ヒトが生命活動するためには、呼吸は必須の営みである。栄養素から生命エネルギーを取り出し、有効に消費する際、酸素を摂取し二酸化炭素を排出する効率的な機構が必要である。外環境とこのやりとりをするこの役割を担う臓器が肺であり、肺の形態を保つ胸郭であり、その拡張や虚脱させる役割を担う呼吸筋および呼吸補助筋とも呼ばれる骨格筋である。
「ガス交換」、すなわち酸素と二酸化炭素の入れ換えは、肺胞内のガス(肺胞気)と肺胞を取り巻く肺循環に属する毛細血管の間で行われる。呼吸運動のたびに行われる肺胞気の「換気」は、気道を介して行われる。
換気のための空気の移動には、呼吸筋や肺や胸郭などからなる呼吸器系の弾性力などで生じる圧力(P)が必要である。陰圧を生じさせ肺に空気を引き込み(吸気)、陽圧で空気を押し出す(呼気)役割をする。気体が気道を通る際には抵抗(R)が生じる。流れる気流量(V̇)とのには、電気に関するオームの法則によくたとえられるような、次の関係が成立している。
P = R・V̇ (つまり R = P / V̇)
(ここで、V̇(通常はブイドットと呼称)はニュートンの微分記法と呼ばれる記述法によっている。呼吸生理学でしばしば用いられる。Vの時間に対する微分の意味で使用される。単なるVは単に体積量を表すのに対して、V̇は時間当たりの体積の変化量を意味し、気流量(L/min、あるいはml/secなどの単位)の記号として一般に使用されている)
これらの抵抗は、疾患肺で異常を来して、さまざまな換気障害を起こす。個々の病態を解明すべく、歴史的に種々の形で抵抗の測定が行われてきた。代表的な測定として、気道抵抗(Raw: airway resistance)、肺抵抗(RL: lung resistance) および呼吸抵抗(Rrs: respiratory system resistance)がある(図1)。
Rawは肺胞から口腔までの抵抗を表す。Body boxを使って巧妙に肺胞内の圧力が推定可能で、口腔内圧との差圧と気流量から計算する。RLは胸腔内圧と開口部までの抵抗を表す。胸腔内圧は食道にバルーンを挿入して測定する食道内圧を使う。口腔内圧との差と気流量から計算する。RLはRawを含んでいるほか、肺の組織抵抗(Rti)が含まれる。組織抵抗の本態は、肺組織の細胞同士あるいは細胞内の摩擦のようなものである。Rtiをヒトで直接測定することはできないが、理論上、RawにRtiが加わったものであるので、RtiはRLとRaw差(RL-Raw)とみなすことができる。
Rrsは開口部から気道を含む肺および胸郭に至る抵抗を表すもので、MostGraphなどで測定される指標でもある。RrsにはRLが含まれるほか、胸郭抵抗(Rcw)が含まれる。RcwはRtiと同様、胸郭を構成する細胞同士あるいは細胞内の摩擦のような成分に由来する。
Rrs = Raw + Rti + Rcw
あるいは、RawとRtiを合わせて、
Rrs = RL+ Rcw
と考えることができる。
図1 各抵抗の模式図
Rawの測定にはBody boxが必要である。一般に機器は高価で、測定方法や被験者の呼吸にも一定のテクニックが必要なこともあり、呼吸器科のあるような専門性の高い医療機関での利用が一般的である。
RLでは食道バルーンを挿入することが必要で、その点、侵襲的でもあるため、主に研究用での測定が中心である。RLを測定する臨床機器はほとんど商品化されておらず、実験的な装置を組んで測定することがよく見られる。
Rrsの測定は、非侵襲的に安静換気で行える点が利点である。先にIOS(MasterScreen IOS)が商品化されており、臨床や研究の用途で実用化され、欧米を中心に普及した。我が国にも輸入され、研究者を中心に使用されるようになっていた。
MostGraphの開発の端緒は、New England Journal of Medicine誌に掲載された電子ビームCT動画で撮影に成功した、”Dynamic Airway Narrowing”であった。それまで理論的には予想されたことだったかもしれないが、重症COPD患者の安静換気中に気道が吸気相で拡張し呼気相で虚脱することを繰り返す状況を画像で可視化できた。このような状態では、吸気相と呼気相で気道径が大きく変化しており気道抵抗が異なることは明白だった。非常に大きな抵抗値の変化があるに違いないのだが、それを生理検査で可視化するにはどうしたらよいか。行きついた考えは、Rrsの変化をリアルタイムで計測することだった。先行機であるIOSの仕組では、数十秒にわたる呼吸全体の平均値をデータとする方法であった。瞬間の測定値を生データで見てみると、非常にばらつきが大きく、リアルタイムでの測定として表示するには無理があった。瞬間の正確な測定値をモニターするためには、できるだけ短時間の測定の精度を改良する必要があった。東北大学とチェスト株式会社は、機械の構造そのものの新開発に加えて、この課題を解決するべく産学連携の共同研究を開始した。種々の困難の紆余曲折を経て、幸いにも、課題を克服し、薬事承認等の手続にこぎつけることができた。2009年4月より、MostGraph-01が商品化され、現在に至っている。国内で使用されるRrs測定装置としては最も臨床で使われている機器となったと思われる。
換気の状態は、呼吸を起こすための駆動力とそれに逆らう力の力学的条件に影響される。吸気では主に横隔膜筋力が駆動力となり、呼気では腹筋群の筋力が主な駆動力となる(呼吸の駆動力となる呼吸筋の筋力は呼吸筋力の測定で行う)。抵抗が高かったり弾性が強かったりすれば比較的大きな駆動力が必要だし、反対に、抵抗が低かったり弾性が弱ければより比較的小さな駆動力で済む。
換気に影響する抵抗、弾性、慣性などの力学的成分を測定する方法がオシロメトリー(強制オシレーション法、Forced Oscillation Technique; FOTとも呼ばれている)である。空気の流れを機械的な振動(オシレーション)として起こし、その際の圧力や気流量の信号を連続して検知し、変化をみている。
通常、成人の自発的な呼吸数は1分間に12回程度、すなわち0.2回/秒(0.2Hzとも表現される)前後である。この気流に、3~40Hz程度のオシレーションを加える。自発呼吸の大きな波に、小さなオシレーション波が乗った形から自発呼吸の成分を差し引くことで、加えたオシレーション信号の変化を読み取ることができる(図2)。気流量と圧の両方の信号データを解析し、呼吸器系の抵抗、弾性、および慣性の特性を表す結果である数値を算出する。(実際には、余計なノイズの少ない機械的なオシレーション波と異なって、自発呼吸は生体が発生する信号で種々の周波数のノイズが混入しているため、信号処理にノイズ除去が必要となる。MostGraphの開発では、時間解像能の向上が至上命題であり、どうしてもこのノイズ除去を精度よく適切に行うことが必要だった。難産の末、なんとか幸運にもこの難題を解決することができた。この雑音除去技術の開発は取得した特許の一つでもある。本稿では、これらの詳しい説明については割愛する。)
図2 呼吸の波形に乗ったオシレーション波
MostGraphなどのオシロメトリーの測定では、ノーズクリップをした被験者にマウスピースを口にくわえてもらった状態で、安静換気を行った状態で測定を行う(図3)。被験者は呼吸の際にオシレーションによる振動を感じることができる。呼吸の安定をみて測定が開始される。終了までの間(数回の呼吸、あるいは数10秒など測定時間は状況に応じて行う)、大気圧と口腔内圧差(P)と気流量(V̇)をマウスピース部分にあるセンサー群で連続してモニターし測定結果を保存する。
オシレーションにはパルス波またはノイズ波が用いられ、これらはスピーカなどで工学的に発生させている。パルス波やノイズ波は、単一の周波数にとどまらず、4~35Hz程度の広域周波数の正弦波を含んでいる。オシレーションによって生じた信号はコンピューター上でフーリエ解析を使って、PとV̇それぞれに単一の周波数のごとの正弦波に分離して解析する。
図3 オシロメトリーの測定の実際
オシレーションの発生源だけで考えれば、Pが0であればV̇も0であるはずであり、Pが正の最大値であればV̇も正の最大値であるはずで、その相(phase)が一致しているはずである(これを位相が一致している、あるいは位相差がない、位相差が0°であるという言い方をする)。
ところが、面白いことに、図3のようなセッティングでヒトに対して測定すると、位相差が0にはならないのが普通である。つまり、特別な条件下をのぞいて、Pが0であってもV̇は0でないし、Pが正の最大値であっても、V̇が正の最大値とはなっていない。この時のPとV̇の波形では、微妙に双方のピークのタイミングがずれている。波は三角関数、特に正弦関数の正弦波として表現されることが多く、波のタイミングがずれるその差は角度で表現される。2つの波が180°違うといえば、波のピークのタイミングは一致するが正負の逆転した波となる。360°違えば、二つの波は完全に一致し、前後の区別がつかなくなる。この角度の差を二つの波の位相差と呼ぶ。生体のこのようなPとV̇の波形の位相差は、弾性や慣性などの力学的要素の解析に役立っている。
一般に、位相差のある二つの波は、片方の波を2種類に分離して計算することができる。すなわち、位相が一致させた波と90°位相差がある波に分離する。各々についてP/ V̇を計算し、呼吸抵抗(Rrs: PとV̇の位相が一致する成分)と呼吸リアクタンタス(Xrs: PとV̇の位相が90度異なる成分)を算出する。(専門書では、これらの計算を一度に複素関数で行っている式が示されていて、実数部分(実部)がRrsで、虚数部分(虚部)がXrsである。英語論文でみられる単語では、それぞれ、real partおよびimaginary partと表記される。)
RrsとXrsの関係は下記のようにあらわすことができる。
(Zrs)2 = (Rrs)2 + (Xrs)2
ここで、Zはインピーダンスと呼ばれる指標であり、オシロメトリーの場合には呼吸インピーダンスとしてZrsと表記される指標である。Zrsは、RrsとXrsで直角三角形を作った場合、その斜辺の長さに相当する。
Rrsは既述のように呼吸器系としての抵抗(= Raw + Rti + Rcw)を意味する。Rrsを気道抵抗として表記している文献が散見されるが、専門用語としては誤りである。ただし、Rrsに気道抵抗成分が主要成分として含まれており、喘息発作やそれに引き続き気管支吸入剤の吸入などで短時間に気道径の変化が起きたと思われるような場合には、Rrsの変化の大部分はRawの変化と考えてよい。専門用語は正しく使い、結果の解釈を適切に行うことが大切である。
XrsはRrsから、+90°と-90°の位相差の2つの成分の綱引きで成り立つ。一般に+90°は慣性、-90°は弾性の成分とされ、慣性と弾性では180°異なる正反対の関係になっている。したがって、慣性が優勢であればXrsの値は+の値となり、弾性が優勢であれば-の値となる。また、ちょうど釣りあえば、Xrs=0ということもあり得る。してみると、Xrsは呼吸器系としての弾性と慣性の総和を意味する。
なお、空気を振動させて測定している関係上、RrsとXrsには空気の影響が含まれる。実際、振動させる空気が大容量であるとき(例えば、体格が大きく気道内径が大きく長い人)はXrsに慣性の要素の影響が大きくなる。反対に、振動させる空気が少量であるほど(成人と比較した場合の小児の例など)Xrsにおける慣性の影響は少ない。
波は周期的に上下高低強弱を繰り返す性質がある。1秒間に何回繰り返されるかは周波数とよばれる。オシレーション波の特定の周波数を選んで解析することが可能で、周波数に対してRrsやXrsが変化する周波数特性を知ることができる。また、周波数に対して一定の傾向が表れる場合(周波数が高くなると増加または減少などの傾向が見える場合など)、周波数依存性があると言い、周波数が変化しても値がほとんど変化しない場合などは周波数依存性があまりない、というような言い方をする。
IOSやMostGraphでは、オシレーションとして0.2~0.25秒ごとに発せられるインパルス波(IOSでは三角波、MostGraphではハニング波)が用いられている。これらは数Hzから数十Hz程度までの広域周波数帯の正弦波を含んでいる。フーリエ変換と呼ばれる方法で、波形を各周波数に分離して解析することができる。つまり、1回の測定で、RrsとXrsの周波数特性を得ることができる。また、MostGraphではパルス波の代わりにノイズ波での測定も可能である。ノイズ波はパルス波と同様の周波数帯の正弦波を含んでおり、パルス波と同様に解析を行わせることができる。パルス波はわずかな空気の衝撃が感じられるのに対し、ノイズ波はほとんど衝撃を感じずに測定が可能である。(2012年にはIOSとMostGraphの両機器による測定が保険診療適用となったが、保険適用上の名称は「広域周波オシレーション法」とされた。この用語はほぼオシロメトリーと同意である。)