現在では、ゲノムという用語は、生物が持つ全遺伝情報と言う意味で用いられ、ゲノム研究とは、全染色体のDNA の塩基配列を端から端まで決定することを意味します。ゲノムの塩基配列を決定するためと、アブラナ類の種々の特性の遺伝子を同定するためには、DNA マーカーを多数作成し、連鎖地図を構築する必要があります。ハクサイ(B. rapa)、キャベツ(B. oleracea)、ダイコン(Raphanus sativus)の様々な形質に関連する遺伝子を解明することを目的に、多数のDNA マーカーを作成し、連鎖地図を作成しました。特に、dot-blot- SNP 法(Shirasawa et al. 2006 Theor Appl Genet 113, 147-155 DNA 変異解析による育種技術参照)によるSNP(single nucleotide polymorphism 一塩基多型)マーカーを多数利用しています。これらのDNA マーカーを使って、グルコシノレート含量(Zou et al. 2013 Plos One 8, e53541)、開花の早晩性(Li et al. 2009 DNA Res 16, 311-323)、葉毛の変異(Li et al. 2013 Theor Appl Genet 126, 1227-1236)、耐病性(Kifuji et al. 2013 Euphytica 190, 289-295)などの遺伝的特性に関するQTL(Quantitative Trait Loci 量的遺伝子座)を見出し、これら特性に関わる遺伝子を同定あるいは推定しました。
B. rapa とB. oleracea は縁が近いにも関わらず、染色体数がそれぞれn=10 とn=9 と異なります。遺伝子の連鎖地図の比較により、この違いは、1 本の染色体が切れてn=9 からn=10 となったというような単純なものではなく、進化の過程でいくつかの染色体が切れたりつながったりして複雑な染色体構造の変化が起こったことによるものであることが分かります。しかし、第1 染色体と第2 染色体は2 種で一致しており、B. rapa の第7 染色体はB. oleracea の第6 染色体と、B. rapaの第9 染色体はB. oleracea の第8 染色体と一致していることが分かります(Ashutosh et al. 2012 Mol Breed 30, 1781-1792)。B. rapa とダイコン(R. sativus)の間では、より複雑な関係になっていることが分かり(Li et al. 2011 DNA Res 18, 401-411)、ダイコンの方がB. oleracea よりもB. rapaから遠縁であることを反映しています。かつて減数分裂時の染色体の対合で染色体の相同性を推定していたゲノム研究が、分子レベルでより詳細にできるようになりました。全ゲノムの塩基配列が分かれば、この関係がより厳密に分かるようになり、アブラナ類のゲノム進化の課程が推定できるようになります。