出会う no.2「なぜ戸惑うのだろうか」
出会う no.2「なぜ戸惑うのだろうか」
Illustration: ことのは(X(旧:Twitter): @Kotobako_koto ポートフォリオ等: https://ofuse.me/kotobox)
考えてみましょう
私たちは、何を基準に、相手への接し方を決めているだろうか?
目の前の相手を人として扱うとは、どういうことだろうか?
「わからない」は、よくある出発点です。
分身ロボットを前にしたとき、多くの人が感じるのは、「これは人なのか、モノなのか」という迷いと、「どう振る舞えばいいんだろう?」という戸惑いです。
これは、知識が足りないからではありません。
むしろ、相手をモノのように扱っていいのか、それとも人として接するべきなのか、その判断を一瞬で求められるからです。
私たちは普段、「これは人」「これは機械」「これは画面の向こう」というように、相手との距離感や接し方を、無意識に決めています。
でも分身ロボットは、目の前には“モノ”として存在しながら、その中には“人”がいます。
しかも、その人の表情や身体は見えません。
こうした存在に、私たちはあまり慣れていません。
だから、どう話しかけるのが自然なのか、どこまで近づいていいのか、何を話題にすればいいのかがわからなくなるのは、とても自然な反応なのです。
「こう話しかけるのが正しい」「こう接するべきだ」という決まったルールは、ありません。
軽くあいさつする人もいれば、少し距離をとって様子を見る人もいます。
ロボットだと思って接していたら、中に人がいると知って、態度が変わる人もいます。
大切なのは、最初から完璧に振る舞うことではありません。
むしろ、ロボットの向こう側に相手がいるかもしれない、という想像力をもつことです。
分身ロボットを介したやりとりは、「わからない」という感覚から始まることが多いです。
でもその戸惑いは、人と人が初めて会うときのぎこちなさとも、どこか似ています。
少し考えながら、少し探りながら、相手の反応を見て、関係をつくっていく。
分身ロボットは、そんな当たり前だけれど忘れがちなコミュニケーションの始まり方を、私たちに思い出させてくれます。
改めて考えてみましょう
私たちは、何を基準に、相手への接し方を決めているだろうか?
目の前の相手を人として扱うとは、どういうことだろうか?
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