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20周年を迎える沖縄ファンクラブ

2016/01/13 13:12 に yu yara が投稿   [ 2016/01/13 13:19 に更新しました ]

会長  矢野 弾

新年おめでとうございます。沖縄ファンクラブはお陰をもちまして20周年を迎えます。

これまでに会員の皆様並びに関係の方々からいただきましたご理解・ご協力に感謝すると共に心より御礼申し上げます。

沖縄ファンクラブの発足については折りに触れ述べてきましたが、発意者竹田定雄氏(当時東京沖縄県人会会長)が「ヤマトの人たちにもっと沖縄への関心を高めていただきたい。観光、転勤で来島した人たちに本当の沖縄を知っていただきたい。」の気持から沖縄ファンクラブ設立を計画し、設立準備委員会を発足させました。竹田定雄、伊江朝雄、私の3人が世話人として発起人の就任要請を進めましたが、早々に応じて頂いたのが沖縄に縁多い参議院議員で第5代沖縄開発庁長官をされた植木光教先生でした。また、一番印象が深かったのが高倉健さんでした。「沖縄大好き喜んで発起人は引き受けます。只、会合には出られません。」シャイな高倉さんならではです。 

平成8年3月3日の読売新聞朝刊の囲み記事に沖縄ファンクラブ発足と会員募集の記事が掲載されたのですが、申込み・問合せ先として自宅電話を掲載したところ2日間で400名を越える照会電話がありパンク状態でした。おかげで平成8年7月27日に霞が関ビル33階の東海大学交友会館ホールで開催した「沖縄ファンの集い」には270名の人が参集しました。設立委員会委員長を努めた私はこの勢いには感謝と熱意を頂きました。

これが沖縄ブームの火付け役となりました。「情報は生命なり、情報は武器なり、情報は未来なり」が新聞と電話のコンビで実証されたのです。話題性を作り出すことは何時の時代でも変わらないし、何が伝播力を生み出すかはその時代の環境を把握することに尽きるものと思います。

沖縄ファンクラブの存在感は企画力とハートにつなげる場つくりがポイントですが、摩文仁の「平和の礎」を「アジアの平和の礎」にすることが使命と思っています。

顧問の竹内經さんがジョン万次郎について歴史的に検証を重ねたことは沖縄の位置づけを学ぶことの要素となるでしょう。また宮良多鶴子さんが実践している「東ティモールの子らと沖縄の子らとの交流」や「東日本大震災の被災地の子らとの交流」など地道な活動も平和の礎に繋げていくと沖縄の存在感が生まれてくると思います。

私が住む世田谷区と沖縄県とは特別の縁があって、毎年沖縄県豆記者団が世田谷区長を訪問しており、本年で55回目になります。私は平成16年に「美ら島沖縄大使」に就任以来、沖縄ファンクラブの役員として、「美ら島沖縄大使」として、また世田谷区民の一人としてお迎えしています。

沖縄ファンクラブは「沖縄を愛する人たちの同心円創りの吸引力」を目指すチームです。

会員皆様のご健勝とご多幸と良き年であることを念じるものです。


1月17日(日)13時 関東沖縄関係団体協議会大城朝夫会長のもと「新春の集い」が開催されます。ホテルニューオータニです。どうぞお出かけ下さい。

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