア、ジョーク、小話、動的なアクティビティーや、抑揚をつけた話し方なども有効である。時に机間指導を行い、また、学生に板書を求めることもある。しかし、これらの実施にはいずれも時間がかかり、タイムマネジメントが課題となる。
キーワード
私は、「完璧な英語能力は求めない」、ということを常に学生に伝えている。そもそも人間は、情報の一割ほどしか完璧に理解することはできない。よって私は、学生には特定のキーワードの理解のみを促している。その他の説明や質問に対する応答などに関しては、記録を推奨するものの、全面理解は求めていない。
出席確認やコミュニケーションのために、コメントシートの提出を求めている。また、授業後には、次回のための教材の紹介なども行っている。
TAには講義に出席してもらい、チュートリアルを担当してもらうと良いだろう。私は、学生と日本語で会話できるTAがいるとありがたい、と感じている。TAが採点を担当する場合、公平さや採点の質を教員がチェックすると同時に、学生の進行状況をはかることも大切だろう。
残念ながら授業関連の質問をするために学生が私のオフィスアワーを利用したことは、ICUでの16年間の教員生活の中でほぼ一度もない。
評価を行う際、私は学生の英語力ではなく、内容を重点的に評価するようにしている。無論、時には専門用語の意味を問う問題を作成する場合もあるが、そうした質問はごく数問に限られている。
中間試験などでは英語力の高くない学生が問題の意味を理解し、答えを準備する時間を確保するため、事前に試験問題を配るなど工夫するのも良いだろう。
実験を行う授業では、実験レポートが重要になってくる。実験レポートは明確であるべきなのはもちろん、受動態の使用など、書式のルールに基づき書かれていなければならない。多くの場合、こうしたレポートの質は学期が進むにつれ向上していく。ライティングサポートデスクの活用も視野に入れると良いだろう。
大学教員は訓練もないまま、母語以外の言語により授業を指導することを求められる。しかし、正しい指導方法や技術を活用することで、学習の効率を向上させることができる。また、様々な教員との情報交換をすることで、授業の質の向上が期待できるだろう。
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