担当:鈴浦秀勝(応用物理学部門・教授)
開講日時:木曜日3講目(13:00-14:30)
教室:N304
この講義は学部と大学院の同時開講科目である.
2025年度より前の年度に入学した学部生に対しては「複雑系の物理学」として開講する.
学部で受講し単位を得た場合は大学院では履修できない.
スピン
1-1 磁場中の磁気モーメント
・運動方程式
1-2 荷電粒子の磁気モーメント
・磁化電流による表現
・荷電粒子による表現
1-3 磁場中の荷電粒子
・荷電粒子の磁場中のハミルトニアン
・量子化
・時間発展
1-4 回転操作
1-5 軌道角運動量
1-6 角運動量の表現
1-7 スピン角運動量
量子系の記述法
2-1 状態ベクトルと波動関数
・ベクトルの成分表示
・ブラ・ケット表示
・固有状態
・連続状態
2-2 スピン1/2
・状態ベクトル
・行列表現
2-3 多粒子系
・2スピンイジングモデル
・スピンの合成
2-4 密度行列
・密度行列の性質
・系と環境の分離
・混合度
・1 qubit
・表現の任意性
量子エンタングルメント
3-1 Bell状態
・エンタングルメントエントロピー
・シュミット分解
・混合状態のエンタングルメント
3-2 EPRパラドックス
・量子もつれと非局所性
3-3 Bellの不等式
・局所実在論
・スピン相関の測定
・EPR状態
・Separableな混合状態
3-4 量子テレポーテーション
・ノー・クローニング定理
・Bell状態の共有による転送
量子多体系
4-1 調和振動子
4-2 第2量子化
・占有数表示
・場の演算子
・フェルミ系
・2粒子干渉
・Bell測定
4-3 電子気体
・自由電子
・クーロン相互作用
・交換エネルギー
・r_s パラメータ
4-4 電子相関
・ハバードモデル
・2サイトモデル
・ハイゼンベルグモデル
4-5 光子統計
・電磁場の量子化
・コヒーレント状態
・Mandel Q-parameter
この講義を準備するために手元にあり参考にした文献を紹介する.
講義内容に関わる部分を説明したので,興味があれば各自で調べてみてもらいたい.
あわせて,個人的な関わりや思うところについて記しておく.
現代の量子力学(上)[吉岡書店]
スピンの扱いから量子エンタングルメントまで,大いに参考になる文献.
現実世界は連続系ということで,シュレディンガー方程式を解いて固有エネルギーと波動方程式を求めることから始めるのが従来のスタイル.今どきは有限系が重要視されて,状態空間の次元が2でも非自明な結果が得られることから2準位系から始めるというスタイルも受け入れられるのかもしれない,トンネル効果を扱うなら前者だろう.エンタングルメントなら後者で十分ということで,この本はそういう構成になっている.
Quantum Mechanics with Basic Field Theory [Cambridge University Press]
量子力学だけでなく場の量子論まで含めた大著.計算過程が詳しく示されているのが特徴.日本語に翻訳したら売れると思う.具体的な計算例が豊富であることの裏返しで深みがないとも言えるかもしれない.
しかし,この講義で言えば,スピン・量子エンタングルメント・量子多体系の全てのトピックについて詳しく議論されている.相対論的量子力学も扱われており,スピン軌道相互作用の導出もなされ,なんなら,電子・格子相互作用や超伝導まで扱われており,物性を学ぼうとする者に大いに役立つ本である.
量子コンピュータ入門(第2版)[日本評論社]
東大物工の先生方が駒場の1年生向けに提供した講義の内容を書籍化したもの.量子力学の知識がなくとも量子エンタングルメントや量子計算について理解できるように工夫されている,もちろん,定義とそこからの論理の積み上げに耐えられる知性が必要である.
物性物理分野ではトップを突っ走る組織であっても,進学振り分けの際には工学部を目指す学生の中ではメジャーではなく,優秀な学生は集まるとしても,油断すると,底割れが起きて,数年は不人気となりダメージが大きく,1年生向けの宣伝活動は欠かせないという内部事情を聞いたのは随分昔である.今は同じ建物で共存する計数がとんでもない人気に違いなく,同様な状況が続いているのかもしれない.
この話は宮野先生からも直接聞いたこともあり間違いないと思うが,個人的には,宮野先生による量子力学の授業の際にくだらないことに噛みついてご迷惑をおかけしたことが思い出される.30年以上前のやり取りを今でも忘れていないが,授業中に誠実に対応していただいたのが強く印象に残っている.その態度を見習いたいと思いながら,その頃の宮野先生の年齢をとうに超えたが・・・.
今度こそわかる量子コンピューター [講談社]
これも量子力学の知識を前提としない文献であり,文献3よりもわかりやすいと感じた.文献3と同様にショアの因数分解のアルゴリズムと量子誤り訂正の話題が含まれており,量子コンピュータのミニマムはそれなんだと理解できる.
西野先生とは面識はないけれども,密度行列繰り込み群に関する先駆的な仕事をされるとともに,物理関係の多数の教科書を執筆されて,この業界での貢献は非常に大きいと勝手に評価している.個人的には彼のWEBサイトの一行日記を一時期愛読していたのが思い出される.最近では,AI物理に対するノーベル賞をXにおけるつぶやきで予言したことがその界隈では注目されていた.
量子と情報 [裳華房]
2024年10月出版で,このリストの中では新しい文献.混合状態やエンタングルメントのトピックがこの講義と重なる.量子測定について詳しく議論されていて量子計算まで解説されている.
この本に限ったことではなく,専門書の初版本は間違いが多数含まれていて初学者の学習には大きなダメージを与えかねない.今どきは,出版社や著者のウェブサイトに正誤表が掲載されていることが少なくなく,この書籍に対してはリンク先にそれがあるので確認すべきである.それでも,間違いを完全に取り除くのは難しく,この本に限らないことだが,内容を暗記していくような読み方は危険であることは指摘しておく.
量子力学講義II [共立出版]
文献1の説明における連続系の内容がIで扱われ,このIIでは角運動量から始まり密度行列にエンタングルメントというこの講義と大きく重なる内容を説明して量子計算にまで至る大作である.
直前の文献5と同様に正誤表を参照する必要はあるとして,量子力学の講義スタイルを現代化するという意気込みを感じる.この北大応物では学部の量子力学では1体問題しか扱わず量子エンタングルメントを教えることは叶わない.必然的に多体問題を教える必要があり,大学院講義で取り入れようとした時に学部講義と同時開講にして教えたらいいと,このような授業形態となった.
量子エンタングルメントから創発する宇宙 [共立出版]
素粒子論の専門家による書籍.前半2章はこの講義の量子エンタングルメントまでの内容を最小限の形にまとめ,より進んだ内容まで言及している.ここまで過不足なくまとまった文章を構成するには,特殊能力が必要と言いたくなるが,要するに,自分にはそれが出来ないというだけである.
それでも,冗長な導入になったとしても,量子化した角運動量演算子が成回転群SO(3)の生成子がスピンの回転SU(2)の生成子と同一で,普遍被覆群という話は持ち出さなかったものの,拡大された表現論に従う自由度を素粒子が持っていたということに学生時代いたく感動した自分としては,それについて解説する機会を得られて良かったと思っている.
現代統計力学 [朝倉書店]
統計力学というタイトルながら,密度行列や量子もつれに関する詳しい記述あり.特に,密度行列に関しては,純粋状態において環境のランダムネスを平均するという考え方からの導入がわかりやすく思え,この講義でも紹介した.調和振動子のエンタングルメントの話題もこの講義で扱いたかったが,時間が足りなかった.
学生時代の自分は講義に真面目に出る方ではなく多くの科目は自習したし,授業に出てもノートを取ることは稀であった.しかし,永長先生の講義は話がわかりやすいだけでなく,板書をまとめれば一つの教科書になるような構成となっていて,これだけは今でも見返すことがあり,自分もそのような講義に近づけたいと頑張っているつもりだが全くたどり着く気がしない.その時代に学ぶべきトピックの選択が絶妙で,それを何とか自習できるレベルの説明に落とし込んでいるのがスゴい.
一歩進んだ理解を目指す 物性物理学講義 [サイエンス社]
物性向けの第2量子化の説明がわかりやすい.電子ガスの交換相互作用の計算においてフェルミ球内の波数に関する積分を実行する必要があり,この授業では一体どうしてそんな積分を求められるのかという公式でスキップしたが,この本では丁寧に積分を実行している.
加藤先生には研究室の卒業生を大学院生として受け入れてもらったり,学会関係の仕事で一緒になったりと交流があった.最近お会いしてないけれども,Xのつぶやきをタイムラインによく見かけるので,全くそんな気はしない.統計力学Iでも参考図書として紹介したように,彼の著作は大変わかりやすいと評判である.
固体電子の量子論 [東大出版会]
第2量子化,電子ガス,モット絶縁体,ハバードモデルに関する説明が参考になる.
浅野先生とは物性研に勤めたときに1年間同じ居室で一緒に過ごし,その後,とある研究プロジェクトで大変お世話になった.この本の素晴らしさについては,日本物理学会誌に掲載された学習院大の宇田川先生による的確な書評があり,ウェブで公開されているので検索して読んでみていただきたい.
物性論における場の量子論 [岩波書店]
経路積分による場の量子化から出発する本である.この授業の内容を大きく超えているが,電子ガスについてハートレー・フォック近似による平均場理論を超えた電子相関を表す,いわゆる,RPAによる補正の計算は,経路積分表示によるガウス積分で得られることが示されて,場の理論の知識がない者が最短でその結果に到達できるルートだと思う.私自身は永長先生の大学院の講義で,まさに,その内容を教わったのであった.
電子相関における場の量子論 [岩波書店]
強相関電子系を記述する模型についての解説が参考になる.ハバードモデルから反強磁性ハイゼンベルグモデルの導出が詳しい.
永長先生には学位論文の研究でお世話になった.D1の終わりで指導教員であった時弘先生が駒場の数理科学に異動となり,博士論文の研究テーマをどうしようかと考えていたところで,声をかけてもらい,1次元銅酸化物鎖の光学応答の研究を始めた.大学院は中退したが,何とか成果をまとめて論文博士となった.
多体問題 [朝倉書店]
電子ガスの計算が参考になる.積分公式はこの本から借用した.電子相関の研究に真正面から取り組まれた高田先生の強い信念が感じられる大作である.電子相関に興味があるなら,数式は追えなくとも,読み通す価値があると思う.
Quantum Optics [Cambridge University Press]
電磁場の量子化と光子統計について参考になる.電磁場のセットアップはこの書籍のやり方を採用した.
EPRパラドックス,量子エンタングルメント,Bellの不等式について,この講義とは異なるアプローチによる説明があり,3体のもつれについても議論されている.
Quantum Optics [Oxford University Press]
光子数分布についての説明が詳しい.難し数式を避けようとする姿勢を感じるので,初学者でも読みやすいと思われる.確か,日本語訳が出版されていたはずである.
Quantum Optics [Cambridge University Press]
比較的新しい文献.光の量子論,光子統計のみならず,光子のエンタングルメントやテレポーテーション,光子と原子の結合系におけるもつれ状態や,様々な新しい話題が取り込まれている.定義と結果が書かれているだけの項も少なくなく,数式を追うのは難しいかもしれないが,量子光学の様々な応用を知るには良い文献である.
Optical Coherence and Quantum Optics [Cambridge University Press]
Q-factor のMandel自身による著作.光のコヒーレンスと光子の量子力学的振る舞いに関する網羅的な文献であり,特に,実験と理論の比較に重きを置かれ引用文献も大量である.私自身は量子光学の専門家でもなく,辞書的にしか使っていないが,量子光学に関わることを考えるときには参照する.ただし,21世紀の進展が反映されていないけれども,出版年を考えれば仕方のないことである.