Rrsの正常値は正式に認定されたものはないが、大きなコホートの成績がいくつか報告されている。そのうち、1万6千人以上のMostGraphデータの報告(Miura E, et al. Respir Investig 2019; 57: 274-281.)によると(参考表)、R5の最頻値は男性で1.79、女性で2.84であった(単位はいずれもcmH2O/L/s )。男女のRrsの差は体格の差に基づく気道径の違いに加えてその他の性差に起因していた。また男女とも、BMIが高いほどRrsは高かった。年齢は女性で高齢ほどRrsが高くなる傾向が見られたが、男性では年齢とRrsの関係は有意ではなかった。
Xrsの測定値はほぼ正規分布で最頻値ではなく平均値を使用する。女性は男性よりも若干陰性側(女性-0.69、男性-0.50)だが、Rrsほど大きな性差はない。また、上記コホートの解析では、BMIが高いほどX5はより負の値をとる傾向にあった。Fres成人平均値は男女とも7Hz前後と考えて差し支えない。リアクタンス関連指標は機器間の違いがあることが知られており、他機種での数値の比較は慎重を要する。
小児でモストグラフを用いた測定を行うときには、小児呼吸システムの解剖学的・生理学的特性や、発育・発達による変化を考慮しなければならない。成人との主な相違は、1) 気道のサイズ(小)2) 気道および肺の弾性(大)にある。気道のサイズは主に身長に、弾性は主に肺の成熟度(年齢)に依存すると考えられるが、これらに加え、多くの因子が複雑に関与している可能性がある。結果として、小児では、生理的に呼吸抵抗(Rrs)は高く、呼吸リアクタンス(Xrs)は負の方向に大きくなり、周波数依存性も大きくなるが、予測値がないと臨床的評価はたいへん難しくなる。
そこで、多施設共同で収集したモストグラフ測定データより、小児における予測値推定モデルを作成した。
対象:国立病院機構三重病院小児科・アレルギー科、昭和大学小児科、国立病院機構南和歌山医療センターの3施設で、6~18歳の軽症のアレルギー疾患以外の疾患を持たない健常ボランティアを募集した。ボランティアには、軽症喘息患者が含まれるため、国際的に検証された小児喘息疫学調査用のISAAC質問紙への回答を依頼、喘鳴の生涯有症(それまでに喘鳴があったか)、期間有症(最近1年間に喘鳴があったか)、医師による喘息診断(医師に喘息といわれた)のいずれも無しと答えた者を健常小児とした。アレルギー性鼻炎(AR)の合併の有無についてもISAAC質問紙を用いて調査した。
測定方法:MostGraph-01を用いて測定した。小児では姿勢など測定条件が不安定となりやすいため、測定中の波形の安定を確認しながら、最大1分間の測定を行い、視覚的に明らかに条件不良の波形は削除した。
統計学的解析:各パラメータ(R5, R20, R5-R20, X5, Fres, ALX)それぞれの呼気(Ex)、吸気(In)、吸気・呼気平均(Ave)測定値を目的変数、測定値に影響を与えると想定される各因子(身長、体重、年齢、性別)を説明変数として、ステップワイズ法の重回帰解析(最小AIcをとるモデルを変数増加法で探索)で変数を選択後、それぞれの予測モデルを求めた。
結果:
①対象の背景
830例を対象とした。対象者の年齢別内訳は表1に示す。アレルギー性鼻炎症状を問う質問に回答した者は736名であったが、ほとんどの年齢層で有症率は50-60%であった(表2)。
②主なパラメータのデータ分布
R5の年齢別のデータ分布を図1に示す。低年齢で高値であり、年齢が上がるにつれて低下して、14歳以上でほぼプラトーになった。
図1 年齢別のR5測定値
性別でみると(図2)、女性は低年齢と15歳以上でやや高値であったが、10~12歳ではこれが逆転していた。Growth spurt発現は女性が男性より早く始まるが、発現時期のずれが見られる年齢と一致していた。
図2 年齢別・性別のR5測定値
身長とR5の関係をみると、身長が低いほどR5は高値であった(図3)。性別の二次回帰直線は前述のGrowth spurt発現の性差がみられる時期の前後で傾向が異なったが、その差はわずかであった。
図3 身長別・性別のR5測定値
アレルギー性鼻炎の合併が測定値に及ぼす影響を検討するため、鼻炎合併者と非合併者における二次回帰直線を比較したが、両者はほぼオーバーラップしていた(図4)。
図4 身長とR5の分布(アレルギー性鼻炎ARの有無)
その他、R20、Fres、ALXもR5と同様の分布傾向を示した(data not shown)。
X5は身長が低いほど低値を示し、その他のパラメータの分布とは逆のパターンをとった(図5)。性差はほとんどみられなかった。
図5 身長とX5のデータ分布(性別)
すべてのパラメータで、年齢が上がるとデータ分布範囲がやや狭くなる、すなわちばらつきが小さくなったが、この傾向はX5でとくに顕著で、データ分布範囲は低年齢で広く、12歳から狭い分布範囲へと収束していくことが観察された(図6)
図6 年齢とX5のデータ分布(性別)
③各パラメータの予測式
ステップワイズ法により選択された因子によるモストグラフ各パラメータの予測式を得た。すべてのパラメータで選択されたのは身長、体重で、一部、年齢を含まないパラメータがあり、性別はいずれのパラメータでも選択されなかった(表3)。
AICc:赤池情報量規準
BIC:ベイズ情報量規準
予測式 y=a1*x1+a2*x2+a3*x3+b
y:各パラメータの予測値
a1:身長cm
a2:体重kg
a3:年齢(才)
b:切片
考察:
モストグラフを含むオシロメトリーでは、上気道から胸腔内気道、肺組織、そして胸壁を含む呼吸器系の力学的特性を測定することができる。広域周波数の空気振動を口腔から気道へと負荷するため、とくに気管支喘息やCOPDなどの気道疾患の形態的・空気力学的異常を検出するために有用である。しかし、この測定原理から明らかなのは、疾患だけでなく呼吸器系の生理的な差異も結果に影響を与えうることである。その点で、成長・発育で変化していく小児の呼吸器系における測定値の差異は、疾患による差異を大きく超えるものになることは容易に想像できよう。そこで、本研究では多数の健常小児を対象にモストグラフ測定データを収集して、呼吸器系の形態や力学特性に影響を与える可能性があり、かつ測定が容易である身長、体重、年齢、性別の各因子によって、各測定値がどのように分布するかを可視化した上で、重回帰解析により各因子で構成される予測式を得た。
本レポートでは、主にR5について、可視化した結果を示した。呼吸抵抗を表すR5は低年齢、低身長、(データは示さなかったが低体重)で高値、年齢が上がり、身長、体重が増加するにしたがって低値となる傾向であった。しかし、14歳以降ではほぼプラトーとなって、変化しないことから、小児の体格から成人の体格に成熟すると、年齢的な変化が消失することがわかった。一方、身長は100㎝から180㎝までほぼ直線的に低下していく傾向があり、成熟を意味すると考えられる年齢とは異なる影響があることが推定された。
性別の影響については、Growth spurt発現時期に性差がある期間で、若干の差異はみられたものの、全体としてデータ分布に性差はほとんどなく、多変量解析のステップワイズ法でも有意な変数として選択されなかった。小児のモストグラフ測定値に性差はないと考えられる。
アレルギー性鼻炎は喘息と強く関連する気道アレルギーと考えられ、喘息のないアレルギー性鼻炎患者で気道過敏性が亢進していたとの報告もあることから、測定値へ影響する可能性が想定された。しかしながら、データ分布はアレルギー性鼻炎の有無によってほとんど同一であり、モストグラフ測定値にアレルギー性鼻炎合併は影響を与えないと結論した。
呼吸リアクタンスであるX5は、R5およびその他のパラメータと異なり、低年齢、低身長、低体重で、負の方向に大きい値をとり、年齢、身長、体重が上がるにしたがって、正の方向に分布していくことが明らかとなった。ただし、この傾向も13~14歳以降でプラトーになることより、気道や肺組織の弾性抵抗の成熟の程度を反映している可能性が考えられた。また、X5データ分布範囲は低年齢で大きく、13~14歳以降で狭い範囲に収束していったが、他のパラメータではこのような傾向はあまり明らかではないため、単なる測定手技のばらつきではなく、低年齢では弾性抵抗の多様性が存在することを示すのかもしれない。
各パラメータ測定値は、身長、体重、年齢それぞれの因子で同一方向に変化していくことを確認したが、個別の因子で分布パターンが異なっていたため、予測式の算出は性別も含めて、すべての因子で多変量解析を行い、変数を選択することとした。その結果、身長、体重、年齢はそれぞれ独立して、測定値と関連することが明らかとなり、各因子で構成される予測式を作成した。
今後は、この予測式を用いることにより、臨床現場での小児モストグラフ測定値の解釈に活用されることが期待される。本研究で可視化した小児期の変化を知っておくことも、測定値の「立体的」理解に資するであろう。
謝辞:本研究で、多数のモストグラフ小児測定データ収集にご協力いただいた先生方に深謝します。
国立病院機構三重病院小児科・アレルギー科 長尾みづほ
国立病院機構南和歌山医療センター小児アレルギー科 土生川千珠
昭和大学小児科 今井孝成