原子核の二重ベータ崩壊

 ベータ崩壊は、19世紀末に発見された原子核の基本的崩壊モードの一つで、原子核内の核子(中性子・陽子)が別の核子に変わり、同時に電子(または陽電子)とニュートリノが放出される現象です。ベータ崩壊は核子のスピン変化を伴わないフェルミ遷移とスピン変化を伴うガモフ・テラー遷移に大別できます。このガモフ・テラー遷移が2回続けて起こる過程の一つが、二重ベータ崩壊です。二重ベータ崩壊する核種は、これまで11種類が知られており、宇宙の年齢をはるかに越える1000京年以上の寿命で起こります。このことは、二重ベータ崩壊が非常に弱い二重ガモフ・テラー遷移であるということを表しています。

ゼロニュートリノ二重ベータ崩壊とニュートリノ質量の謎

 一度のベータ崩壊ではニュートリノという素粒子が1つ放出されるので、二重ベータ崩壊ではニュートリノが2つ放出されることになります。ところが、もしニュートリノが粒子・反粒子の区別を持たない「マヨラナ性」という性質を持っていた場合、その2つのニュートリノが反応することで互いに消滅し(対消滅)、ニュートリノが放出されない二重ベータ崩壊(ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊)が起こりえます。ニュートリノがマヨラナ性を持つかどうかはまだわかっておらず、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の観測がニュートリノのマヨラナ性の直接的な証拠となるので、世界各地の施設で精力的に観測を試みる実験が行われています。(国内ではカムランド禅が有名です。)

 もう一つ、ゼロニュートリノ二重ベータ崩壊の興味深い点は、その崩壊率からニュートリノ質量の絶対値がわかる、という点です。3世代(電子型、ミュー型、タウ型)のニュートリノの間に、質量の「差」があることは、ニュートリノ振動という現象で分かっている一方で、それぞれの質量はわかっていません。3世代のニュートリノ質量がどのように並んでいるのかは強い興味の的で、精密観測による研究が続けられています。

 ただし、崩壊率をニュートリノ質量に換算する際に、「原子核の中で」二重ベータ崩壊が起こることを考慮する必要があります。いわば、原子核それぞれは実験室のようなもので、二重ベータ崩壊の「起こりやすさ」が原子核ごとに異なると予想されています。起こりやすさは「核行列要素」と呼ばれ、現状、原子核の構造理論によって理論的に予想することしかできません。ニュートリノ放出を伴う二重ベータ崩壊の崩壊率データなどを使って、理論計算の有効性が議論されています。

二重ベータ遷移を誘発する加速器実験

 稀な原子核遷移の話をしてきましたが、理論計算のテストを行うのが目的であるなら、より起こりやすい遷移に注目してもよいはずです。私たちは、一重ベータ遷移にあたる、ガモフ・テラー遷移の研究を、加速器からのイオンビームを用いて行ってきました。今回、二重ベータ遷移に対応する原子核遷移を引き起こし、反応率(反応断面積)を測定することに取り組みました。

 原子核に適度なエネルギーを与えると、原子核中の陽子・中性子が一斉に高い周波数で振動するモード(巨大共鳴)が現れます。なかでもスピン・アイソスピン量子数が二単位ずつ変化する二重ガモフ・テラー遷移が引き起こす巨大共鳴(二重ガモフ・テラー巨大共鳴)は、二重ベータ崩壊と類似の遷移です。先述のように、二重ベータ崩壊は遷移確率が非常に小さく、原子核の遷移の起こりやすさを示す遷移強度はごくわずかですが、これに対して、二重ガモフ・テラー巨大共鳴は、1万倍もの遷移強度を持つと予想されています。二重ガモフ・テラー巨大共鳴は1980年代にその存在が予言されていましたが、これまで観測されていませんでした。

 本研究では、 12Cビームを用いた二重荷電交換反応 (12C, 12Be(0+_2)) を用いることによって高励起エネルギー領域における二重ガモフ・テラー遷移を観測する手法を開発しました。この反応は、従来用いられてきた反応より高い効率で二重ガモフ・テラー遷移を起こすことができると期待されます。また、終状態の 12Be(0+_ 2)が電子・陽電子対を放出して崩壊することを利用して、陽電子が対消滅した際に放出されるガンマ線を検出することで、二重ガモフ・テラー遷移を選択的に捉えることができるという特長を持っています。

 理化学研究所RIビームファクトリー(RIBF)における不安定核ビーム生成分離装置 BigRIPS を用いて、 48Caから中間状態の 48Scを経て終状態の 48Ti に遷移する反応の反応率(二重微分断面積)を観測しました。https://doi.org/10.1093/ptep/ptae174