考える no.2「技術が止まったとき、社会はどう動く?」
考える no.2「技術が止まったとき、社会はどう動く?」
考えてみましょう
便利な技術があることと、安心して暮らせることは同じだろうか?
その違いは、どこから生まれるのだろうか?
分身ロボットは、遠くにいても人とつながれる道具です。
多くのパイロットさんにとって、社会と関わるための大きな支えになっています。
でももし、この技術がある日、使えなくなったら、どうなるでしょうか?
技術は便利ですが、故障する、事故や災害などで停電する、いきなり仕様が変更する、サービスサポートが終了するなど様々な理由で、ある日、瞬間的に、あるいは永続的に使えなくなる可能性もあります。
「車いすで暮らしているのですが、停電が起きて家じゅうの電気が全部止まったとき、“技術がある前提”で暮らしていたことに気づきました。
その時に必要だったのは、人の手と、誰かが気づいてくれることでした。」
技術があることで、障がいがあっても一人でできることが増えます。
それは、自立へとつながり、達成感や自信にもつながります。
でも、障がいのあるなしにかかわらず、子供だったり、高齢者だったり、あるいは異国の地を旅行しているときなど、私たちは人の手を必要とする場面がでてきます。
人に助けを求めるのがイレギュラーな社会になってしまうと、「お願いしていいのかな?」「迷惑じゃないかな?」など、本来、抱かなくていいはずの申し訳なさが生まれてしまうかもしれません。
「便利なシステムほど、それが動いてあたりまえになる。でも、イレギュラーは必ず起きます。
そのときに“人に頼っていい”空気がないと、すごく不安になります。」
大切なのは、技術か人か、どちらかを選ぶことではありません。
技術があるからこそ、人が気づく余白、柔軟に対応できる裁量、寄り添う関係性が、より重要になります。
災害時やトラブル時には、障がいの有無にかかわらず、誰もが「人の手」に頼らざるを得ません。
多様な社会では、危機のかたちも多様です。だからこそ、平常時から、緊急時に対する想像力を膨らましておく備えが必要になります。
技術が止まったとき、私たちは何に頼ることができるでしょうか?
そのときに必要なのは、技術だけではなく、人との関係や、助けを求めてもいい、という前提かもしれません。
技術があることと、安心して暮らせることは、同じでしょうか。
あなたは、困ったときに、誰に、何を頼れる社会であってほしいでしょうか。
改めて考えてみましょう
便利な技術があることと、安心して暮らせることは同じだろうか?
その違いは、どこから生まれるのだろうか?
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