リベラルアーツ教育:概説

リベラルアーツ教育:概説


鄭仁星 (教育学教授)西村幹子 (教育学上級准教授) 

肩書は掲載当時(2017年)のもの

歴史的背景

ヨーロッパでの誕生

近代のリベラルアーツ教育は、リベラルアーツに精通することが教養人とされた古代ギリシャを起源とする。ローマ帝国では、音楽、算術、幾何学、天文学の四つの科学的な学問がクアドリウィウムという名の下教育課程に組み込まれていた。9世紀以降にはこれにトリヴィアムと呼ばれる文法学、論理学、修辞学の三つの人文学的学問が加えられ、中世ヨーロッパの大学で学ばれるようになった。ルネサンス期になると、イタリアや北方地域の人文主義者によりトリヴィアムはStudia humanitatisへと変貌を遂げ、論理学に変わり歴史学やギリシャ語、倫理学が導入された。十六世紀にはこの人文科学教育はヨーロッパ全土に広まり、エリート階級や政治関係者、聖職者、法律や医学を学ぶ者の教育の基礎となった。Van der Wende (2011)が言うように、「リベラルアーツを体感できる小規模の大学というものは、オックスフォードやケンブリッジなどの歴史のあるヨーロッパの大学に起源を持つ」(p. 234)。 つまりリベラルアーツ教育というものは、勉学の自由を与え、修了者に市民としての使命感を与えるものであった。


アメリカでの動き

これと同様のリベラルアーツ教育はのちに、主に小さな大学でのみ実践されてきたアメリカにも広まった。1636年、1693年には最初の全寮制リベラルアーツ大学であったハーバード大学やウィリアム・アンド・メアリー大学がそれぞれ創立され、また、イェール大学の根元は1640年代へと遡る。こうした私立リベラルアーツ大学は18世紀、19世紀に増加し、アメリカの高等教育の発展に貢献した。

19世紀末には大規模な公立研究大学やテクニカル・専門学校などの新たな高等教育が発展し、小規模な寮制のリベラルアーツ大学は徐々に衰退した (Ferrall, 2011)。しかし、こうしたより実践的な専門学校への需要にも関わらず、歴史ある私立のリベラルアーツ大学のうちの数校は質の高い学生を魅了し続け、大学ランキングなどにおいても高い地位を占めた。また、21世紀に対応すべく、リベラルアーツ大学として学生に提供する教育内容を従来よりも柔軟にすることによって、質の高い研究大学にも匹敵するような教育の質を手に入れた。

具体的な動きとしてはまず、リベラルアーツを核とする大学も職業学位の授与を始めた。また、多くのリベラルアーツ大学が協力体制の強化に踏み切った。その理由としては以下のようなものが挙げられる。


・科目課程の情報提供(例:アマースト大学、ハンプシャー大学、マウント・ホ リヨーク大学、スミス大学、マサチューセッツ大学アマースト項の五大学連携)

・物品の大量購入によるコスト削減(例:ウィスコンシンの大学協定)

・情報共有や活動によるリベラルアーツの伝統の維持(インディアナ州、ミシガン州、オハイオ州の五大湖・中西部私立大学連盟)

・高等教育やリベラルアーツ教育についての対話の機会の設置(例:私立のリベラルアーツ大学による初めての連盟であるアナポリス・グループなど)

・国際的な協力体制の確立(例:2009年に設立されたグローバル・リベラルアーツ・アライアンスなど)


ヨーロッパでの再生

1960年ごろ、ヨーロッパでは規制緩和やボローニャ・プロセスにより、パリ・アメリカ大学、ローマ・アメリカ大学、フランクリン大学スイスの三つのリベラルアーツ校をはじめとするアメリカ系のリベラルアーツ大学の再生が行われた。これ以降、オランダのアムステルダム・ユニバーシティ・カレッジ、英国のユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、キングス・カレッジ・ロンドンなどにおけるリベラルアーツプログラムにより、大学やプログラムが大規模大学の傘下に設立された。また、これらヨーロッパの大学はアメリカの私立のリベラルアーツ大学とは異なり、公立であった。


アジアへの影響

東アジアでは、19世紀中期にはこれら思想は広がりを見せていたものの、リベラルアーツ教育が高等教育に本格的に導入され始めたのは第二次世界大戦後のパクス・アメリカーナ以降である。ICUは1953年に開学した東アジアにおける先駆的なリベラルアーツ大学である。また、1990年代半ばには主に日本と中国において多くの国際的なリベラルアーツのプログラムが英語で提供され始めた。Godwin (2015)がいうように、これはリベラルアーツ教育が世界に浸透し始めたことを示した。アジアにおけるリベラルアーツ教育の位置付けは、より包括的かつ小規模で探求的な学習、また横断的で国際的なカリキュラムを目指すための手段であった (Lewis, 2012)。

近年日本や韓国、台湾、中国などの東アジアの国では高等教育におけるリベラルアーツが注目されており、実際に小規模のリベラルアーツ大学や一般教養プログラムが設立されている。アジアにおける小規模の私立リベラルアーツ大学の例としては、日本の国際基督教大学や宮崎国際大学、韓国のハンドン大学、香港の嶺南大学、シンガポールのイェール-NUS大学、インドのフレーム大学、バングラデッシュのアジア女子大学などが挙げられる。


リベラルアーツ教育の概念

全米カレッジ・大学協会 (AACU) はリベラルアーツ教育を「個人の能力を開花させ、困難や多様性、変化へ対応する力を身につけさせ、科学や文化、社会などの幅広い知識とともに、より深い専門知識を習得させるための学習方法」と定義づけている。Chopp (2014)がいうように、リベラルアーツ教育は以下の三つの要素の育成に重点をおいている。


クリティカル・シンキング:分析力や探求的姿勢、また答えを導くための論理的な意見の形成に必要である。リベラルアーツ教育はこの能力の育成のために、少人数による文学、言語学、歴史学、音楽、美術、哲学、心理学、数学や科学などの幅広い分野での議論を重要視している。

道徳心および市民性の育成:学生の道徳的な行動や市民性を指し、課外や地域社会においての活動、学生間のみならず学生と教員同士の触れ合い、キャンパスにおける日常生活を通して育成される。

知識の活用による世界への貢献:学生がコースやキャンパス内外での経験を統合し、授業を通して得た知識の汎用性を高めることにある。このため、異なる背景をもつ学生同士が様々な視点から諸問題を議論することが求められる。


このほかにも、好奇心、創造力、批判的な自己反省、市民としての責任感やコミュニケーション能力などがリベラルアーツ教育によって重視されてきた。


知識社会におけるリベラルアーツ教育の重要性

連結や複雑さが高まり続けている知識社会において、多くの国が知識や教育の生産性に気づき始めている。こうした中、大学による学生の基礎知識や能力、様々な分野の知識からくる広い視点や決断力を持つリーダーシップなどを育成する重要性は以前に増して高まっていることはいうまでもない。よってリベラルアーツ教育は今日の社会においては実に実用的なものである。21世紀におけるリベラルアーツに関しての詳しい情報はAACUのウェブサイトに掲載されている。

先進的かつ見識のあるビジネスリーダーは、リベラルアーツが伝統的に培ってきた素質を採用対象者に求めて始めている。例として、想像力、柔軟性、クリティカル・シンキング、コミュニケーション能力、問題解析・解決能力、また、異なるコンテクストへの順応性が挙げられる。先述のAACUによる全国調査によると、「採用側のほぼ全員(91%)が、仕事での成功に繋がる重要な要因として、学生時代の研究分野よりもクリティカル・シンキングやコミュニケーション能力、問題解決能力を挙げている」(Employer Survey & Economic Trend Research)


ICUにおけるリベラルアーツ教育の実践

日本のリベラルアーツ大学の先駆者として、ICUは「リベラルアーツがICUでのすべての活動の基盤になるべきである」という教育方針を最重視してきた。しかし、この方針が実際に意味するものはなんであろうか。理論的な意味は決して複雑ではない。リベラルアーツ、特に科学、社会科学、人文科学の分野では、古代ギリシャやルネサンス、エマーソンをはじめとする19世紀の思想家、ハーバード大学のジェイムス・コナントなどの20世紀の大学学長などが代表する様々な時代を通して、クリティカル・シンキング、民主的市民性、問題解決能力、思想の交流、専門分野を超越した学習や学びへの喜びを培ってきた。

こうした中、ICUは持続的にかつ明確にリベラルアーツの解釈やリベラルアーツ大学としての位置付けに取り組んできた。


・現行の本学の使命には、「ICUは、真理を探究し、学問的自由を守り、その内実を豊かにすることを使命として創立」されたとある。

・初の印刷版であった1953年度版は「クリティカル・シンキングを習得し、知的好奇心をもって探求心を抱かせる」ことをICUにおけるリベラルアーツの使命とした。

・また、ICUの教育目標として「クリティカルな思考を持ち、物事の意義や価値に鋭敏な冒険的な知性」を育成することが長きにわたり挙げられてきた。


しかし、これが実際に意味するものはなんであろうか。そして、リベラルアーツを「実践」するとはどういったことなのであろうか。

リベラルアーツ教育の精神はICUで行われるすべての活動に組み込まれているものの、その中でもICUの一般教養課程、バイリンガル教育、グローバル化に関する取り組みにもっとも色濃く反映されている。


リベラルアーツ教育の核としての一般教育 (General Education)

ICUはすべての専任教員が少なくとも一つは一般教育科目を教えるというリベラルアーツ教育の伝統を受け継いでいる数少ない大学のうちの一つである。これは、ICUが一般教育科目を市民性やクリティカル・シンキングを様々な視点を通して育成するものとして重要視しているからである。「『一般教育』の崩壊は、『戦後民主主義』の崩壊と重なる事態である」というICUの前学長であった絹川先生 (1995)の言葉は上記の見解を支持している。

ICUでは2008年に従来の6分野が統合され、31個のメジャーが生まれた。この方針により、学生は第2学年終了時までメジャー選択を迫られないようになった。これら改革はICUの「リベラルアーツの実践」を意味し、問題解決能力が育つような学習が学生をアクティブかつ責任ある社会の一員にならしめる、といった信念を表したものであった (絹川, 2002; Steele, 2005)。

2016年現在、ICUは人文科学、社会科学、自然科学の分野で75個もの一般教育科目を提供している。ICUの一般教育科目は、学生が自らの興味によって自由に履修できる。また、これらで得る学問的知識はメジャー選択のための判断材料となり、のちにメジャー外の分野の知識と統合されるようになっている。


ICUの一般教育への取り組みは、アドミッション・ポリシーや一般選抜にも表れている。一般選抜はAptitude Test for Liberal ArtS (ATLAS)と呼ばれる総合教養の試験、英語の試験、そして人文・社会科学または自然科学の試験からなっている。このICUの一般選抜は高校の教科の知識の量や暗記力を測るものというよりはむしろ、リベラルアーツ教育に必要とされる適正や資質を測るためにある。


ICUは、本学の受け入れ方針に明記されているように、次の四つの資質を新入生に求めている。


・幅広い分野における知的好奇心・想像力

・論理的かつクリティカルな思考力に基づく判断力

・異なる文化や言語的背景を持つ人との対話のためのコミュニケーション能力

・自発性や、課題を見極め、解決し、それに取り組むための能力

(ICU, 2015)


バイリンガリズムとその展望

ICUはバイリンガリズムを重要な目標の一つとして掲げている。バイリンガリズムは異なる背景を持つ者同士の対話を促し、視野を広げ、自らの思考や行動を考え直す機会を与える。ICUは日本の大学では珍しく、いかなる国籍の学生に対しても第一学年時に英語または日本語の授業を課している。また、学年が進むと一部の授業では日英両語が使用されるため、学生には言語を問わず批判的に考え、交流することが求められる。

新入生対象の一年間のEnglish for Liberal Arts (ELA)はアカデミックライティングや英文読解、研究スキルや論文作成などの内容のからなり、様々な分野からのトピックを通して指導される。これは第二学年から求められる英語による知識統合のための準備としての役割も担っている。また、英語能力にとどまらず、クリティカル・シンキングやICUでの学びを充実させるためのスキルの育成を目指している。具体的な内容としては、プレゼンテーションやグループワーク、ディスカッションなどを通して、学生が現在の世界情勢や、議論の余地のあるトピックに関して自らの意見を共有する。

また、学生には英語以外の言語の学習も推奨されている。現在、ICUではアラビア語、インドネシア語、中国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、韓国語、ロシア語、スペイン語と様々なコースが提供されている。これら言語以外も、提携先の大学や互換プログラムを利用して学習することが可能である。


グローバル化

ICUは長きにわたり、カリキュラムの国際化や学生・教職員の多様化に取り組んできた。現在、学生の一割は40ものの国から、また、教職員の三割は20近くの国から集まっている。また、ICUはサービスラーニングの一貫として海外での様々なボランティア活動による単位取得を認めている他、交換留学プログラムの管理のために海外の機関との提携にも力を入れており、2004年には提携先の数が49であったのに対し、2015年には68に増加している。毎年約450名の学生がこれら制度を利用して留学しており、そのうちの四分の一が交換留学生として海外で学習している。

ICUでは2010年度以降、国際的な取り組みが活発的に行われている。2012年には本校は日本政府によるグローバル人材育成推進事業に採択され、英語によるアカデミックライティングのスキル育成、海外の大学での単位取得制度の充実などに力を入れてきた。

2014年には、ICUは日本の高等教育の国際化を目指す37大学の内の一つとされた。これを機にICUでは、学生の様々なニーズに対応した言語プログラム、学生の多様な学修能力やニーズに応えるための学修・教育センターの設立、質の高いリベラルアーツ教育を提供するための他大学との提携プログラムの充実、といった三つの戦略が実施された。

ICUはグローバル・リベラルアーツ・アライアンスの中で唯一の日本大学である。これはアメリカ的リベラルアーツを実践する機関で構成された国際的な機関であり、リベラルアーツ教育の質の向上と、教育者・大学教職員間の知識や経験の交流を目標としている(GLAA, n. d.)。


授業スタイル

リベラルアーツ教育は、一方的な情報伝達型な授業や暗記を基本とした日本の高等学校のような授業ではなく、次のようなものを理想としている。

・好奇心に基づいたアクティブな教育

・内容の提供よりも問題解決に重点を置いた授業

・教室内でのコミュニティーづくり

・答えや情報よりも質問や探求に重点を置いた授業

・分析、解釈、フィールドワークなどでの知識の応用


また、ICUでの上記理念の実践例は次のようなものがある。

・規模に関わらず、観察、調査、実験、フィールドワークなど、学生の好奇心を刺激するような課題

・講義型ではなく、プレゼンテーションや学生同士が教え合うピア・チュータリングなど、学生に学習の発展や共有をさせるような活動

・情報の要約や伝達よりも、学生自らの見解や創造力を求めるライティングタスク

・一方的な解釈ではなく、様々な見解を伝える多様な教材の使用

・経済的不平等、ジェンダーによる差別、資源の枯渇、種の絶滅、異文化交流への課題、情報格差、メディア・バイアスのような社会的な課題に対する学生の取り組みを促すようなタスク

・学生の意欲的な取り組み(活発的に発言をする、学生同士が質問し合う、多様な視点から問題解決に取り組む、独創的な見解を模索するなど)を評価する

・ブログや映像、オンラインでの共同執筆活動など、最新の情報技術を授業に取り入れる


ICUではリベラルアーツの実践を通し、学習意欲や好奇心の育成、また、課題・問題解決型のタスクによる研究・調査力の向上を目指している。加えてICUでは、リベラルアーツを実践するにあたって、それぞれの分野に縛られないような授業を行い、世界に変革をもたらすことも可能であると考える。


※この章は、教育学教授 Jung, I.S. 先生・西村幹子先生・笹尾敏明先生による”Liberal arts education and colleges in East Asia. Springer. ” の1章と5章を基に作成されています。(https://www.springer.com/jp/book/9789811005114)


参考文献

Ferrall, V. E. (2011). Liberal arts at the brink. Cambridge: Harvard University Press.

Godwin, K. A. (2015). The worldwide emergence of liberal education. International Higher Education, 79, 2-4

International Christian University (ICU). (2015). Admissions policy. Retrieved from http://www.icu.ac.jp/en/admissions/september/policy/index.html

Kinukawa, M. (1995). The essence of university education. Tokyo, Japan: U-LEAG. [in Japanese]

Kinukawa, M. (Ed.). (2002). All about ICU’s <Liberal Arts>. Liberal Arts Education Reform Document Series 2. Tokyo, Japan: Toshindo Publishing Co. Ltd. [in Japanese]

Lewis, P. (2012). In Asia, Future appears bright for liberal-arts education. The Chronicle of Higher Education. Retrieved from http://chronicle.com/blogs/worldwise/in-asiafuture-appears-bright-for-liberal-arts-education/30840.

Steele, W. M. (2005). Back to Fundamentals: Liberal Education in Changing Times. In C. Hahm, & J. Mo (Eds.), The Challenge of East Asian Liberal Arts Education (pp.27-39). Seoul, Korea: Underwood International College, Yonsei University.

van der Wende, M. C. (2011). The emergence of liberal arts and sciences education in Europe: A comparative perspective. Higher Education Policy, 24, 233–253.