産学連携と「となりの芝生」――知財・人材をめぐる乱気流

posted May 7, 2011, 8:29 PM by Makoto Yokozawa ‎(MOIS.ASIA)‎   [ updated May 7, 2011, 9:40 PM ]
(日経デジタルコアのコラム寄稿を元にした改変版です。)

就職前に大学で9年間を過ごし、職を得てからは学生指導や研究開発で産学連携の仕事に多く携わってきた。そのため、産学双方の思考回路について、何となくではあるが分かった気がしている。情報社会をわれわれの望ましい姿で実現する中長期的なカギとみられる、知財と人材のかろやかな交流が、今なかなか進まない背景について考えて見たい。 

日本の産学連携の現状  2003年11月に発表されたOECD統計によると、日本の官民研究開発投資の対GDP比率は3%で、G7の中でトップである(EUは2%、米国は2.7%)。しかしその中身に目を転じると、投資のほとんどは民間に依存していて、政府による研究開発投資比率はOECD加盟国中最下位である。 さらには産官学間の研究開発資金の移動が官→学(2001年度1兆2600億円)が、官→産(同3000億円)、産→学(同865億円)を著しく凌駕していて、偏った連携の一端を感じさせる。米国では逆に、官→学(2002年202億ドル)より官→産(同298億ドル)の方が多く、産→学(同23億ドル)の額も、経済規模比を超えて大きい。官の金額には国防省予算も含むが、これを除いても活発なセクター間の連携が行われていることは、間違いない。 企業の立場としては、もっと政府による研究開発投資が積極的であってほしいし、その用途については、産業界の価値観を経由した形で産学連携の場に生かすような流れが定着することが望ましい。また、資金という資源だけでなく、人材、知財の交流がもっと積極化されることが重要だろう。 

ヒューレットパッカード――産学連携の成功例  これは単に国の政策を問題視するだけで片付く問題でもない。隆盛期のシリコンバレーにおける産学連携を語るとき、ヒューレットパッカード社の例が良く参照される。大学発起業の大成功例であり、そのことを歴代の社長も社員も誇りにして、激動のIT分野で勝ち組に残り続けている企業である。 起業時のフレデリック・ターマン教授の強力なバックアップのみならず、その後も人材面で従業員の大学の場での研究を奨励し、知財面では常に大学との関係を重視した技術開発戦略を続けている。成長過程における同社の特徴として、初期の計測器からプリンター、ソフトウエアまで定期的に販売の主力となる製品分野が交代し、常にイノベーションが起こっていることが挙げられる。人材と知財の両面での産学連携への真摯な姿が、これを支える重要な要素の一つである。 日本の産学連携に目を転じると、産学連携の成功例が非常に少ないことが問題視されている。特にソフトウエア分野において、技術移転が大規模に成功した例を探すのに非常に苦労する。社会で広く用いられる独創的なソフトウエアが、日本でなかなか育たないのも、こうしたところに理由があるのかもしれない。 

情報工学から情報学へ  学問としての情報技術を情報学という。各大学における情報学に関係する学科、研究科は、おおむね昭和30年代半ばに計数工学、数理工学などの名称で工学部の中に開設された学科を出発点にしている。情報工学科の名称が使われだしたのは、さらに10年ほどあとの昭和40年代半ばで、このあたりから社会における情報技術の利用も加速している。2004年の今、第1期の卒業生の方たちが50歳代に入り、社会の要所において活躍されている。また、最近10年は「情報学」という新しい学問領域の名で学科、研究科の創設や改称が盛んである。 一方で、政府の主要な委員会メンバーや政策、施策の担当者の経歴を拝見していると、情報工学科を出身とされている方がほとんど見当たらない。このコラムの執筆者の方々も、情報関係を専門に専攻する学科のご出身はごく少数である。かく言う私自身も大学ではコンピューターばかり使っていたとはいえ、情報工学科の卒業ではない。 とはいえ、これは決して悪いことではない。情報技術が社会全般に浸透するにつれて、「作る側」との認識が強い情報工学科出身者よりはむしろ、「使う側」の視点を優先することの方が望ましいからだ。さまざまな立場から議論する方が面白いし、政策や施策の立案遂行は、学問としての情報工学とはまた別なスキルであるということも理解できることだ。 しかし、あまりにも少なすぎないだろうか? 見ていると時々、公的委員会での審議が、技術的な内容に立ち入った途端に平坦な議論になったり、誤解に基づいた発言で混乱がなかなか収束しなかったりする。情報の専門知識をベースとしながらも、決して偏った技術論ではない鋭い視点で、情報社会における数多くの課題に一石を投じる人があと1ダース以上いても不思議ではない。 旧来の情報工学と情報学の違いは、この点で大きな意味のあるものだ。「作る側」のスキルである情報工学のみならず、広く社会とのかかわりを論じる情報学の教育研究により、今後ますます多彩な人材が輩出されることが期待される。ただそういう人々の活躍が軌道に乗り、リーダーシップを発揮するには、まだ10年単位での時間がかかりそうだ。 

企業では情報学人材の活用が進まない  大学では、ビジネスと情報学との接点について講義をしているが、大学院に入りたてで、まだ社会経験の乏しい学生たちを前にして、最初にビジネスを語るときに、時々意識のギャップを感じることがある。それは、「ビジネス=金儲け」という本質的な図式に対する無意識の抵抗感で、研究と実業の二つが彼らの頭の中でまだ未分化なことから来るものだと理解している。そういう場合、「売り上げ」、「利益」という言葉の代わりに、「価値(バリュー)」という表現で説明すると、ある程度抵抗感を中和することができる。 こうした抵抗感は通常、新人研修やOJTの期間にだいたい不感症にされるものなのだが、逆にこうした感覚が、結果として大きなビジネスに結びつくこともないとは言えず、企業としては悩ましいところだと思う。その一方で、中にはこうした抵抗感をはじめから持たず、いきなり学生ベンチャーなどを立ち上げて、ビジネスの世界に旅立って行くものも多い。 日本の産業を支えている情報システムを作り、運営する情報サービス分野では、エンジニアの基礎的な能力とスキルのマネジメントが大きな問題となっている。情報システムはあらゆる企業の経営戦略に大きくかかわり、その技術的な優位性が業績に直接影響を与えることは言うまでもない。その情報システムにかかわる企業や部署は、もっと独自技術開発や先端技術の取り込みを中核に、競合他社との差別化を図るべきである。 と、ここまではいろいろな場で議論されていることなのであるが、こうした文脈の中で大学の人材、特に新卒業生について語られることは、ほとんどない。企業側では情報学の学生がどのようなテーマで研究をして、どのような成果を挙げたかということは、あまり注目していないのである。 

情報学の成果をいかに“財産”として評価できるようにするか  このことは実は人材に限った話ではない。情報関係の研究は、国、民間を問わず相当多くのリソースを投入して進められているのは疑いようもない。しかし産学連携はなかなか進まず、特に情報学研究の中心となるソフトウエア分野においては独特の難しさがあると思う。 創薬や材料、デバイスなど、特許化しやすく知財パッケージとして企業側が評価しやすい性質の研究分野では、知財流通やマッチングで課題があるものの、おおむね産学双方にとって実りある連携を実現しやすい。薬の新成分や、新材料、新デバイスなどは、研究の成果がビジネスモデルの中の一部品としてそのまま使えるからである。ところが、ソフトウエアについては大学の中で進められている研究成果をそのままビジネスの現場に適用できるケースは稀で、技術の思想や基礎的なアイデアを再度すくい取って実装しなおすということが必要な場合が多い。 いわば情報学知財は、パッケージ化が本質的に困難な分野であり、特許の形での知財流通も、限定的な場面に限られる。従って研究成果が形成される初期段階から産学共同研究のフォーメーションを組むなど、いろいろな工夫をする必要があると思う。 一方人材資源については、技術者教育認定制度(professional accreditation)の運用が始まっている。これは各教育機関ごとに、教育の質を第三者機関が認定して、卒業生の人材としての能力を保証するものであり、国内での整備が望まれていた制度である。言い方は悪いが、大学単位で人材の能力をパッケージ化してわかりやすい基準で判定できるようにするしくみと言えよう。ただし、前項で述べた企業の技術戦略に直接関係するほどの専門性、独自性を判定するのは、個別の評価が必要となるだろう。 

企業と情報学の「となりの芝生」現象  後発だからという理由もあるだろうが、情報学の分野においては、大学と企業の間には、まだまだ大きな距離があるといわざるを得ない。理由の一端は上記のようにまだまだ情報学の出身者が社会全般に浸透していないからであり、もう一つは双方が同じ感覚で評価を行うことができる「パッケージ化」が難しいからである。 距離があるだけに、お互いに相手の立場を羨望する「となりの芝生」現象が蔓延していると思う。企業側は、明日のわが社の稼ぎ頭となり、まだ誰も目をつけていない独創的な技術の種を大学に求める。一方で大学では、ビジネスの現場にこそ新しい研究の着想の種が転がっているはずだと認識している。理想としてはそうあるべきではあるが、現実とのかい離を克服するには、まだこれから多くの失敗と再挑戦の経験を積み重ねてゆく必要があるのかもしれない。 ◇ ◇ ◇ 

参考)この稿の一部は、京都大学情報学研究科の上林先生と2002年1月にディスカッションさせていただいた内容に想を得ている。この時の先生のお話をまとめて、野村総合研究所の刊行物「ITソリューションフロンティア」にも掲載させていただいた。(http://www.nri.co.jp/opinion/it_solution/2002/pdf/IT20020403.pdf
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