話す no.2「働くという選択肢は、誰が決めている?」
話す no.2「働くという選択肢は、誰が決めている?」
Illustration: ほさな(X: @Hosana_OriHime Instagram: @hosana_orihime_)
考えてみましょう
私たちは、なぜ働くのだろうか?
働くかどうかは、誰が決めているのだろうか?
「どうして“働こう”って思ったんですか?」という質問には、障がいがあり公的支援を受けているなら、あえて働く必要はないはずだ、という見方が含まれていることがあります。
そしてこの問いは、多くの場合、善意から投げかけられ、背景には、ある前提があります。
それは、働く理由は、お金を得るためであるという考え方です。
この前提に立つと、次のような発想が自然に出てきます。
生活が成り立つなら、働かなくてもいい
体調が悪いなら、無理しないほうがいい
支援があるなら、仕事はしなくていい
一見すると、とても合理的で、やさしい考え方です。
だからこそ、少しだけ言いづらく、少しだけ相手の心に引っかかる問いでもあります。
分身ロボットを使って働く人たちの言葉を聞くと、この前提が少し揺らぎます。
働くことは、収入だけの問題ではありません。
誰かと関わること
役割をもつこと
自分が社会の一部であると感じること
こうした要素も、働くことの中に含まれています。
そのため、「働けるかどうか」は、「生き方をどう選ぶか」という問いとも重なります。
「普段は“ありがとう”を言う側なんですけど、自分が言ってもらえる機会ってあまりなくて。社会の役に立っている感じがするんです。」
「働かなくていいなら、働きたくはない」
そう感じる人もいるでしょう。
けれど、分身ロボットのパイロットからは、別の感覚も語られます。
何も期待されない
誰にも必要とされない
一日が、誰とも交わらずに終わる
そうした状態が続くと、時間は過ぎていきますが、自分がどこにいるのか、だんだん分からなくなっていくこともあります。
もちろん、働くことが義務になってしまえば、それは苦しさを生みます。
だからこそ、重要なのは「働くべきかどうか」ではなく、「働くという選択肢を、もう一度考えられるかどうか」です。
分身ロボットを使った仕事は、この選択肢を広げます。
通勤しなくていい
体調に合わせて調整できる
その日の状態で休める
こうした条件があることで、「働く」という選択が、現実的なものとして戻ってくる人がいます。
「ずっと何もしなくてよかったら、たぶん、すごく暇になると思うんです。社会とつながっているって、安心するんですよね。」
この問いは、福祉と労働の関係にもつながります。
「支援を受けるなら、働かなくていい」
「働くなら、支援はいらない」
このように、二者択一で考えられがちですが、実際にはもっと複雑です。
「支援があるからこそ、無理をせずに働ける」
「働くことで、生活や気持ちが安定する」
分身ロボットの現場では、福祉と労働が対立するのではなく、支え合う関係として設計されています。
この問いは、相手を試す質問ではありません。
その人が、どんな価値を大切にしているのか、どんな形で社会と関わりたいのか、それを知ろうとする問いでもあります。
同時に、この問いは、聞く側自身にも返ってきます。
この問いに、正解はありません。
大切なのは、「働く理由」を誰が、どこで、どう決めているのかを考え続けることです。
お金のためか
つながりのためか
役割のためか
それとも、別の理由か
その選択が尊重される社会であるかどうかは、技術だけでなく、私たちの考え方や制度のあり方に委ねられています。
あなた自身にとって、「働く」とは何でしょうか。
そしてそれは、誰によって決められるべきものなのでしょうか。
そして、「働く」という選択を思い浮かべること自体が難しくなってしまうのは、どんなときでしょうか。
「大事なのはたぶん、“働けるかどうか”じゃなくて、“社会に関われるかどうか”なんだと思います。 新しい人に出会ったり、新しい自分の可能性に気づいたりすることができるから。」
改めて考えてみましょう
私たちは、なぜ働くのだろうか?
働くかどうかは、誰が決めているのだろうか?
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