最終更新日: 2025年9月5日
応用物理学部門では、部門内の教員と関係者がどのようなことに関心を持ち、現在どのような研究を行っているかについて平易な言葉で説明していただく講演会を、月1回のペースで開催しております。この講演会「応用物理学コロキウム」を通して、部門内での連携がより活性化することを期待します。
物質の性質は、電子の振る舞いに深く根ざしており、電子構造を理解することは物性物理の根幹を成す。講演では、物質表面を通して電子構造を調べる測定手法の代表である、走査型トンネル顕微鏡・分光法(STM/STS)および角度分解光電子分光(ARPES)を用いた研究を紹介する。前半では、局所的かつ空間分解能の高いSTM/STSと、運動量空間での電子状態を捉えるARPESの両手法の原理と特徴について話をし、また互いの相補性について述べる。後半では、銅酸化物超伝導体や電荷密度波(CDW)を示す物質を対象とした最近の研究成果[1, 2]やSTM/STS実験の測定手法の開発[3]について話をする。最後に、今後の技術的展望・研究課題について述べ、私の研究紹介とする予定である。
[1] Y. Miyai. et al., Phys. Rev. Research 7, L012039 (2025)
[2] A. Nomura et al., Surface Science 741, 122422 (2024)
[3] C. A. Marques et al., MethodsX 11, 102483 (2023)
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世話人:市村晃一(内線6074、ichimura@eng.hokudai.ac.jp)
多くの辞書によれば物理学は精密科学ということになる.
ここでは,精密科学を定量的な予言を可能とする科学と定義すると,自分が研究を始めた頃は,精密科学に興味はなかった.パラメータフィッティングにより実験結果を説明するというよりは,微視的な理論模型から厳密に計算を進め非摂動的に導かれる現象に辿り着くことを目指すべきであると考えていた,ところが,2番目の職場で,その価値観は打ち砕かれ,物性物理をイチから勉強し直すことになる.
定量的な比較ができてこそ何が本質かを見極められるという事実を理解するのに長い年月を要した.この講演では,以下の3つの研究テーマを例に取り上げ,上述した精密科学としての物性物理への向き合い方の変遷を振り返ることで,私の研究紹介としたい.
・1次元銅酸化物鎖の中赤外吸収スペクトル
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.76.2579
・グラフェンにおける伝導率の弱局在補正
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.89.266603
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.97.146805
・ハロゲン化鉛ペロブスカイト量子ドットにおける励起子複合体
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世話人:戸田泰則(内線6627、toda@eng.hokudai.ac.jp)
原子層堆積(ALD)法は化学気相成長法の一つであり、その基本原理は1970年代に考案されて以降、モノレイヤーレベルで表面を被覆していく成膜手法として少しずつ利用の幅を広げてきた。原料を気相で供給することで3次元構造などへの成膜が容易であること、薄い膜厚でもピンホール欠陥が少ないという特徴を持ち、真空蒸着法などの一般的な成膜プロセスで行う「時間」による膜厚制御とは異なるデジタル成膜である部分が膜厚制御性を大きく高めることにつながっている。
これらの特徴から、現在では先端半導体デバイスを構築するためには必須のプロセスとなっており、新しい原料の開発等が精力的に進められている。本コロキウムでは、ALD法の基礎的な内容から共用設備として導入した新規のプラズマALD装置について企業と共同開発を行った成果、既存のALD装置において実施した新材料プロセス、それぞれの装置で得られたデバイスの応用例などについて紹介する。
[1] Akihiro Nishida, Tsukasa Katayama and Yasutaka Matsuo;ACS Appl. Nano Mater. 2023, 6, 18029−18035.
[2] Akihiro Nishida, Tsukasa Katayama and Yasutaka Matsuo;RSC Adv., 2023, 13, 27255–27261
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世話人:戸田泰則(内線6627、toda@eng.hokudai.ac.jp)
ナノ構造半導体の一種である量子ドット (QD) では,キャリアスピンが3次元的な閉じ込めを受けるため,局在電子と格子核スピン集団 (~104 -106 /QD) の間の超微細相互作用 (HFI) が増強される.そのため,光注入電子と核スピン集団によるスピン結合系が生じるが,円偏光ビームで誘起される高い電子スピン分極を,HFIの同時スピン反転項を通じて核スピン系に転写できる点は興味深い.その結果,数10 %に及ぶ巨大な非平衡核スピン分極 (NSP) が発生し,数テスラに及ぶ強力な核磁場を電子スピンに付与することができる[1].核スピン分極は長いコヒーレンス時間を持つため量子メモリへの応用が期待されるが, HFIの増強は電子スピン緩和 [2] というネガティブな側面も併せ持つ.
30年以上にわたり,光学的に生じる核スピン分極は,注入電子スピンと同軸 (主に結晶成長軸の方向) に発生し,2つの安定分枝と1つの不安定分枝から成る双安定性を示すと考えられてきたが [3],自己集合量子ドットでは近年,これらとは異なる振る舞いが報告されている.我々のグループでは,自己集合QDでは顕著な2つの効果,核四極子相互作用と核スピン揺らぎに注目し,実験と理論の両面で発現メカニズムを解明してきた [4, 5].コロキウムでは,電子・核スピン結合系の物理を概観した後,我々が発見した第3安定分枝の発現メカニズムと,その先に期待される3重安定状態の可能性 [4] について述べる.
[1] B. Urbaszek et al., RMP 85, 79 (2013) 等.
[2] A. I. Merkulov et al., PRB 65, 205309 (2002). R. Kaji, et al. PRB 85, 155315 (2012).
[3] バルクでは “Optical Orientation” (1983). QDではA. I. Tartakovskii et al, PRL 98, 026806 (2007); P. Maletinsky et al, PRB 75, 035409 (2007); R. Kaji et al, PRB 77, 115345 (2008).
[4] S. Yamamoto, et al. PRB 101, 245424 (2020). Z. R. Li et al., JAP 136, 084308 (2024).
[5] S. Yamamoto et al., PRB 97, 075309 (2018), PRB 108, 054422 (2023).
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世話人:戸田泰則(内線6627、toda@eng.hokudai.ac.jp)
液体ヘリウム4は極めて量子性が強く、極低温において超流動状態に相転移する。この超流動状態はBose-Einstein凝縮(BEC)に起因すると理解されており、量子渦やJosephson効果の発現などに代表されるような様々な巨視的量子現象を示す。そのようなヘリウム4であってもバルクでの相転移は依然として古典的(熱的)相転移の性質を示す。
ナノサイズの細孔を持つ多孔体に閉じ込めたヘリウム4は量子揺らぎにより相転移の様子を大きく変える。加圧により超流動転移温度は低温にシフトして、ある臨界圧力で絶対零度に至り量子相転移を起こす。我々はその臨界現象を精査し、有限温度の相転移点においても4次元XYと呼ばれる量子臨界性を示すことを見出した[1,2]。これは量子相転移系であっても有限温度の転移点では古典的相転移(今回の場合3次元XY)の臨界性を示すという量子相転移の議論に反するものであり、ナノ多孔体中ヘリウム4がユニークな系であることを意味している。この系の超流動転移の機構を局在BECモデルに基づいて議論し、有限温度の量子臨界性の説明を行った[3]。
マイクロサイズの微小流路を流れる超流動流では、量子渦の発生と運動により超流動の減衰(位相スリップ)が起きる。我々は量子渦のダイナミクスを研究するため、微細加工により自作したマイクロスリットを用いて超流動の流れ実験を行い、多重位相スリップとでも呼ぶべき多数の量子渦の運動に起因する巨大な減衰を観測した。また位相スリップの瞬間に、量子渦の運動に対応すると見られる過渡状態が観測された。
本講演ではこれら2つの話題に加え、液体ヘリウム上に浮かべた2次元電子系のRydberg遷移を高感度で検出する研究についても簡単に紹介する。
[1] T. Tani, et. al., J. Phys. Soc. Jpn. 90, 033601 (2021), Editors’ Choice, Hot Topics
[2] T. Tani, et. al., J. Low Temp. Phys. 208, 449-456 (2022)
[3] T. Tani, et. al., J. Phys. Soc. Jpn. 91, 014602 (2022), Hot Topics
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世話人:戸田泰則(内線6627、toda@eng.hokudai.ac.jp)
光を特徴づけるパラメータとしては,振幅,位相,偏光,パルス包絡線などがある。振幅は光強度を通して相対論的高強度光物理,位相はコヒーレンスとして光コム,光格子時計,偏光は一様な電場ベクトルの向きを用いた非線形光学,パルス包絡線はパルス幅を通してアト秒光科学への展開へとつながっている。
我々のグループでは,これまで時間領域・周波数領域における光の位相制御に関する研究を行ってきたが,近年,時間領域・周波数領域の位相制御に加え,空間座標に依存した位相(さらには偏光)を制御した超短トポロジカル光波(光渦・偏光渦)の発生・計測およびその応用に関する研究を行っている。このコロキウムでは,時間領域・周波数領域・空間領域における光の位相制御とはどういうことかからはじめ,超短トポロジカル光波発生・測定結果を紹介する [1-6]。つづいて,我々のアイデアから始まった,軌道角運動量・スピン軌道角運動量をもつ光渦パルスと物質との質量移動相互作用の応用例 [7,8],時空間結合位相を持つ光パルスの応用例 [9,10]についても概観する。
[1] Y. Tokizane et al., Opt. Express 17, 14517 (2009).
[2] K. Yamane et al., Opt. Express 20, 18986 (2012).
[3] K. Yamane et al., New J. Phys. 16, 053020 (2014).
[4] M. Suzuki et al., Sci. Rep. 5, 17797 (2015).
[5] M. Suzuki et al., Opt. Express 26, 2584 (2018).
[6] M. Suzuki et al. Sci. Rep. 9, 9979 (2019).
[7] J. Hamazaki et al., Opt. Express 18, 2144 (2010).
[8] K. Toyoda et al., Phys. Rev. Lett. 110, 143603 (2013).
[9] K. Yamane et al., Opt. Lett. 41, 4597 (2016).
[10] A. Honda et al., Sci. Rep. 12, 14991 (2022).
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世話人:戸田泰則(内線6627、toda@eng.hokudai.ac.jp)
音響波には、物質を選ばず伝播する、同じ周波数の電磁波と比べて波長がはるかに短い、などの特徴があり、微小な構造物の非破壊検査やセンサー・フィルターなどの機能性デバイスに広く応用されている。これらの応用において、物質・構造物の弾性などの各種物性や音響波の伝播状況は不可欠な知見である。特に近年では、母構造中に共振器を分散させた構造(フォノニックメタマテリアル)や人工的な弾性周期構造(フォノニック結晶)を用いて、音響波伝播を人為的に制御することが行われるようになり、これらの構造の音響特性の評価はますます重要になっている。
我々はミクロンスケール構造物を伝播するMHz-GHz領域の音響波を時間分解イメージングする測定手法を開発してきた[1,2]。これは光学的なポンププローブ分光法を利用したもので、試料にピコ秒時間幅の光パルス(ポンプ光パルス)を照射することで試料表面に GHz超周波数帯域を持つ音響波を生成・伝播させ、この音響波の伝播状況を時間遅延された光パルス (プローブ光パルス) を用いて、光弾性効果や表面・界面変位を介して検出する。ポンププローブ間の遅延時間とプローブ光パルス照射位置とをそれぞれ時間的・空間的に走査することにより、表面音響波の時間分解二次元イメージングが可能となる。講演ではこの実験手法の原理を簡単に説明し、これを用いたフォノニック結晶[3]、フォノニックメタマテリアル[4]の測定結果を紹介する。また、音響波の励起をパルスレーザーと非同期な電気信号で行う拡張手法についても紹介する。
[1] T. Tachizaki et al., Rev. Sci. Inst. 77, 043713 (2006).
[2] O. Matsuda et al., IEEE Trans. Ultrason. Ferroelectr. Freq. Control 62, 584 (2015).
[3] O. Matsuda et al., Photoacoustics 30, 100471 (2023).
[4] P. H. Otsuka et al., New. J. Phys. 20, 013026 (2018).
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世話人:戸田泰則(内線6627、toda@eng.hokudai.ac.jp)
Recent progress is subwavelength optics is driven by the physics of optical resonances. This provides a novel platform for localization of light in subwavelength photonic structures and opens new horizons for metamaterial-enabled photonics, or metaphotonics. Recently emerged field of Mie-resonant metaphotonics (also called "Mie-tronics") employs resonances in high-index dielectric nanoparticles and dielectric metasurfaces and aiming for novel applications of subwavelength optics and photonics, benefiting from low material losses and optically-induced magnetic response. In this talk, I will review the recent advances in Mie-tronics and its applications in metaphotonics and metasurfaces, including generation of structured light and chiral metaphotonics.
Professor Yuri Kivshar received PhD degree in 1984 in Kharkov (Ukraine). He left the Soviet Union in 1989 and after several visiting positions in Europe, he settled in Australia in 1993. He is Fellow of the Australian Academy of Science since 2002, and also Fellow of Optica, APS, SPIE, and IOP. He received many awards, more recently 2022 Max Born Award (Optica, former OSA). His research interests include nonlinear physics, metamaterials, and nanophotonics.
世話人:森田隆二(内線6626、morita@eng.hokudai.ac.jp)
Noble metal nanoparticles such as gold and silver show intense light absorption and scattering at visible and near-infrared regions based on the localized surface plasmon resonance. The localized surface plasmon resonance is collective oscillation of the conductive electrons in metal nanoparticles, which contributes to the ultrahigh enhancement of optical near-field and could be employed as light harvesting antenna for light energy conversion. In our studies, we have successfully developed surface plasmon-induced artificial photosynthesis systems such as water splitting based on the plasmon-induced charge separation between metal nanoparticles and the semiconductor.[1-5] Furthermore, aiming at the enhancement of light absorption, we apply the principle of modal strong coupling between the plasmon resonance and the cavity resonance to further enhance the quantum efficiency of the water splitting reaction.[6,7] Besides, to investigate the underlying mechanisms, we employed transient absorption spectroscopy to measure the dynamics of the plasmon-induced electrons and the photoelectron emission spectroscopy to visualize the optical near-field distribution and measure the dephasing time of the plasmon resonance.[8] We are now planning to construct a photocathode using metal nanoparticles decorated p-type semiconductor to enhance the photoreduction reactions such as CO2 reduction.
[1] X. Shi, K. Ueno, T. Oshikiri, and H. Misawa, J. Phys. Chem. C, 117, 24733-24739 (2013).
[2] Zhong, K. Ueno, Y. Mori, X. Shi, T. Oshikiri, K. Murakoshi, H. Inoue, H. Misawa, Angew. Chem. Int. Ed., 53 10350 (2014).
[3] X. Shi, X. Li, T. Toda, T. Oshikiri, K. Ueno, K. Suzuki, K. Murakoshi, and H. Misawa, ACS Appl. Energy Mater., 3, 5675-5683 (2020).
[5] K. Ueno, T. Oshikiri, Q. Sun, X. Shi, H. Misawa, Chem. Rev., 118, 2955-2993 (2018).
[6] X. Shi, K. Ueno, T. Oshikiri, Q. Sun, K. Sasaki, H. Misawa, Nature Nanotechnol., 13, 953-958 (2018).
[7] Y. Suganami, T. Oshikiri, X. Shi, H. Misawa, Angew. Chem. Int. Ed., 60, 18438-18442 (2021).
[8] Y. Liu, X. Shi, T. Yokoyama, S. Inoue, Y. Sunaba, T. Oshikiri, Q. Sun, M. Tamura, H. Ishihara, K. Sasaki, H. Misawa, ACS Nano, 17, 8315-8323 (2023).
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世話人:戸田泰則(内線6627、toda@eng.hokudai.ac.jp)
1986年に報告された銅酸化物高温超伝導体の発見を契機に、超伝導相転移温度Tcは液体窒素温度を凌駕するレベルに到達しました。その発現メカニズムは物性物理の長年にわたる未解決問題ですが、多彩な物性や実用的なTcは多くの発展的な研究を生み出しています。高温超伝導体に対する様々な観測手法の中で、我々の研究室では可視-近赤外の超短パルス光(パルス幅~100 fs程度)を用いた時間分解分光を使って物性探索や機能開拓を進めています。このエネルギー領域の光は高い時空間制御性を持ち、光侵入長領域(~100nm程度)のバルク物性を評価できます。我々はBi系銅酸化物の光誘起非平衡準粒子ダイナミクス(過渡応答)がTc以上に現れる擬ギャップと呼ばれる電子状態に対して高い感度と選択性を持つことを見出し[1]、この特徴にもとづいた超伝導の物性観測を進めてきました。このコロキウムでは、このような超伝導や擬ギャップの過渡応答特性を概観し[2]、物性探索や機能開拓に向けて開発してきた時間分解分光手法[3]や時空間光誘起相制御[4]を紹介します。
[1] YH. Liu, et al., Phys. Rev. Lett. 101, 137003 (2008).
[2] T. Akiba, et al., Phys. Rev. B 109, 014503 (2024).
[3] Y. Toda, et al., Phys. Rev. B. 90, 094513 (2014).
[4] Y. Toda, Opt. Express 31 17537 (2023).
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
1995年に系外惑星(太陽以外の恒星を公転する惑星)が発見されて以降,現在までにその数は5000を超えている.系外惑星の観測的研究における究極目標は,ハビタブルゾーン(地球に似た生命の生存に適した領域)の地球型惑星を観測し,その分析によりバイオシグネチャー(生命活動の痕跡)を探査することである.このような観測を実現するためには,惑星光より100億倍も明るいと言われる恒星光を,惑星光が検出可能なレベルにまで除去する高コントラスト観測技術が必要不可欠である.恒星光を除去するための観測システムは主に,恒星光波(電場位相および振幅)を特殊光デバイスによりパッシブに制御する「コロナグラフ」と,可変形鏡などによりアクティブに制御する「波面制御系」から構成される.関連する観測テクノロジーの研究開発は,世界中で盛んに行われている.
私たちの研究室ではこれまで,フォトニック結晶により天体光波の位相を制御する位相マスクコロナグラフ [1,2] などの開発を進めてきた.また,将来の「第二の地球」探査を目指した観測テクノロジーの開発施設として,当研究室に室内シミュレータを構築し,その中でさまざまな独自技術の開発を進めている ([3-5], Murakami, Asano et al. in prep., Sudoh, Murakami et al. in prep.).
本コロキウムでは,将来の「第二の地球」探査を目指した世界的なロードマップの中で,私たちがこれまでに行ってきた研究,および今後の展望について紹介する.
[1] Murakami et al., Publ. Astron. Soc. Pacific, 120, 1112 (2008).
[2] Murakami et al., Astrophys. J., 714, 772 (2010).
[3] Murakami et al., Astron. J., 163, 129 (2022).
[4] Yoneta et al., Astrophys. J. Suppl. Ser., 262, 48 (2022).
[5] Yoneta et al., Astron. J., 163, 112 (2022).
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
ガラスは液体中の分子運動が温度低下とともに遅くなり、分子が不規則な配置で凍結した状態である。これは粘性が極端に大きい液体なのか?それとも気体、液体、結晶に次ぐ第4の固体なのか?その答えはまだ出ておらず、現代物理学最大の未解決問題となっている。研究が難しい大きな理由の1つとして、分子構造に由来する局所的な運動を(ガラス化に関連する)大局的な運動と区別して観測することが実験的に非常に難しいことが挙げられる。その中で近年有機導体において発見された「電荷ガラス」が注目されている[1]。素粒子である電子は分子のような複雑な構造がないため、上述した問題点を解決する特徴を持っており、電荷ガラスの調査は、ガラス転移の本質、普遍性の解明に直結する可能性を秘めている。講演者は電荷ガラスに対しフェムト秒光パルスを用いたポンププローブ時間分解分光を適用し、この問題解決の糸口を探っている。近年電子結晶(電荷秩序)及び幾何学的フラストレーション効果の異なる2種類の電荷ガラスの調査を行い、キャリアダイナミクスの偏光異方性の観点からそれぞれの状態を特徴付けることに成功した[2,3]。講演ではその詳細を議論する。
[1] F. Kagawa et al., Nat. Phys. 9, 419 (2013).
[2] K. Nakagawa et al., Phys. Rev. Res. 5, 013024 (2023).
[3] T. Sugioka, Graduation thesis (2024).
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
伝導電子間に働くクーロン相互作用が遮蔽されない強相関電子系ではスピンの自由度とともに電荷の自由度も重要な役割を果たす。ここでは長距離(オフサイト)クーロン相互作用が原因とされる電荷秩序または電荷不均化について言及する。
電子のトンネル効果を利用した走査トンネル顕微鏡(STM)はフェルミ準位近傍の電子の空間分布を原子分解能で得られる。
本講演では、強相関電子系の以下の2つの系におけるSTM実験の結果を示しこれらの"似て非なる"部分について議論したい。
1) 鉄系超伝導体FeTeにおける電荷秩序
鉄系超伝導体物質群のひとつであるFeTeのSTM測定から反強磁性相において電荷秩序が見出され[1]、この系では磁気秩序と電荷秩序が共存することが明らかになった。さらに電荷ゆらぎに敏感な誘電率測定を行い、反強磁性秩序の形成とともに電荷ゆらぎが発達することが明らかになった[2]。
2) 有機導体α-(BEDT-TTF)2Xに共通する電荷不均化
低温で電荷秩序を形成するX=I3塩の室温におけるSTM測定から電荷不均化が見出された[3]。結晶構造は同型だが基底状態が密度波であるX=KHg(SCN)4とRbHg(SCN)4に対して室温でSTM測定を行ったところ両塩においても電荷不均化によるストライプ構造が見出された。このことから金属相における電荷不均化は、その基底状態によらず電荷ゆらぎが強いα-(BEDT-TTF)2Xに共通する性質であることが示唆された。
[1] Y. Kawashima et al., Solid State Commun. 167, 10 (2013).
[2] K. Yokoi et al., Solid State Commun. 371, 115262 (2023).
[3] K. Katono et al., Phys. Rev. B, 91, 125110 (2015).
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
グラフェンは炭素原子のsp2結合で構成される原子1層の物質であり、実験的には2004年にグラファイトから剥離されたグラフェンの作製と電子密度のゲート電圧による制御が報告され、初めて発見された。報告されて以降、グラフェンの作成方法や構造同定、基礎応用に関する研究が盛んに行われている。発表者は北大に赴任してからグラフェンを透過型電子顕微鏡(TEM)用のサポート材料として活用し、金属単原子[1,2]、ナノ構造の原子分解能イメージング[3,4]に関する研究に従事してきた。軽元素の規則構造で構成され、高い機械的強度と熱伝導率を有するグラフェンは高分解能TEM観察用の理想的なサンプルの支持膜と考えられており、研究室では独自に開発した化学気相成長(CVD)装置を用いてグラフェンの作製を進めてきた。本コロキウムでは最初にグラフェンの構造に関する研究室内外の実験的な研究を幅広く紹介した後、グラフェンやグラフェン上ナノ構造の原子分解能イメージング、観察対象の作成法である単原子スパッタリングを中心に発表者の研究について紹介する。
[1] K. Yamazaki, et al., J. Phys. Chem. C 122, (2018) 27292.
[2] R. Sugimoto, et al., J. Phys. Chem. C 125, (2021) 2900.
[3] K. Yamazaki, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 87, (2018) 061011.
[4] Y. Akinaga, et al., Adv. Funct. Mater. 33, (2023) 2303321.
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
2023年のノーベル物理学賞が“for experimental methods that generate attosecond pulses of light for the study of electron dynamics in matter”(物質中の電子ダイナミクスの研究のために使われるアト秒パルスの発生法)というテーマでP. Agostinie, F. Krausz, A. L'Huillierの3氏に授与された。講演者は、アト秒光パルス発生のメカニズムである高次高調波発生を利用して光源開発から応用研究まで幅広く手掛けている。超短パルス極端紫外光源を開発し、開発した光源や高次高調波発生の特徴を利用して自然界もしくは生体内でおこる化学反応ダイナミクスの研究に応用している。講演では、最初に、ノーベル賞の内容を含めて研究の背景と高次高調波発生について紹介する。高次高調波の特徴として、極端紫外・軟X線光源と発生過程中の電子の再衝突過程が挙げられる。極端紫外光と再衝突過程は価電子ダイナミクス、軟X線は内殻電子の情報を得ることができる。高次高調波を利用することにより初めて観測された振動励起により誘起された化学反応や電子のサブフェムト秒ダイナミクスにより観測した化学反応ダイナミクスについて紹介する。
[1] Y. Nitta et al., J. Phys. Chem. Lett. 12, 674 (2021).
[2] K. Kaneshima et al., J. Opt. Soc. Am. B 38, 441 (2021).
[3] T. Sekikawa et al., Phys. Chem. Chem. Phys. 25, 8497 (2023).
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
弾性波は媒質である固体の性質を反映し、固体内部では縦波・横波として、半無限媒質の表面や板構造では縦波と横波が結合したガイド波として伝搬する。弾性波伝搬を可視化すると、媒質の力学的な性質を知ることができる。
透明な媒質内でのフォノンパルスの伝搬を光パルスによって用いて追跡すると、フォノンによってブリルアン散乱された光と界面などで反射した光とが干渉して反射光強度が振動する。この振動を分析すると、媒質の局所的な音速の分布が得られる。本講演の前半では、この手法の応用としてサブミクロンスケールでの、生物細胞内での音速分布測定[1]、屈折率の情報を知らなくても音速分布が測定できる方法[2]、音速と屈折率の空間分布を同時に測定する手法[3]、均質な媒質においてフォノンパルスの各時刻の形状を可視化する方法[4]を紹介する。
弾性波が特異な伝搬をする人工構造を音響メタマテリアルや力学的メタマテリアルと呼ぶ。この分野では電磁波・光波のメタマテリアルの分野とお互いに影響し合いながら、負の有効パラメータ、トポロジカルフォノニック結晶、時間空間メタマテリアルなどの研究が行われてきた。本講演の後半では、シャイブウェーブマシンを使ったバンドギャップを生成するメカニズムについての実験の紹介と共に、局所共振構造によってある特定周波数のガイド波を全て遮蔽する弾性メタマテリアル棒・梁[5,6]、時間境界における波動の反射現象、1~3次元フォノニック結晶構造におけるトポロジカルエッジ状態[7]について紹介する予定である。
[1] S. Danworaphong et al., Appl. Phys. Lett. 106, 163701 (2015).
[2] M. Tomoda et al., Photoacoustics 30, 100459 (2023).
[3] M. Tomoda et al., Photoacousitcs 31, 100486 (2023).
[4] M. Tomoda et al., submitted.
[5] A. Ogasawara et al., Appl. Phys. Lett. 116, 241904 (2020).
[6] K. Fujita et al., Appl. Phys. Lett. 115, 081905 (2019).
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
ファノ共鳴とは、系の応答の増大と抑制が非常に近い振動数において生じる共鳴で、非対称な共鳴プロファイルに特徴を持っている。この共鳴は、本質的に波の局在状態と伝播状態の間の干渉から生じる波動現象であるので、量子ドット、ナノワイヤーなどの人工量子構造に限らず、プラズモンナノ構造、フォトニック結晶、メタマテリアルなどのさまざまな系において近年、幅広く研究されている。特に、センシングやスイッチングなどの応用の観点から、その共鳴プロファイルの制御に関心が集まっている。ファノ共鳴の共鳴線には様々な形状が見られるが、それらは共鳴周波数と共鳴幅に加えて、非対称の程度を表すファノパラメータを用いたファノの式と呼ばれる式でよく記述される。多くの研究において、ファノパラメータは現象論的パラメータとして扱われ、系を構成している物質パラメータにどのように依存しているかは、簡単な系に対してさえ明確には理解されていなかった。我々は、最近、流体中の固体層からなるフォノニック系に生じるファノ共鳴に対して、ファノパラメータ、共鳴周波数および共鳴幅が既知の物質パラメータのexplicitな関数として導出できることを示した[1]。今回の講演では、この解析解から導き出される結果に基づいてファノ共鳴の理解を試みる。前半では、基礎となる話として、これまでに行ってきたフォノニック結晶で見られる共鳴効果に関する研究も紹介する。また、今回の話に関連して、トポロジーの概念を用いてフォノニック結晶を理解する現在進行中の研究についても触れる予定である。
[1] S. Mizuno, Appl. Phys. Express 12, 035504 (2019).
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
固体物理において研究対象となる量子現象の多くは、電子が主役となり引き起こされる。これらの電子は典型的な金属中において3次元方向に自在に動き回るが、層状化合物の中では電子の自由度は2次元方向に制限される。このような2次元伝導の系は、高温超伝導や量子Hall効果、密度波、Mott絶縁体など新奇な物性の温床となっている。サンプルのスケールを制御することで、低次元電子系が示す量子現象を開拓する。
分子線エピタキシー法を用いて、フェルミ波長に相当する厚さの超薄膜を成長させることで、人工的に2次元電子系を作製する研究を進めている。ルテニウム酸化物CaRuO3において、膜厚25Å周期で絶縁化するExtraordinary size effectを発見した [1,2]。量子井戸に起因する従来のサイズ効果と比べると、室温で1万倍、低温では十億倍も超える顕著な変化を示す。表面粗さ2 Å以下の明瞭な境界条件が、サイズ効果を助長することを明らかにした[3]。当日は、現在進めているMott絶縁体やネスティングベクトルが起因する発現メカニズムの解明や、キャリアドープによる電子状態の制御についても話す予定である。
1) M. Sakoda, et al., PRB 104, 195420 (2021).
2) 迫田將仁、延兼啓純、丹田聡、固体物理、57巻第10号 pp. 23-32 (2022).
3) M. Sakoda, et al., Adv. Electron. Mater. 9, 2201312 (2023).
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
異方的超伝導体と呼ばれる一群の超伝導体が示す量子輸送現象、電磁気学的および熱力学的諸性質に関して、我々が集積した知見を概観する。異方的超伝導体は、最近トポロジカルに非自明な超伝導体とも呼ばれており、その表面にトポロジカルに守られた準粒子状態を持つ物質群である。様々な話題に共通して主役となるのは奇周波数クーパー対と呼ばれる粒子である。奇周波数クーパー対が何かを示した上で、その性質を通して超伝導体が示す諸現象の理解を試みることにする。
具体的には、異方的超伝導体の表面や接合に局所的に現れる奇周波数クーパー対の担う現象として異常近接効果[1-3]と常磁性マイスナー効果[4,5]を主に議論する。時間が許せば、現在進行中の課題である、2軌道/2バンド超伝導体やj=3/2超伝導体のように電子系が余分な自由度を持つ場合に一様な基底状態に現れる奇周波数クーパー対の性質を議論する[6-8]。
[1] YA, et al, PRL 96, 097007 (2006), PRL 99, 067005 (2007)
[2] S. Ikegaya, et al, PRB 91, 174511(2015), PRB 91, 054512 (2016)
[3] J. Lee, S. Ikegaya, and YA, PRB 103, 104509 (2021)
[4] YA, et al., PRL 107, 087001 (2011)
[5] S.-I. Suzuki and YA, PRB 89, 184508 (2014), PRB 91, 214010 (2015)
[6] YA and A. Sasaki, PRB 92, 224508 (2015)
[7] D. Kim, S. Kobayashi, and YA, JPSJ 90, 104708 (2021)
[8] T. Sato and YA, in preparation
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
光渦は螺旋状の波面を持つ光波の総称であり, 1992年にAllenらが螺旋波面と光の軌道角運動量との関係を論じて以来, 光渦に関する研究は長足の進歩を遂げた. 現在その応用研究は, 光の軌道角運動量を利用した光マニピュレーションやレーザー加工のみならず, モードの直交性を利用した空間分割多重通信, 位相特異点を利用した超解像顕微鏡(2014年ノーベル化学賞, S. Hell)等非常に多岐に渡る.
光渦のように空間的に特異的な性質を持つ光波に対して, 時間(周波数)域での光波制御技術すなわち超短光パルス技術を融合させることはある意味自然な流れであり, その高いピークパワーを用いた新たな非線形分光や超微細加工への展開が期待できる. しかしながら, 光パルスの持つ広帯域性ゆえに発生・評価両面において著しく精度が低下するという問題があった.
講演では光渦に関する研究について概観するとともに, 光渦発生技術と超短光パルス発生技術との融合(Sci. Rep. 12, 14991 (2022))に関する話題を中心にお話する. また, 私のバックグラウンドである数サイクル域超短光パルス発生及び, 近年手掛けている超高速イメージング技術についても触れる予定である.
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
電子デバイス材料などの原子スケールの物性を解析する上で、密度汎関数理論に基づく第一原理計算は重要な役割を担っている。近年、「京」や「富岳」のような超高性能計算機の普及に伴い、その傾向は加速しており、デバイス開発などの工学分野のみならず、様々な分野でも活躍が期待されている。しかし、一般に第一原理計算のコストはシステムサイズの3乗に比例するため、実用的なサイズの大規模な系を扱うには困難が多く、ハードウェアの性能向上だけでなく、その能力を十全に発揮するソフトウェアの開発が必要不可欠である。
原子構造解析や電子状態解析においては、近年のトレンドである超並列計算機に合わせたチューニングや、オーダーNアルゴリズムの開発などにより、数万から数十万原子の系を対象に、現実的な計算時間で取り扱うことが可能となってきている。一方で、デバイス特性を評価する上で重要となる電子輸送特性シミュレーションにおいては、まだ課題が多く残されている。本講演では、第一原理計算の概要や、これまでに取り組んできた電子輸送特性計算アルゴリズム開発、また、これらを用いて半導体/酸化物界面系における欠陥とリーク電流の相関[1]や、20万原子からなる大規模系の輸送特性[2]について解析した研究などについて紹介する予定である。
[1] Y. Egami, S. Iwase, S. Tsukamoto, T. Ono and K. Hirose, Phys. Rev. E 92, 033301 (2015).
[2] Y. Egami, S. Tsukamoto and T. Ono, Phys. Rev. Res. 3, 013038 (2021).
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
ここでは半導体量子ドットにおいて,光で生成された1個の電子スピンとドットを構成する数万個の原子核スピンとの間に働く磁気的な相互作用である超微細相互作用が生み出す不思議な現象を紹介する.もちろんこのような1対多のスピン間相互作用はCentral Spin Problemとして昔から議論されてきたが,半導体量子ドットでの電子・核スピン結合系の研究は2001年の米国Naval Research Lab.のGaAs界面量子ドットを使った研究(PRL 86, 5176)から始まったと言ってよい.スピン結合系の物理現象は,電子および核集団のスピン揺らぎが相互に伝播し合うので,スタンダードなスピン緩和理論に比べてトリッキーで,一見理解が難しい.コロキウムでは,北大着任前の研究も少し紹介し,その後光学的手法による核スピンエンジニアリング研究の一端をお話する.
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世話人:松田理(内線7190、omatsuda@eng.hokudai.ac.jp)
ソフトマターは高分子、液晶、コロイドさらには生体物質までをも含む柔らかい物質の総称です。これらの多くは身近で利用されている応用上重要な物質で、古くから化学、材料学の分野では研究が進んでいました。一方、ソフトマターは構成単位が原子ではなく大きな分子であるのに加えて、それらが周期的に並んでいるわけでもなく、流動性もあるので、結晶を前提とするような物性物理学(固体物理学)の研究対象にはなりえませんでした。しかし、1960年ごろからde Gennes(1991に液晶と高分子の研究でノーベル物理学賞受賞)を中心としたグループなどにより高分子、液晶等において熱・統計力学に基づいた物理的な研究が個別に進展しました。今日では、ソフトマターに共通する物理の整理・統合も目的として、ソフトマター物理学と呼ばれています。
ソフトマターは外力によって固体では考えられないような大きな変形を起こします。さらに、多くの物は流動します。したがって、強い非線形性を示すと同時に容易に非平衡状態になります。ソフトマターは非線形・非平衡現象の宝庫と言えます。ソフトマターは固体にはない色々な物理的性質を持つ一方で、固体と似たような現象も起こします。このような場合、固体よりもソフトマターの方が、現象の長さや時間スケール等の理由で、観測に都合のよいこともあります。
物質および現象の多様性からソフトマター物理学の研究スタイルも多彩です。本講演では、私がこれまで携わってきたソフトマター物理学の研究について、たわいもない思い出話も交えて、お話します。
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世話人:矢久保考介(内線6621、yakubo@eng.hokudai.ac.jp)
H2Oは水素2個と酸素1個からなる分子で、私たちのもっとも身近な物質の一つである。しかしその物性は多様性に富み、地表上の環境下で気相・液相・固相の全ての相を取りうる特異な物質である。そして我々の生活に、様々な角度から非常に深く関わっている。
固相である氷は大気圧・0℃以下で安定な相であるが、液相の水よりも低密度となる稀有な物質である。そのため氷が水に浮いたり、凍結により体積が増加したりする特異な性質がみられる。また疎水性ガスを数十気圧添加すると、低温でクラスレートハイドレートという固相を形成する。日本近海の深海底には天然ガスの主成分であるメタンがメタンハイドレートとして多量に賦存していることが発見され、一次資源の乏しい我が国の貴重なエネルギー資源になりうると期待されている。本講演の前半は、このメタンハイドレートの資源化技術に関する研究や、南極氷床深部に存在する空気ハイドレートに関する研究について紹介し、特に物性測定技術の開発や、結晶成長過程に関する研究について紹介する。
液相の水は、我々の体の半分以上を構成する物質である。体内で水は物質輸送の担い手としてだけではなく、代謝物質として、あるいは体温の恒常性を保つ熱浴としても利用されている。しかし体内の水の働きは、体温である37℃を中心とする非常に狭い温度範囲で円滑に行われるように調節されており、温度が低下することで生命維持が困難となる。その一方で冬の北海道は外気が氷点下となるが、その条件下で植物や昆虫などは生き延びている。こうした生物の耐凍戦略から、私たちは生命の時間を止めることのできる凍結保存技術を開発した。この技術は半世紀以上も前に開発され、現在水産・畜産業等で産業化されているが、そのメカニズムに関しては未だ科学的に解明されているとは言い難い。本講演の後半では、細胞の凍結保存のメカニズム解明に向けた研究や細胞の活性を抑制する研究について紹介する。
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世話人:矢久保考介(内線6621、yakubo@eng.hokudai.ac.jp)
ネマチック液晶は長さが数ナノメートルの棒状分子から構成されており、分子長軸が平均的に一方向に揃った状態である。液晶物質を液体相から冷却した際に最初に観察される液晶相であり、流動性が高く、表面や電場などの効果で配向を容易に変化させることができる。液晶デバイスでは、誘電率の異方性を用いて電気的に配向を変化させ、光学的な性質を制御している。
液晶における配向の取り扱いは、基礎と応用のどちらにも関連した本質的な研究題材である。表示素子内部では、あらかじめ基板の表面を処理することで、配向が一様となるように準備してある一方で、それ以外の環境においては配向が空間的な変形を伴うことも多い。例えば、コロイド粒子表面のような曲面に分子が接している場合には、配向の回転に伴うひずみが生じ、解消できなればトポロジカルな配向欠陥として観察される。現在、ネマチック液晶の欠陥に関する研究は、光学分野への応用やアクティブマターなど、多様な展開を見せており、その構造の制御は興味深い。本講演では、私たちが欠陥を対象とした研究を行うきっかけとなった液晶コロイド系の実験[1]から始め、そこから派生し、現在も研究課題としている欠陥の自己組織化[2]について紹介する。特に後者に関しては、これまでの研究状況に加え、今後の展望についても述べる予定である。
[1] Y. Sasaki et al., Soft Matter 10, 8813 (2014)
[2] Y. Sasaki et al., Nat. Commun. 7, 13238 (2016)
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世話人:矢久保考介(内線6621、yakubo@eng.hokudai.ac.jp)
超流動液体から生じる4Heの結晶化は非常に速く進行する。これは、結晶化の進行に必要な質量輸送が散逸の無い超流動流によって担わること、および一次相転移であるにもかかわらず潜熱の発生が無視できるほど小さいことによる。結晶成長速度が速く、結晶形の緩和時間が短いので、高精度の実験研究が可能である。結晶成長の基礎的・普遍的物理の多くが4He結晶で確かめられてきた歴史がある。一方で速い結晶成長は、通常無視されているような微小な駆動力により結晶形が敏感に変化し、特異な振る舞いを見せることも意味する。例えば、重力変化、流体運動、濡れ性、超音波、摩擦力などの影響を受けて、瞬時にその形を変えることが知られている[1]。超流動液体中を落下する4He結晶、音響放射圧で大変形した4He結晶、非対称振動する基板上の4He結晶などが見せる不安定性、新奇な非平衡形や結晶運動について説明したい。高速の界面運動と超流動流が結合することにより、結晶形が複雑に変化をする様子を動画でお見せする。また別話題ではあるが、最近見出した超流動液滴の落下周期の量子化についても紹介したい[2]。
[1] R. Nomura and Y. Okuda, Rev. Mod. Phys. 92, 041003 (2020).
[2] R. Nagatomo, K. Onodera, S. Kashimoto, Y. Aoki and R. Nomura, submitted.
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世話人:矢久保考介(内線6621、yakubo@eng.hokudai.ac.jp)
準結晶の回折パターンは、普通の結晶には許されない回転対称性と、準周期な長距離秩序を反映した鋭いブラッグピークで特徴づけられる。このような回折パターンを示す準結晶中の原子配列がどのようになっているのかは、準結晶が発見された1982年からの大問題であり、物質の原子スケールでの構造解明は現代の物質科学における基本的課題でもある。
準結晶は3次元で周期をもたないため、通常の結晶構造解析の手法が使えない。しかし、高次元を考えることによって周期を回復することができ、高次元結晶学の手法を用いて構造にアプローチすることができる。たとえば、正20面体準結晶の準周期な原子配列は、実空間に3次元の補空間を加えた6次元空間の結晶を、無理数の傾きで断面をとって得られる構造として理解される。一方で、有理数の傾きをもった断面からは3次元の周期をもつ構造(近似結晶)が得られる。準結晶や近似結晶など、補空間を含む高次元空間において統一的に記述される物質群は、最近では「ハイパーマテリアル (Hypermaterials)」と呼ばれている。本講演では、新学術領域研究「ハイパーマテリアル」[1]と、私が携わっているハイパーマテリアルの構造研究について紹介する。準結晶は、現在までに金属系だけでも100種類を超えるものが創製されてきが、実際に構造の詳細がよくわかっているものはいまだに少数である。我々が構造解析を行ったYbCd正20面体準結晶とZnMgTm正20面体準結晶の構造を中心に紹介する予定である。
[1] https://www.rs.tus.ac.jp/hypermaterials/
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世話人:矢久保考介(内線6621、yakubo@eng.hokudai.ac.jp)
近年、レーザー冷却技術の発展により、極低温の原子・分子を用いた数々の研究が行われている。①量子計算/量子シミュレーション②精密分光による基礎物理学研究③高感度な量子センサーなどの幅広い研究が進められている。
我々はこれまでの研究で、分子の精密分光による基礎物理学研究[1]を行ってきたが、今後は分子の分光精度をさらに大きく向上させることを目標としている。そのためには、従来よりも高速に、かつ多数の極低温の分子を生成するための、新しい冷却手法の開発が重要となる。
そのために、高フィネス(~7万)の光共振器による大きな光強度増幅効果(~2万倍)を利用した大きな(~1㎜)3次元光格子を構築し、その光格子中で実現される新しい冷却手法を開発中である。これまでに107個以上の多数の原子のトラップに成功し、1次元方向の温度として、冷却限界温度とみられる100nK付近までの冷却を実現している[2]。現在はさらに3次元的な冷却にも取り組んでいる。
講演では、極低温原子・分子研究の最近の状況を紹介し、その中で我々の目標がどこにあるかを述べる。さらに我々の今の研究状況と、中長期の研究展望についても述べる。
[1] JK et al., Nat. Commun. 10, 3771 (2019).
[2] 奥田泰崇 他, 日本物理学会2022年秋季大会 14aW933-7.
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世話人:矢久保考介(内線6621、yakubo@eng.hokudai.ac.jp)