ヘボン宣教師


1853 7.08 ペリー浦賀に来航 1859 7.01 神奈川(横浜)開港 ヘボン夫妻はこの年にアメリカから来日 1867 (慶応3年) ヘボンの「和英語林集成」出版
1868年 明治元年、明治維新 「横浜の歴史あれこれ Q&A」横浜開港資料館 第3版 2017.1.31発行 から引用 (詳しくはページ末参照)

ヘボン博士旧居跡記念碑<横浜市山下町39番地> 次のパネルは旧居跡記念碑の撮影画像から構成 (撮影 2017年6月12日)
■ 外人墓地...のパネルは横浜外人墓地での撮影画像より構成。 画像: 門柱石銘板、墓地説明文・被葬者名銘板、墓石数基 (撮影: 2017年6月12日)。

■ 江戸時代末期から明治時代の初期にかけて、16世紀のザビエル他、カトリック宣教師たちによる宣教以来、第二波の基督教宣教が日本で始まった。
1853 7.08 ペリー浦賀に来航  1854 3.31 日米和親条約(神奈川条約)締結  1856 8.21 アメリカ総領事ハリス下田に来航  1858 7.29 日米修好通商条約締結  1859 7.01 神奈川(横浜)開港  1863 7.03 幕府イギリス・フランス軍隊の横浜駐屯許可  1866 11.26 慶応の大火、関内の大半消失 1867 (慶応3年) ヘボンの「和英語林集成」出版 (上海)   1868年 明治元年、明治維新 「主要横浜歴史年表」の項より抜粋*
宣教医ヘボン:  医療活動を通して布教する医師、ヘボン夫妻は開港年(1859年)にアメリカから来日33年間横浜で活動した。来日初期に施療所で日本人の治療に従事、また日本初の本格的な和英書「和英語林集成を編纂した。この辞典の第3版に使われたローマ字つづりはヘボン式ローマ字として現在広く普及している。ヘボンは聖書の翻訳・出版に献身した。p.8より抜粋*
日本人と外国人の会話 開港後、横浜では外国人への意志伝達のため和英単語集や会話集が出された。幕府は、通訳を養成する英学所を開設。ブラウンやキダーら宣教師は将来の布教活動に備えて私塾を開き、多くの日本人青年に語学教育を実施した。ヘボンは本格的な和英辞書和英語林集成」を編纂し、学塾に後の主相高橋是清らが学んだ。p.21より抜粋*     引用・抜粋 *「横浜の歴史あれこれ Q&A」横浜開港資料館 第3版 2017.1.31発行