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121030長島愛生園を訪問して

前回訪問したのは,高校1年生のとき,1981年の夏,母校である六甲学院から奉仕活動員としての訪問でした。

六甲学院はカトリックイエズス会が経営する学校です。「生きがいについて」等の著書がある神谷美恵子医師が愛生園の精神科医長であったこと,マザーテレサが最初に手を差し伸べたのがインドカルカッタで路上生活をしているハンセン病患者であったことから,学校は,教育の一環としてボランティアを志願する学生らを愛生園に派遣しました。

初代園長で文化勲章も受賞した「光田健輔」医師の評価について,現在でも住民の意見を二分するというお話しは,考えさせられます。光田こそが,裁判でも認定された重大な人権侵害を伴う違法な国策を推進したという意見がある一方,光田こそが当時市井の患者に対する激しい忌避と差別から救ったとの意見もあります。患者への断種を決断したのも,それだけ見れば顕著な人権侵害ですが,一方で当時の状況判断における現実的な苦渋の折衷策であったとの見方もあります。神谷に関しても,光田に心酔し過ぎて視野狭窄だったとの批判があります。私にはいずれの言説をも批判することができませんが,光田も神谷も,当時の厳しい社会状況下において患者らに真摯な眼差しを向け,行動を起こしたこと自体に意味がありました。

先日,神戸でホームレスが置き引き(窃盗)をしたとされて逮捕された事件の被疑者弁護を引き受けました。被疑者曰く,「ホームレスを止めるつもりはありません」。なぜなら,一人で家にいても誰も相手にしてくれない,ホームレスをしていると誰彼から声をかけられ,おにぎりをくれる,相手をしてくれるから,とのこと。彼にとっては,差別されることよりも,周りに誰もいないことの方が辛いのです。

熊本県黒川温泉での元患者宿泊拒否事件に関して,元患者らに対する“世間”の誹謗中傷,歴史館に展示のあった中傷ハガキを読んで,それは,ネット上で日々繰り広げられるヘイトスピーチ(差別的な悪意ある言論)と同じレベルでした。昨年,弁護士会で死刑廃止に関するシンポジウムを開催しましたが,ネット上で死刑廃止を主張すれば,賛意を表明するコメントよりも,子どもじみた罵詈雑言が何十倍も並びます。DV(家庭内暴力)被害者支援を主張すれば,「でっちあげ」だの,「離婚ビジネス」だの言われます。差別(烙印を押すことによる相手への侮蔑の言動)は世間のあちこちに散見されます。

社会が複雑化し,容易に「立場」が変化する情報化社会にあって,人々は,長いものに巻かれろ的な安易な立ち位置を求めるようになり,対立する立場を声高に攻撃することで「安心」を求めているように見えます。しかし実は「あいまい」な,そういう態度は,次の瞬間には「攻撃される側」に立たされることに,多くの人たちは気付かないでいるようです。

急速に高齢化が進む旧「療養所」長島が,これからも人権を考える場であり続けることを祈念します。(終)

国立療養所長島愛生園

長島愛生園歴史館