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新年のごあいさつ(新年を迎えて想うこと)

2014/01/06 20:50 に yu yara が投稿

沖縄ファンクラブ会長 矢野  弾

 新年おめでとうございます。旧年中は大変お世話になりありがとうございます。

 昨年1110日から23日の沖縄研修ツア-に参加しました。

 初日は料亭那覇で大田昌秀元県知事のお話をお聴きしました。沖縄の現状を丹念に史実に沿ってのお話は貴重でした。また、沖縄ファンクラブ発足時の県知事でしたのでその節、激励をいただいたことが思い出されました。

11日はサンゴ養殖の恩納村漁業協同組合において山城組合長、比嘉指導員の状況説明をうけたあと、沖縄科学技術大学院大学において、田本スペシャリイスト、地域連携セクションリーダーの照屋マネージャー、蔭久マネージャーから説明をうけ、恩納村志喜屋村長を訪ねる。

12日はJAXAの沖縄宇宙通信所において宇宙技術開発㈱の金城広報担当員に日本の宇宙技術のレベルを聞く。恩納村は先端技術の三角地帯が形成されておりこれを活かすことが未来を創りだすものと強く感じました。


 実は沖縄は東京から1,600キロの南に位置しているが、まさにアジアへの日本の玄関である。沖縄フアンクラブは平成8727200余名があつまり霞ヶ関ビルで発足した。翌年、当時の東京沖縄県人会竹田定雄会長と沖縄商工会議所にご挨拶に出かけた。

 竹田会長は沖縄ファンクラブ誕生の由来をのべ、私は「沖縄の活きる道、日本の生きる道」を語った。

 沖縄海洋博は1年間開催されたが300万人来場計画が154万人の来場者であった。大阪万博は6,421万人来場したが、歩いても行かれるし、バス、電車、飛行機、船などアクセスの交通手段が多岐自在にわたった。沖縄は船、飛行機しかない。

 那覇空港のハブ化、港のコンテナヤード化をしないとアジアの玄関は生まれないと語った。201212月にANAの貨物のハブ化ができた。この戦略の遅さはこれではアジアの玄関はほど遠い。基地への対策に追われていても存在感は決して忘れてはならない。現代社会は心と感性と存在感の時代である。

 崎間琉銀会長・商工会議所会頭に株式市場の取引所を提案したが市場が小さいので無理と応えられたが、亡き岸本建男名護市長はその話を聞き金融特区を思い立ちダブリンに飛んだ。金融情報特区は2002年に誕生し100近い企業誘致を果たしたが、金融そのもののソフト不在はもったいない。企業売買取引所を立ち上げれば市場が生まれる。


 もっと大事なことは19456月沖縄の失陥以来平和が続いている。6カ国協議が近年開催されていない。北朝鮮の核問題で休止しているが議長国中国に提案して沖縄開催を実現すれば平和の道への一歩が進められる。平和の礎に刻まれた日米双方の232千人の鎮魂と平和希求への願いは活かしてこそ沖縄の存在感は生まれる。既に2000年には亡き小渕恵三総理の熱意で沖縄サミットが開催された。クリントン大統領は平和へのメッセージを尚泰王の言葉で締め括った。


 良き年であることを心より念じます。

112()の関東沖縄関係団体協議会「新春の集い」でお会いしましょう。

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