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現代情報大航海時代は大きな変動変革の時代 THE ASIA IS ONE アジアは一つ

2013/04/24 14:38 に yu yara が投稿

 岡倉天心が100年前にロンドンで「東洋の理想」を英文で発刊した。その書き出しが「アジアは一つ」で始まる。この言葉は端的で無限の想いが込められているので素晴らしい言葉でチャーミングにして奥が深い。

 岡本太郎は「忘れられた日本」(1961年刊)の文中で「沖縄の御獄で突き動かされた。全く異質だ。なに一つ、もの、形としてこちらを圧してくるものはないのだ。清潔で、無条件である。だから逆にこちらから全霊をもって見えない世界によびかける。

 神聖感はひどく身近に強烈だ。生きている実感、同時にメタフィジックな感動である。静かな恍惚感として、それは肌にしみとおる。」

 この「肌にしみとおる」この言葉こそ沖縄そのものです。

 現在、日本も沖縄もアジアも世界もこの感性を無くしている。目的思考型唯物主義に引きこまれている。志思考型唯心主義に回帰しなければならない。これの優劣を論じては現実逃避になる。分母に志を入れて分子に唯物を入れて考えると現実を承認しながら明日を描くことが出来る。この状況を生み出したのが日本のマスコミである。

 マスコミがそれを理解した時に人間が存在する。朝日新聞に日本を担う緒方竹虎がいたことを朝日新聞は認識することから始めると事実肯定から存在を生み出す。 

 沖縄は東京から1500キロの南端に位置を占めているが、アジアから見ると日本のアジアの玄関である。地図を広げると一目瞭然まさにその地はそのアジアの中心であり、かつて万国津梁の現実に取り組んだ先人の想いは現在も流れている。

現在、日本のアジアの玄関であることは存在感として決して忘れてならない。

 1975年沖縄海洋博覧会が開催されたが300万人の来場計画は154万人に留まった。大阪万博は1200万人来場計画で6000万人の成果をあげた。それは交通のアクセスの差だった。沖縄は飛行機と船の2つである。沖縄の起点はここにある。

 17年前沖縄ファンクラブ誕生のお知らせと案内のため当時の東京沖縄県人会竹田定雄会長と訪沖し、沖縄商工会議所主催の会で私は「沖縄の活きる道、日本の生きる道」を語った。アジアのセンター沖縄構築、そのためにはハブ空港とコンテナ港の建設が必要と述べたが、昨年ANAが貨物のハブ化を始めた。実に遅い。那覇空港に滑走路1本の増設が決まった。時代認識とデザイン力が不足している。

 太平洋戦争終焉の地沖縄の「平和の礎」こそ、アジア、世界の「平和の礎」にする使命がある。

 「6ヶ国協議を沖縄で開催」を中国に提案してこそ沖縄の存在が生まれる。「平和の礎」はそのための使命を担っている。


沖縄ファンクラブ会長 矢野弾

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