多様性と

インクルージョンに対応した教育

多様性とインクルージョンに

対応した教育:人権と学習権を守るために


生駒夏美文学、ジェンダー・セクシュアリティ研究教授  ジェンダー研究センター長

執筆年:2017年 一部改訂:2022年  肩書及び役職は執筆当時のもの 


ICUのキャンパスは、年齢、国籍、信仰、ジェンダー、セクシュアリティ、身体的機能などにおいて様々な背景を持つ学生や教職員から成り立つ共同体です。ICUの教員として私たちは人権や学ぶ権利を守り、個性を尊重し、また、学習や研究を行うための安全な環境づくりに努めることが求められています。人権の侵害というものは、たとえ当人に差別的な意図がなくても起こり得るものですが、正しい知識や意識によって未然に防ぐこともできます。以下に、教室やゼミをインクルーシブ、LGBTQフレンドリーで、すべての人が歓迎されていると感じることのできる場にするためのヒントをいくつか記載しました。参考になさってください。キャンパスを一朝一夕にインクルーシブにすることはできません。私たち一人一人が一歩ずつ着実に努力することでしか、安心安全な環境づくりは実現しません。皆さんのご協力が不可欠なのです!


教室におけるダイバーシティ

皆さんが担当する授業にも、様々なセクシュアリティや障がいを持つ学生が必ず居ます。全ての学生が未婚で、ヘテロセクシャルで、シスジェンダーで、健常者である、などといった想定は捨ててしまいましょう。

ある研究によれば、日本人の7.6%がLGBTQに該当するそうです。これが事実なら、13人に1人の学生がセクシュアルマイノリティということです。確率的に見て、ご担当の授業にもこうした学生がいるでしょう。セクシュアルマイノリティかどうかは見た目ではわかりません。身体的な障がいは比較的見えやすいものの、学習障がいを持つ学生は外見からは判別がつきません。人種的、文化的な背景や信仰となるとさらに難しいでしょう。幼い子供を育てていたり、年配者の介護を担っている学生だっているかもしれません。このように、教室は今までだって常に多様な場であったということを心にとめてください。

皆さんは恐らく、教室で差別的発言をしたり、性別、年齢、セクシュアリティ、障がい、信仰、結婚歴、国籍などをからかうような発言をしてはいけないということはわかっておられるでしょう。加えて、個人の差異がないかのように無視することも人権の侵害になる、ということを覚えておいて下さい。例として、「結婚相手にどのような資質を求めるか」や「男性として/女性として/日本人として、あなたはどう思うか」などの単純な質問で傷つけられる学生がいます。結婚制度から排除されている人もいますし、見た目は「女性」「男性」「日本人」でも、異なるアイデンティティを持っていることもあります。先入観を学生に押し付けることで、一部の学生が排除される雰囲気が教室やゼミに生まれ、それによってマイノリティ学生の学ぶ権利が侵害されることがあるからです。


障がいを持つ学生への対応

上記に加え、身体/学習障がいを持つ学生もいるでしょう。中には障がい学生特別学修支援(SNSS)の支援を受けている学生もいますが、受けていない学生もいます(前者に該当する学生については、学期始めにSNSSから連絡があることもあります)。こうした学生のために、資料やパワーポイントのファイルをGoogle ClassroomやMoodleを使ってオンラインからアクセスできるようにしたり、授業中の録音やパソコンによるノート取りを許可するなどの配慮を行い、学生が不利益を被らないようにすることが必要です。授業やゼミでは運営上の規則を厳格にし過ぎず、可能な限り柔軟に個人のニーズに対応するようにして下さい。彼らが特別待遇を受けているなどと考えてはいけません。むしろこれまでの大学のシステムによって彼らの学ぶ権利が不当に妨げられていたのですから。


教室やセミナーを安全な場所にするために

教室という場所は、特に女性やLGBTQの学生にとって敵対的で危険な場所になりうることも認識しておいてください。数年前、一橋大学の法科大学院の学生がクラスメイトによってアウティングされ自殺した、という報道がありました。残念ながらICUも差別と無縁ではありません。教員は、こうした学生の人権、そして究極的には命を守るべき責任のある立場にいます。

言うまでもなく、教員自身が性的指向や人種に関して差別的発言や行動をするべきではありません。さらに、皆さんには教員として、クラスの雰囲気にも注意する必要があります。例えば、学生がディスカッションやグループワーク時には偏見に基づいた差別的発言をしてしまったり、あなたが招待した外部講師が同様の発言をしてしまうことがあります。こういった場合には発言を放置せず、建設的な批判を用いて、よりインクルーシブな授業づくりを目指すことが重要です。ご自分の授業ではいかなる差別も容認しないという態度をしっかり持ち、出来るだけ早く対応した方が良いでしょう。

差別的な発言のほとんどは無知により起こりますから、学生に正しい情報を提供し、ロールモデルになることが大切です。


教員と学生の不均衡な力関係

学生からすれば教員は成績をつける権力者なので、教員にアプローチしやすいか否かは学生にとって大きな問題です。悪く思われないようにと、教員に本心を語らないこともあるのです。こうした中、教員は威圧的になったり気分によって態度を変えることを避け、出来るだけ学生から信頼され話しやすい存在になることが大切です。またご自分では若いつもりでも、学生にとって教員は自分たちよりもはるかに年上の存在に映っています。特に日本では、年長者とのコミュニケーションにはさらなる壁があります。オープンでフレキシブルでいることで、学生の頼れるアドバイザーとなりましょう。


学生の呼び方

日本語には「さん」という敬称があります。中には「さん」や「くん」などを男女で使い分けることが習慣になっている教員がいますが、名前や外見をもとに学生のジェンダーを判断してしまうので、多様性にセンシティブな授業運営として適切とは言えません。一方、学生に対しジェンダーを尋ねることも、カミングアウトを強制することになるので望ましくありません。よって、教室では「さん」で統一するのが無難でしょう。「くん」で統一することも考えられますが、目下のニュアンスがあるので権威的に聞こえるかもしれません。

英語では、学生をファーストネームで呼ぶ場合も多いでしょう。そういう時もどんな名前で呼ばれたいか学生に確認する方がベターです。トランスジェンダーの学生などは、大学に登録している名で呼ばれたくない人もいます。また「Mr/Miss/Mrs/Sir」などの敬称は使わないようにしましょう。


個性の尊重

ご自分の人間関係や婚姻関係、または人生そのものの経験を、普通で当然のものと思い込まないようにしましょう。あなたの視点や価値観が学生と同じとは限りませんから、一般化すれば排除される学生を生んでしまいます。女性問題に意識が高い教員でも、異性愛主義には鈍感だったりしますし、女性差別とLGBTQ差別は共通点もありますが異なる点も多いのです。ある差別の被害者が、別の差別の加害者となってしまうことはよくあるのです。


ディスカッションのマネジメント

ICUでは学生の学習効果を高めるために、ディスカッションを取り入れることが奨励されています。しかし、ディスカッションの時間が苦痛と感じる学生もいることに注意しましょう。トピックがパーソナルなものだったり、学生自身にプライベートな事実の開示を求めるようなものである場合は、特に気をつかう必要があります。前述したように、教室という環境は必ずしも全ての学生にとって安心安全な場所ではありません。危険にさらされている、威圧されている、馬鹿にされている、排除されていると感じている学生がいるかもしれません。そういう学生はディスカッションで黙っていたり、時には教室を出ていってしまうかもしれません。こういったことが起こった場合は学生に話しかけ事情を聞き出しましょう。

あえて個人的な事柄をディスカッションのトピックに設定する際は、以下のような約束ごとを学生に伝えましょう。

・すべての参加者の人権を意識し、守ること

・グループにマイノリティに属する当事者がいるかもしれないことを意識すること

・価値判断をしないこと

・発言を強要しないこと

・他人の話をまず聞き理解しようと努めること

・断定的な表現を使わないこと

・ディスカッション内容を教室以外で漏らさないこと

こういう措置をとっても必ずしも学生の安心安全が保証されるわけではないので、ディスカッションに参加したくない学生がいるかもしれません。そのような学生が参加しなかったディスカッションのメイクアップができるよう、別の課題などを用意しておくことも必要です。


グループワークのマネジメント

グループワークを課したい場合もありますね。しかしこれが障壁となる学生もいます。パーソナルなトピックの場合は、グループワークに参加したくない学生のために、上記と同様に課題を用意しましょう。また、育児や介護を担っていたり障がいを持つ学生は、通常の授業時間外は参加したくてもできない可能性があります。彼らができるだけ参加できるように時間設定など工夫しましょう。


課題のマネジメント

学生の成績評価機会は、必ず複数回設定しなければなりません。特に学習障がいや・身体障がいを持つ学生に留意し、必要であればSNSSに相談して、なにが彼らにとって適切であるかを考えましょう。

インクルーシブな教材の使用

授業で使用する教材がインクルーシブであることも重要です。ステレオタイプや差別的表現を含んでいないか、また、信憑性のある出典元からきているか、などといった事項を確認しましょう。批判的思考を促すために、あえて差別的内容を含んだ文章を使用したいこともあるかもしれませんね。そういう時は、その文章の背後にある当時の歴史・文化的な背景を説明し、授業の最後には必ず内容の問題点を具体的に批判することが大切です。差別的な文書を配布して放置することは絶対に避けましょう。こうした配慮を怠たると、教員自身が差別的内容に共感している、もしくは、大学が偏見的な考えにお墨付きを与えている、などといった誤解を招きかねません。


LGBTQの学生のプライバシー

場合によっては学生から自分がゲイ、レズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダー、クエスチョニングであるとか、個人的な秘密をメールやコメントシートの中で明かされることがあります。これが教員であるあなたと当該学生の間でのみ起こっていることを認識しましょう。あなたなら秘密を守ってくれるだろうと信頼されたのです。他の学生からの嫌悪や笑いをおそれて、あなた以外の誰にも打ち明けていないかもしれません。残念ながら、一橋大学の事件が示すように、そのような学生の不安は決して的外れではありません。こうした情報を(卒業後であっても)学生が特定できるような状況で周囲(クラスの学生はもちろん、他の学生や教職員)に漏洩しないことが不可欠です。学生の秘密は誰にも暴露してはいけません。アウティングは暴力であり、時に人生を破壊します。特に注意なさってください。

自身への批判の活用

どんなにインクルーシブな授業を心がけても、時に苦情や批判を受けることがあります。その際に自己弁護をしたくなるのが自然な反応です。しかし深呼吸して冷静さを保ち、まずは批判に耳を傾けてみましょう。マジョリティにとっては自分ごとでないため、どうしてもマイノリティについてわかっていない部分があります。マジョリティであることは、黒いサングラスをかけているようなものと思ってください。マイノリティの学生が日々体験している困難を、マジョリティであるあなたは気付かずにいられる特権的立場にいるのかもしれません。「正しい」とあなたが信じて行っていることが、マイノリティ学生からは「正しい」とは感じられない場合もあるのです。

特にLGBTQに対し理解があると自負する教員が、批判に際し自らの弁護に腐心する傾向があります。しかし、実際にマイノリティの立場になって考えることは極めて難しいことなのです。ご自分がマイノリティのことについて全く理解できていないという根本的に理解に立って、批判者との対話を始めましょう。ハラスメントは常に加害者ではなく被害者が認知するものなのです。


疑似科学的な発言に関して

今日の通俗的な疑似科学を耳にしたことのある方は多いでしょう。「Men Are From Mars, Women Are From Venus」や「話の聞けない男、地図の読めない女」などの本をご存知でしょうか。あるいは「男性脳」や「女性脳」などお聞きになったことがあるでしょうか。この手のステレオタイプの過度な一般化は、誰にとっても有害です。科学は(似非であろうとなかろうと)しばしば一般的傾向に焦点を当て、個体差を考慮しません。科学的考察においては有用な思考法であっても、個人間の交流において、こうした思考法を念頭に交流すると、相手の人権を侵害しかねません。ICUの教員として、また、一人の人間として、「個人差」や「多様性」を尊重することは大切なこととなります。一般化された言説や「科学的な」言説を学生たちに押し付けないようにしましょう。人間の精神はもっと複雑ですし、私たちの希望・欲求・願望、ジェンダーやセクシュアリティなどは生物学や医学、化学などの科学的な視点からは解明できないこともあるのです。こうしたことからも、マイノリティーの立場にいる学生の人権を侵害しないよう努めることが大切です。


本学の人権問題に関しての意識

ICU教員として、本学キャンパスでは今現在も人権侵害が起こり続けていることを知ってください。人権委員会と人権相談員がキャンパスで活動しており、学生・教員双方に被害を受けた/受けている人がいます。大学は構造的にすべての学生や教職員がヘテロセクシャルでシスジェンダーであるという前提のもとにあります。またすべての学生は独身で子どもを持たない、といった前提です。ですから子どもがいる学生やLGBTQの学生が特に困難を感じることになります、また、学生はそもそも構造的に大学教育制度の中で不利な立場に置かれます。権力と特権を持つ教員として、学生の人権や学ぶ権利が守られるようにぜひ心を砕いてください。


学生の妊娠・子どもや病人のケア

先述の通り、妊娠した学生は学内のさまざまな場で迷惑がられたり、無配慮な対応をされがちです。問題の内容は、本人の婚姻状況や収入、親の承諾の有無などによりそれぞれ異なるものの、もし産む決意を学生が固めたならば、本学で学び続けられるよう支援してあげてください。出産し育児しながら卒業を目指すことは不可能ではありませんし、本学でも前例があります。本館の1階には、学生や教員が保安室への申し込みにより利用できる授乳室があります。(詳細はジェンダー研究センターのウェブサイトに載っています。)


自分の健康状態や介護などの理由で休学を申し出る学生がいるかもしれません。休学に必要な費用は、以前よりもはるかに安くなっていて、学生が学業から短期間休みやすくなりました。病気を抱えている学生にはカウンセリングセンターを紹介し、健康状態やその他の必要な支援を受けられるようにしましょう。

連絡先

人権相談員:人権侵害について誰かに相談したい時があるかもしれません。もしかしたら、あなたご自身がマイノリティ性を持っていて人権侵害を受けたと感じておられるかもしれません。あるいは学生の被害を目撃したかもしれません。被害に関しての相談は、下記のリンクを参照してください。(http://www.icu.ac.jp/en/campuslife/health/HR.html#sec3.)

カウンセリングセンターICUのカウンセリングセンターではジェンダーやセクシュアリティに関しての相談事も受け付けています。(DH 2F – 内線3499)を通して予約できます。学生が悩みを抱えているようだったら、カウンセリングセンターに連絡することを勧めるか、教員が直接連絡してください。

ジェンダー研究センター:相談ごとにあまり緊急性がない場合には、また、LGBTQや女性が安心できるような場を求めている場合は、ぜひERB301に来てください。予約は不要です。他の学生や教員とおしゃべりしたり、コーヒーを飲んだり、昼食を共にしたりできます。学生たちにもぜひ利用を勧めてください。 (新型コロナの影響がある間は開室時間や予約の必要などを確認してください。)

学修・教育センター:さらに一般的な問題に関しては、学修・教育センターに相談すると良いでしょう。ここでは授業の改善案などについても相談ができます。