(しみず ようこ)
企業を新たに設立する時は言うまでもなく、企業が工場の設備を拡充したり(設備投資)、新商品を開発したり(研究開発投資)するときも、多額の資金が必要になります。せっかく起業や設備投資の計画を立てても、企業の資金調達がうまくいかないと実現することができません。企業にとって困るだけでなく、社会全体としても成長のチャンスを逃すことになりもったいないことです。企業の資金需要に応えて社会全体でうまく資金を融通するのが金融の大切な働きです。
それでは、企業が必要とする資金はどこから来るのでしょうか。それは、私たち一人ひとりの貯蓄から来ています。私たちが貯蓄を地元の銀行に預けている場合は、銀行がその資金を地元企業に貸し出します。また、企業が株式や債券を発行し、私たちが株式や債券を買って資金を出すことで、企業が直接資金調達することもあります。
さて、こうして私たちの貯蓄が企業の設備投資に充当される際には、適切な「市場機能」が働くことが大切です。企業の中には、性能の低い製品を作っていたり、環境に良くない製造工程を採用していたり、労働者の権利を侵害するような働かせ方をしていたりするところがあるかもしれません。こうした良くない企業に資金が提供されてしまうと、企業は状況を改善しなくても設備投資ができて、どんどん拡大してしまいます。金融プロセスを通じて、良い企業に多くの資金が回って設備投資がしやすくなり、良くない企業には資金が回らず設備投資できずに縮小するという選択が働くことが理想的です。
銀行は、自分の利益のためにも、また社会的責任を果たすためにも、こうしたことに配慮して融資先を決め、望ましい企業に資金が回るように活動します。また、株式や債券の場合は、私たちが良い企業の株式等を積極的に買い、良くない企業の株式を売却すれば、株価や債券価格がそれにつれて変動して、社会全体で資金配分を良い方にコントロールする役割を果たしていると考えられているのです。これは、ちょうど私たちが消費者としての商品選択(どんな洗剤を買うか?)を通じて企業活動に影響を及ぼしているのと似ています。金融でも、私たちの貯蓄という資金の提供先選択を通じて、良い企業を選抜していると言えるのではないでしょうか。
最近は、こうした金融の機能に期待が集まっており、金融を通じて、環境保護(E)、企業の社会的責任(S)、ガバナンス(適切な企業運営)改革 (G)、を実現することが注目されているのです。
大学の金融論では、こうした問題意識を持ちつつ、金融の機能、日本の貯蓄や設備投資の状況、株式や債券やさらに複雑な金融商品、金融機関(銀行や証券会社など)の働き、日本銀行の金融政策などを学びます。興味が持てそうな人は、高校の教科書を読みかえしつつ、金融がうまく機能している時、金融が失敗する時(金融危機など)にどんなことが起きているか調べてみると面白いかもしれません。
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大きな財政赤字を抱える日本は、累積1100兆円もの借金をしています。巨額の借金の是非を論じることは重要ですが、ここでは良し悪しの問題をいったんおいて、借金せざるを得ない以上、少しでも「上手に」借金をするために国(財務省)がどんな工夫をしているかを考えてみたいと思います。
というのも、上手な借金ができなかったために、相対的に小さな借金のせいで経済が大混乱してしまった国もあるからです。やむを得ず借金をする以上、国民生活への悪影響を少しでも抑えることが重要なのです。
そもそも国はどうやって巨額のお金を借りているのでしょうか。国が借金する時には、「国債」と呼ばれる借金証書が発行されます。お金を借りる時、普通は貸し手と交渉して、金額(いくら借りるか)、期間(何年間借りるか)、利子(何%の利子を払うか)などを決め、借金証書にそのことを書き込んで貸し借りの証拠にします。
これに対して、国の場合は、調達するお金が巨額なので、多数の相手といちいち交渉していると大変です。このため、「1枚1万円、期間10年」などと書かれた借金証書(国債)をあらかじめ大量に印刷しておいて、10万円貸してくれる人には10枚を、10億円貸してくれる人には10万枚を渡すというふうに、あたかも国債を「売って」お金を受け取っているように借金するのです。売買のような形で貸し借りをすることで、多数の主体からお金を借りる時の交渉コストを下げているわけです。
さらに、国債は途中で「転売」することができます。期間10年の国債を買った(10年間、国にお金を貸した)からといって、10年後まで元本返済を待つ必要はなく、好きなときに国債を転売できます。Aさんが買った国債を2年目にBさんに転売すれば、Aさんは最初の2年間の利子をもらった上で、Bさんから転売代金の形で元本相当分を受け取ることができ、国債の持ち主はBさんに代わります。国は、2年目までの利子をAさんに、3年目以降の利子と最後の元本をBさんに返済すればいいのです。これはとても便利です。国債を途中で売る人と途中から買いたい人がいて、証券市場で国債が売買されています。
他にも工夫があります。国債の償還(返済)期限で最も一般的なのは10年ですが、この他にも期間だけで見ると、2年、3年、5年、15年、20年、30年、40年と多様な年限の国債が発行されます。2024年に発行された10年の国債は2034年に償還期限が来ますが、5年国債なら2029年、20年国債なら2044年と、償還時期が分散します。国は、多様な年限の国債を分散発行することで、返済が一時期に集中することがないよう計画しています。
このほか、利子(金利)が低めの時期に長期国債の発行を増やし、毎年払う利子を長期にわたって低く抑え、逆に、金利が高い時には、短期の国債でつなぎながら金利低下を待つといった工夫もあります。
国債は借金ですから、償還期限がきたら返さなければいけませんが、償還の原資は私たちの税金です。国が工夫して上手な借金をすることは、回り回って私たちのためでもあります。借金の良し悪しとは別に、賢い国債管理は必要だということです。
上手な借金のための方策である「国債管理政策」には、他にどんなものがあるか、調べてみてはどうでしょうか。また、借金が上手くできずに破綻してしまった国について、何が起きたか調べるのも興味深いと思います。さらに、国債を買っているのは誰なのか、毎年の利子が昔と今とでどう変化したか、私たちが年金等を通じて国債とどう関わっているのか、どれも調べてみると面白いと思います。ここでは金融論の視点から考えて見ましたが、財政学や経済政策の観点から、借金の使途がこれで良いのか、これ以上国債が累積して大丈夫なのかについても、他の原稿を見て学んでもらえるとさらに良いと思います。
株式
株式とは、会社に「出資」して株主になることを表す証券です。出資金として会社に提供したお金は返済されることがありません。その代わりに、出資者(株主)は、会社の利益を出資額に応じて配当として受け取る権利があります。また、株主が出席する「株主総会」での議決を通じて、会社経営の「重要事項」を決定する権利があります。重要事項には経営陣の選任・罷免が含まれますので、株主の多数決で社長を交代させることもできます。
最初に出資した人は、ずっと株式を持ち続けなければいけないわけではなく、いつでも転売することができます。例えば、トヨタの株式を買って(トヨタに出資して)株主になっても、いつでも好きな時に株式を売って、その時の株価を売却代金として受け取ることができます。株価が高いなら、出資額より多い売却代金を受け取ってもうけることもできます。
創業当初は小さな会社でも、会社の成長とともに出資する人(株主)が増えます。トヨタを調べてみると、株主数は98万人あまり、発行している株式の数は163億株以上にも達しています。
株式は、上述のようにいつでも転売できますが、現実にはどこで転売するのでしょうか。株式の取引を行なっているのは証券取引所(金融商品取引所)です。株式を買いたい人も売りたい人も、証券会社を通じて証券取引所に株式の売買注文を出すことができます(株式取引ができるのは18歳に達してからです)。証券取引所は、大勢の人が株式を売ったり買ったりしている巨大な市場です。
ところで、証券取引所で株式を取引対象にしてもらうためには、会社側が株式の上場を申請することが必要です。証券取引所は、上場を希望する会社の資本金額や設立年数、利益額などに加え、帳簿の虚偽記載を行なっていないかなどを審査し、上場審査に合格してはじめて証券取引所での売買対象になります(上場企業)。上場審査は、私たち一般投資家のために、経営が安定し将来も有望な会社の株式を提供できるよう、投資家の保護を図っている制度なのです。
逆に会社側からすると、上場企業になれば、知名度も上がりますし、将来工場を拡張したり新商品を開発したりするための資金が必要になった時に、追加で株式を発行して多くの人から出資を募ることができ、その結果さらなる成長が見込めるようになるのです。
以上のことから、多くの会社にとって上場はハードルでもあると同時に、目指すべき目標でもあるということができます。ところが、最近は上場を目標としない会社が現れています。上場しないまま(つまり幅広い投資家からの出資を受けないまま)、資産が10億ドル(約1500億円)以上になるまで成長した会社は、「ユニコーン(一角獣)」と呼ばれています。(ユニコーンは実在しない想像上の動物で、とても美しい生き物です。ユニコーンを描いた名画がたくさんあります)。
非上場のまま巨大化するユニコーン企業は、みんなが気付かないところに商機を見出しているなど個性が強い企業であることが多く、独特のかっこ良さを持っています。ユニコーンを多く輩出する社会は、柔軟性が高いとも考えられます。しかし、ユニコーンが増えることが社会的に良いことばかりかどうかは、少し検討が必要です。前述のように、上場企業であれば、不特定多数の人が大切なお金を投じてくれているわけですから、会社は利益を出資者に配当することに加えて、経営の状態を広く情報開示し、社会的な責任を果たしていく必要があります。これに対して、ユニコーンにも株主はいますが創業者など限られた人だけですし、情報開示義務もそれほど厳しくありません。大企業なのに情報開示が少ないなんて、ベールで覆われたようですね。極端ですが、もし社会がユニコーンばかりになると、私たちは会社に出資するという選択肢を失ってしまうことにもなります。かっこいいけど、ちょっと危険なところもあるユニコーン、まさに神話の通りかもしれません。
発展
世界の・日本のユニコーン企業にはどんな会社があるか調べてみてはどうでしょうか。また、あなたが将来会社を創業したら、上場を目指すか、それとも非上場の方がいいか、クラスメートと議論してみても良いかもしれません。このほか、各社の株主総会でどんなことが話し合われているか、役員が株主から罷免されてしまうケースでは、どんなことが理由になっているのか、ニュースなどを調べることもできます。日本には、最大規模の東京証券取引所の他に、札幌、名古屋、福岡にも株式の取引所がありますが、こうした小規模な地方証券取引所がどんな活動をしているかも、調べてみてはどうでしょうか。
(2024年6月4日更新)