(かとう けんたろう)
中国のGDP(国内総生産)は米国に次ぐ世界第2位で、日本の4倍以上もあります。グラフを見て分かるように、特に2000年代以降、急速な経済成長を遂げています。中国に対する観方はいろいろありますが、少なくともその動向が日本経済や世界経済にも大きな影響を与えていることは間違いありません。中国がこのままの勢いで成長を続けると、2035年にも米国を抜いて、世界第1位の経済規模になるとの予測もありますが、果たして中国経済はこのまま順調に成長を続け、米国を追い越すことになるのでしょうか?
これを考えるヒントは、「中所得国の罠」、「トゥキディデスの罠」、「タキトゥスの罠」といわれる「3つの罠」を乗り越えられるかにありそうです。
「中所得国の罠」とは、多くの途上国が経済発展により一人当たりGDPが中所得の水準(概ね1万ドル程度)に達した後、発展パターンを転換できず、成長率が長期にわたって低迷することを指します。これまで中国は主に「量」を拡大することによって成長を遂げてきましたが、今後は「質」を重視した発展パターンに転換していく必要があります。そこで、中国は官民挙げて半導体などのハイテク産業などを振興して、「質」を重視した発展パターンへの転換に取り組んでいますが、まだ道半ばの状況にあります。
こうした中、中国は「トゥキディデスの罠」に直面しています。「トゥキディデスの罠」とは、既存の覇権国家と台頭する新興国との間で、立場の違いから摩擦が起こり、衝突する状況を指します。まさに現在の米国と中国との摩擦がこれにあたります。米国は中国のハイテク産業振興への取り組を阻止しようとしています。ある意味、「質」を重視した発展パターンへの転換に取り組む中国の政策が、皮肉にもこうした状況を惹起したともいえます。
また、現在の中国は、これまでのような経済成長の勢いがなくなり、コロナ禍を経て、中国の民衆の中には、将来に不安を感じる人も少なからずいます。政府に対する信頼感が失われている中では、どのような政策を実施しても信用されない状況に陥ってしまいます。このような状況を「タキトゥスの罠」と言います。
こうしたことから、中国が今後も経済成長を遂げていくために、米中の摩擦を乗り越えて「質」を重視した発展パターンに転換することができるのか、また様々な世論や民衆の不安にうまく対応することができるのか、が注目されているのです。
以上のような問題意識から、「中国経済論」の講義では、中国はどのようにして経済成長を遂げることができたのか、他方で、現在どのような問題に直面しているのか、また日本経済や世界経済にどのような影響を及ぼすのか、といったことについて学びます。更に経済だけではなく、政治、外交、安全保障といった分野とも密接に関わることから、より広い視野で中国の動向に関心を持ち、多角的な視点で「中国」という国を捉えられるようになることを目指しています。
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皆さんは銀座でブランド品を「爆買い」する中国人観光客のニュースを見たことがあるかもしれません。ある金融会社によると、「中国の富裕層上位1%が、中国全体の資産30.6%を保有している」という調査もあります。中国にもお金持ちがいれば、それほどお金のない人もいます。では中国はどれくらいの所得格差があるのでしょうか。
所得の平等度を示す指標の1つとして「ジニ係数」というものがあります。これは0から1の値をとり、0.3~0.4は比較的合理的な状態、0.4~0.5は格差が過度に大きい状態、0.5以上は著しく大きい状態といわれています。2022年の中国のジニ係数は「0.467」なので、中国の所得格差はかなり大きいといえます。またこの値はここ10年間をみても、ほとんど変化がありません。
中国はこれまで、先に豊かになれる者たちを富ませる「先富論」という政策を進めてきましたが、現在の習近平指導部は、共に豊かになる「共同富裕論」を掲げ、格差是正を目指すようになりました。もちろんこれには「社会主義国」として平等な社会を目指すという意味合いもありますが、一部の人達だけがお金持ちになるのではなく、中所得者層を拡大することによって持続的な経済成長を図るという目的もあるのです。この格差を是正する政策が、これからの中国の経済成長を左右する要因の1つになるかもしれません。
「中国の環境問題」と聞いて、皆さんが想像するのは「空気が悪い」とか「黄砂が飛んできた」といったものではないでしょうか。私も北京に住んでいた時(2015~18年)には、毎朝スマホのアプリで天気予報とともに「空気予報」をチェックするのが日課になっていました(下図参照)。なぜなら、それによって、どの性能のマスクをつけるかを決めていたからです(写真は筆者のスマホのスクリーンショット。2016年12月4日撮影)。特に大気中に浮遊している「PM2.5」は髪の毛の太さの1/30ほどの小さな粒子で、肺の奥深くまで入りやすく、呼吸器・循環器系への影響が心配されています。空気が悪く、まだ「コロナ前」の時期でしたが、既に「マスク生活」は始まっていたのです。
しかしその後、中国の大気汚染は大きく改善され、PM2.5の年間平均値は2015年の46㎍/㎥から2021年には30㎍/㎥にまで低下し、世界保健機関(WHO)の基準(35㎍/㎥)を下回るようになりました。また、2021年の大気の質が「優良」だった日の割合は87.5%に達し、2015年に比べて6.3ポイント上昇しました。中国の環境省にあたる生態環境部は「中国は、世界において空気の質の改善ペースが最も速い国」と述べています。もっとも、この時期は「ゼロコロナ政策」により、経済活動や人の移動が大きく制限されていた時期でもありますが、少なくとも、現在の習近平国家主席が大気汚染対策を「青い空を守る戦い」と位置付け、重要な政策課題としていることは確かなようです。
空気予報の画面
しかし、環境問題は大気汚染だけではありません。皆さんご存じのとおり、二酸化炭素は気候変動を引き起こす主要な温室効果ガスですが、中国は世界最大の二酸化炭素排出国です。中国の二酸化炭素排出量は2020年時点で世界のおよそ3分の1(32.6%)、次いで米国(12.6%)、インド(6.6%)と続き、これら3カ国で世界の排出量の半分以上を占めています。すなわち中国の脱炭素政策は世界の気候変動問題にも大きく関わっており、また地球規模の問題に対しては各国の協力が必要不可欠となっているのです。こうした中、2020年9月、国連総会にオンラインで出席した習近平国家主席は「中国の二酸化炭素排出量を2030年前にピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルの実現に努力する」ことを表明しました。
中国の二酸化炭素排出量が多い原因の1つは、石炭の消費量が多いことがあげられます。中国のエネルギー消費構成をみると、徐々に石炭の割合は減っていますが、それでも全体の6割近く(56.2%、2022年)を占めています。中国の脱炭素に向けた政策は、再生可能エネルギー電源への転換(太陽光パネルの生産)、新エネルギー車(NEV)の振興などにみられますが、実はこうした脱炭素対策は、現在中国が進める産業振興策とも密接に関わっているのです。
米国と中国との対立は国際的に大きな関心事となっていますが、環境問題ではどのような協調がとられていくのか、また中国では環境対策と経済成長とをどのように両立させようとしているのか、世界最大の二酸化炭素排出国・中国の動向が注目されます。
(2024年5月16日更新)