というわけで皆さんどうもこんにちは、周南市民botの中の人NO.2、瀬戸内しなとでございます。
というわけで今回は周南市について解説していきたいと思います。
今回は周南初心者にもわかりやすいようにしますので、ぜひ最後までお付き合いください。
周南市の概要
人口(2026年6月末現在):13.2万人(県内第3位)
面積:656.29km²(県内第5位)
周南市は、南側を瀬戸内海に面しており、瀬戸内海側は、瀬戸内工業地域の一角である周南コンビナートが広がっています。
主要産業は重化学工業で、東ソー、トクヤマ、日本製鉄、ゼオン、出光などの工場が立地しています。
北部は中国山地の一部で、農村が広がっています。
2003年(平成15年)5月に、2市2町(徳山市、新南陽市、鹿野町、熊毛町)が合併し誕生しました。
周南市という名前は、2001年の3市2町合併協議会(徳山市、新南陽市、鹿野町、熊毛町、下松市)によって決定されました。
平成の大合併で人口10万人の市を含む合併で、唯一最大規模の市名を引き継ぎませんでした。(首都圏を除く)
歴史
1650年9月28日:下松藩庁が野上村に移され、野上を徳山と改称した
1897年9月:山陽鉄道広島〜徳山が延伸開業
1898年3月:山陽鉄道徳山〜三田尻(現防府)が開業
1904年:海軍練炭製造所が開設
1918年2月:日本曹達工業(現トクヤマ)が設立
1929年:徳山港開港
1930年11月17日:徳山無尽共益株式会社(現西京銀行)が設立
1932年5月:岩徳西線(現岩徳線)櫛ケ浜〜周防花岡が開業
1936年:東洋曹達工業(現東ソー)の南洋工場が創業開始
1945年5月10日:徳山大空襲
1945年7月26日:徳山空襲により市街地が壊滅
1956年4月:株式会社ラジオ山口(現山口放送)が開局
1960年3月:徳山動物園が開園
1971年4月:徳山大学(現周南公立大学)が開学
2003年4月21日:周南市発足
産業
周南市の産業は、重化学工業で、旧徳山海軍燃料廠等から発展した石油コンビナートが瀬戸内海側に広がっています。
産業は、徳山駅のみゆき口側に商店街が広がっています。昔は、その商店街に近鉄松下百貨店や、トポス、サティなどがありましたが、1990年代以降に郊外にゆめタウン新南陽や、イオンタウン周南、ザ・モール周南などが出店し、商店街は徐々に衰退していきました。2019年には、商店街最後のスーパーであるスーパー銀南も閉店し、近隣に住む高齢者の方々が買い物難民になってしまいました。しかし、2024年4月18日に徳山駅直結の徳山デッキ内に業務スーパーが開業し、改善されました。
名産・特産品
・ふぐ
・ハモ
・タコ
・御影石
・おみくじ
・日本酒
ふぐ⋯粭島がふぐの延縄漁法発祥地なので、隠れたふぐの本場とも言われています。
御影石⋯黒髪島で採石され、国会議事堂の建材の一部として採用されています。
おみくじ⋯日本国内で流通しているおみくじの約7割は、鹿野にある女子道社で奉製しています。
観光
・周南工場夜景
・回天記念館
・徳山動物園
・太華山
・永源山公園
周南工場夜景⋯周南市の臨海部にはコンビナートが広がっています。他の地域とくらべて、市街地から工場が近く、気軽に行くことができます。市内には、晴海親水公園や福川漁港、トクヤマポートビルや太華山など、いたるところにビュースポットがあるので、是非お越しください。
回天記念館⋯徳山駅徒歩すぐの徳山港から船で最速18分の場所にある大津島にあります。回天とは、太平洋戦争末期に、大日本帝国海軍が開発した特攻兵器で、天を回らし、戦局を逆転させるという願いを込めて名付けられた人間魚雷です。回天記念館には、特攻隊員の遺品・遺墨・遺影など約1000点が展示されています。近くには回天発射場や、回天運搬用トンネルなどがあります。歴史のお勉強に是非お越しください。
最後に
ここまで読んでいただきありがとうございました!周南市には、まだまだ書ききれないほどのたくさんの魅力があります!是非一度、周南市にお越しいただき、周南市の魅力を感じていってください!
これからも、更新頻度はあまり多くないですが、周南のこと、山口のことを発信していきますので、これからもどうぞ当サイト、及び周南市民botをよろしくお願いいたします!
配信日:2026年7月26日