渡辺 暁里(大学カウンセラー、ICUカウンセリングセンター)
執筆年:2017年 英語による元原稿の邦訳版
ICU創立以来、学生相談は本学における学生支援の中核を占めてきた。大学創立時は、メンタルヘルスの専門家は一人もいなかったが、全ての教職員が協力して学生支援にあたるという共通理解があった(都留, 1980)。経済的困難を抱えている学生には、清掃作業、学内教員邸宅における手伝い、食堂での皿洗い、大学の電話交換手など、キャンパス内の仕事を斡旋し支援した。当時は、教職員それぞれの専門分野での関わりだけでなく、個人的な生活面でも学生と交流することが日常的だった。すべての学生が学業面のみならず、身体面、精神面、経済面など個人の状況に見合った支援を得られていたため、当時はカウンセリングや心理療法など専門家による援助は必要なかったという(都留, 1980)。
学生数の増加や大学組織の複雑化に伴い、このような創立当初の学生支援体制の維持は難しくなったものの、学生の健康を目的とした学内連携ネットワークはさらに発展し、細やかで適切な支援が提供されている。
今日、カウンセリングセンターと教職員の間では、学生支援のための活発な連携と協力がなされている。例えば、毎月一回カウンセリングセンター主催で開催される「学生の健康を考える会」には、学生と日常的に接する機会の多い教職員が出席し、ICU生が直面している心身の問題や気になる学内の状況などを共有している。このネットワークにより、学生が体験している事象を複数の視点から考察したり、教職員間の連携を促進したり、問題の早期介入や防止をすることが可能になっている。また、カウンセリングセンターは学生寮とも連携し、寮の管理人やフロア長などの学生に対するミニ講義をしたり、彼らの相談に乗ることもしている。学生の大学生活全体を理解し支援しようとする試みは、今日まで続くICUの伝統であり、本学の教職員が日々大切に取り組んでいる活動である。
ダイアログハウスの二階に位置するICUカウンセリングセンターでは、個人対面カウンセリングを始め、リファーラル、コンサルテーション、講義、ワークショップなどを提供している。保護者や教職員から寄せられる学生に関する相談には、コンサルテーションで対応する。また、大学顧問精神科医が週一回来学し、精神医学的相談や投薬治療を行なっている。
カウンセリングセンターが提供する支援の大部分は、個人カウンセリングである。カウンセリングは週一回のペースで行われている。その期間は長期に及ぶものもあれば、数回の面接で終了することもある。2014年度のカウンセリングの平均面接回数は9.7回であった (ICUカウンセリングセンター、2016)。カウンセリング面接回数は、年々増加しており、2014年度の面接回数は2,871回で、本センターが設立された1963年以来最多であった。毎年、全学生数の約10%がカウンセリングセンターを利用している。これは、全国大学の学生相談室の平均利用者率の4.9%と比較すると2倍以上であり、ICUカウンセリングセンターのサービス需要とその利用率の高さが際立っている(岩田他、2016)。
利用学生の大部分は自主的な来談であるが、1割以上は教職員による紹介により来室する。例えば、アカデミックアドバイザーが心配な学生をカウンセリングセンターに紹介したり、成績不良が継続している場合には、学部長が書面によって学生本人や保護者に対しカウンセリングセンターへの相談を勧めることもある。
ICUでは近年、広く多様な学生集団の入学を期待し、入試方法や奨学金制度の改善に努めている。カウンセリングセンターにおいても、より多種多様な背景をもつ学生の来室が顕著である。ICUには国内のトップレベルの国立大学を目指してきたような優秀な学生や、海外経験のある学生も多い。また、交換留学制度の拡大により、ICUに留学してくる外国人留学生の出身国・滞在期間・留学動機もより様々になっている。日本にルーツのある留学生もいれば、来日以前に正式に日本語を学習した経験がない留学生もいる。
社会経済的な困難を抱え入学する学生の中には、大学生活への適応にハードルを感じる学生もいる。また、日本の教育制度や学校生活の中で、不適応や不登校を経験した学生もいる。カウンセリングセンターでは、過去に精神疾患の診断や治療、向精神薬の服薬など既往歴のある学生の来談が増加していると感じている。今日、大学に対する学生の期待やニーズもより多様化しており、適応問題や自己肯定感、対人関係、学習意欲、不安、被虐体験、セクシャリティー、病気、家族間の問題など、多岐に渡る相談内容を抱えて、多くの学生がカウンセリングセンターに来談している。
自殺念慮やパニック発作、精神病症状など、緊急な臨床的介入と治療必要とするような症状のある学生もいる。統合失調症などの精神疾患は、思春期後期から成人期前期に発症されることが多い。特に、既往歴のある学生は、新しい環境へスムーズに移行・適応し、入学後も治療の継続をすることが重要である。適応過程におけるストレスを軽減するために、学生の保護者や学外のメンタルヘルス専門家との連携が必要となる場合もある。精神疾患のある留学生に関しては、特有の医療・経済的な問題があるため、入学後の適切な情報提供やオリエンテーションが重要になる。
大学時代は、多くの大学生にとって心理、認知、社会的に大きな変化や成長を遂げる段階にある。MRIを使った最近の神経科学の研究では、青年期においても継続する神経発達が大学生の社会的行動に影響を与えていることが証明されている (Girard, 2010)。大学時代は、より複雑な社会的交流を理解しマスターするための能力獲得に関する脳内変化がまさに起こっている最中であり、脳科学的には「重大かつ脆弱な段階」 (Girard, 2010)にあると言える。
思春期後期から青年期前期にかけての主な社会心理的課題としては、両親からの自立、アイデンティティーの確立、進路の選択、親密な人間関係の構築などが挙げられる。これの発達課題を乗り越える過程で、学生は教職員にロールモデルを期待し、援助や支援を求めてくる。自らのアイデンティティー構築に際して、大学内で出会う大人を手本にしながら、将来どんな仕事をしたいか模索することもある (Eichler, 2006)。
学生が成績不良に陥る背景には、社会的、個人的、経済的な問題など、複数の要素が関連していることが多い。教員にとっては、成績不良の事実は学生が複雑な問題を抱えているかもしれないという最初のサインになる。だからといって、成績優秀者には悩みや困難がないという意味ではない。教員は、教室の内外を問わず学生の問題に出くわすことがある。授業へ欠席が続いているにも関わらず教員の働きかけに応じない学生や、課題やコメントシートに個人的な悩みを記す学生もいるだろう。また、学生の保護者から連絡がくることもあるかもしれない。
悩みや不安を抱えている学生に対して、教職員は親身に話を聞いたり、アドバイスや提案をしたりして支援することができる。また、状況に応じてアカデミックプランニングセンターや特別学修支援室、人権相談などの学内資源を活用するよう助言することもできるだろう。しかし時に、学生の深刻な悩み相談を受けるうちに、教員自身に過度の負担がかかってしまうこともある。このような場合、カウンセリングセンターではコンサルテーションを通じて、教職員が学生をより良く支援する方法などを共に考えている。
また、精神疾患偏見や過去の体験により、カウンセラーに相談することに関し躊躇する学生もいる。Eichler (2006)は、大学生がメンタルヘルス支援に対して抵抗を示すことと、思春期から青年期にかけて第二の分離個体化(親からの精神的自立)というアンビバレントな心理的発達課題を生きていることとの関連を指摘している。そのため、依存を促すような大人との関係性の構築を望まないこともあるかもしれない。彼らのカウンセリングに対する不安を理解し、プライバシー(例:自分が確立しようとしている私生活を干渉されたくないという思い)を尊重することも大切である。一方で、教員が彼らの悩みをノーマライズし、学生にカウンセリングセンターの利用を勧めることで、その後彼らが援助を求めやすくなることもある。
ICUカウンセリングセンターの利用者が増加する一方、カウンセリングセンターに最初のコンタクトをしにくいと感じている学生がいることも事実である。カウンセリングセンターの設立50周年に行われた調査の結果では、多くの学生がカウンセラーの利用を希望していたものの、実際に来談したのはそのうち1/3程度であったことが分かった(坂本, 2014)。来談に至らなかった理由についての回答で目立ったのは、自分でなんとかすべきだと考えていた、忙しくて時間がなかった、カウンセリングセンターの利用方法がわからないという問題であった。
利用に対しハードルや抵抗感を感じる学生への対応としては、教員が学生と一緒にいる際に、電話でカウンセリングセンターに連絡すると不安が軽減される場合がある。また、可能であれば、初回予約には学生に同行してカウンセリングセンターを一緒に来室することも効果的である。
ICUのカウンセリングセンターでは、守秘義務のもと学生に関する情報を保護している。学生から情報開示の許可があれば、教職員との連携が行われる。学生の健康を促し精神的問題の予防や支援のために、ICUの構成員全てが利用しやすいカウンセリグセンターにしていくことが私たちの役目と考えている。
連絡先: ICU カウンセリングセンター (DH 2F – 3499)
ICUカウンセリングセンター 2016「2014年度 来談状況」 ICUカウンセリングセンター報告書 25, 12-23.
岩田淳子他 2016「2015年度学生相談機関に関する調査報告」学生相談研究36 (3), 209-262.
坂本憲治 2014「カウンセリングセンター アンケート調査報告」ICUカウンセリングセンター報告書 23, 12-17.
都留春夫 1980「国際基督教大学の学生に対するカウンセリング活動の推移」ICUカウンセリングセンター報告書 1, 2-6.
渡辺暁里 2016 「ICUカウンセリングセンターにおける近年留学生のニーズとその支援課題」ICUカウンセリングセンター報告書, 25, 3-7.
Eichler, Richard, J. (2006). Developmental considerations. In Paul A. Grayson (Ed.), College metal health practice (pp.24-41). New York, NY: Routledge.
Girard, Kristine, A. (2010). Working with parents and families of young adults. In Kay, J., & Schwarts, V. (Eds.), Mental health care in the college community (pp. 179-202). United Kingdom: John Wiley & Sons Ltd.
This work is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial 3.0 Unported License.