■従来の構成
ロードセルや脳波計などの増幅器での誘導ハム成分の除去として、ノッチフィルター回路が用いられる。アクティブなノッチフィルター回路としては、負帰還部にオペアンプのボルテージ・フォロワーを堂々と入れて、Qを操作するRfb1、Rfb2の抵抗器から初段のT型フィルター回路へのバッファーとして組み込む例がよく見受けられる。
ボルテージ・フォロワーを負帰還部に挿入することはインピーダンス的にアイソレーションをとることが目的であるが、オペアンプで組む回路として、負帰還部にオペアンプ回路を入れることによる発振などのリスクの懸念をもつユーザーは少なからずいると思われる。
しかし、「量産でも問題は起きていませんよ」と言われるとそれ以上は説得できないのが現状であろう。そこで、このボルテージ・フォロワが必要か、少し突っ込んだ解析をしてみよう。
■超高域までの特性をみてみよう
下の図は上記のノッチフィルター回路の等価回路である。
この等価回路でのフィードバック量はRfb3で変更できる。Rfb3の変更では回路自身のゲインも変更してしまうが、この値を470Ω~33KΩの範囲で変えた場合の等価回路のCASL87でのソース・コード・ファイルの格納されたフォルダを圧縮ファイルとして、下のリンク先より取得できる。
https://mega.nz/#!lMhg2YJB!k2QHCTi2eSBMpxFHHiY9YjBa_4jEzNdBwV7uFxms1RE
■やはり、問題あるじゃないか
10MHz前後にピーク点ができているのが判るだろう。ただし、シミュレーションに使用したと等価回路のオペアンプ部が各定数の若干の違いにより、ピーク点の周波数やゲイン値が実際とは異なる場合もあるが、ここでの趣旨からは問題にしない。問題となるのは上図の10MHzあたりにピークができていることそのものである。
■この問題、シミュレーターでいとも簡単に明らかになる
超高域でピーク点を持つ場合、発振とまではいかなくても、矩形波入力のステップ応答で出力がオーバーシュートしたりするのは必然である。こういった事態はできるだけ避けたい。
下の図のように出力からのフィードバックのラインをカットして、オープン・ループ特性を検討してみよう。この等価回路の対象は上記の周波数特性の赤ラインで示す特性の回路である。
出力のノード番号7にはフィードバック系の抵抗器だったRfb3、Rfb2、Rfb1を負荷ダミーとして入れておく。入力だったノード番号100は元々、信号源だったので、GNDに落とす。入力はフィードバックの抵抗Rfb3の元出力側をノード番号10とする。出力はノード番号7である。
同じく、CASL87、GR87を使用して、オープン・ループの周波数特性を求めることにする。ソース・コードを下記URLよりダウンロードできる。
https://mega.nz/#!gconiaxD!PFK5BgbpRRBfkm-bZxifx8lOwg1KNz77iJjyBFM_J3g
位相はベースとして反転しているので、CASL87用ソース・コードのCalculation文での位相のオフセット値の指定は、+180[deg]か、-180[deg]にする。位相のオフセットの指定で正負の違いは計算を始めた最小周波数の位相の値によって影響を受けるので、CASL87でのシミュレーション結果をもとに再度、位相のオフセット値を設定して修正を加えることを推奨する。
■判断の要は位相-135deg.のポイントだ
ボード・プロットによる安定性判別は、オープン・ループ特性のゲインと位相の関係を基にする。世の中の教科書の中には、安定性の基準は-180deg.のポイントでのゲインが0dBを下回ることしか述べられていないものもある。単発パルス(単一矩形波)の入力に対して出力のステップ応答がオーバーシュートしてもまた、リンギング状態であっても、収束しさえすれば、安定とみなすことからきている考えだ。
しかし、このような状況では基板の配線パターンの組み方次第では、思わぬ発振を誘発したり、ステップ応答で不要輻射を発生しかねない。
下の図は、上記のオープン・ループ特性特性である。ここでは、位相回りが-135deg.のポイントを見てみよう。
この-135deg.のポイントでのオープン・ループ・ゲインは+3dBもある。オーバーシュートを避けるためにはこのポイントでのゲインは-20dB以下であってほしい。
■ボルテージ・フォロワーはやめよう
本来、T型フィルターの素子とフィードバック抵抗とのアイソレーションをとるためのボルテージ・フォロワーであるが、思い切って削除しよう。要は、ボルテージ・フォロワーによるアイソレーションがなくても、同じフィルター特性であればいいのだ。
下の図は、ボルテージ・フォロワーのオペ・アンプがない構成のノッチフィルター回路である。T型フィルターからみて負帰還抵抗Rfb1やRfb2のインピーダンスが充分低ければよいのだ。このとき、Rfb3の抵抗値はオペアンプの出力にとって充分ドライブできる値であればよい。
上記の回路のオープン・ループでの構成を下の等価回路で示す。クローズド・ループでの基本ゲインは先のボルテージ・フォロワーの場合と同じにフィードバック素子(Rfb1、Rfb2、Rfb3)の値を設定してある。
CASL87のこの等価回路でのソース・コードは以下のURLより圧縮ファイルとして取得できる。
https://mega.nz/#!gU5TDYjT!pvx-QQHcffIA2DTampSxqxybUIZdcQHbfy9WsGvSYqs
上記の等価回路のオープン・ループ特性を下の図に示す。
位相が-135deg.のときのゲインは-8.22dBと0dB以下であるが、本来は-20dB以下はほしい。それでもボルテージ・フォロワーが存在した場合よりは充分安定した状態である。
下の図に本来のボルテージ・フォロワー無しのノッチフィルター回路であるクローズド・ループ回路を示す。
上記の非ボルテージ・フォロワー型ノッチ・フィルター回路のCASL87でのソース・コードは下記URLよりダウンロードできる。
https://mega.nz/#!cZJ0wITR!rL6VbZD8vDyz08_KFlssv8OZ5_Z6ofnWQDNMqeQf0xw
この非ボルテージ・フォロワー型ノッチ・フィルター回路の周波数特性を先のボルテージ・フォロワー付きの回路の特性とともに下の図に示す。青のラインがボルテージ・フォロワー付きであり、赤のラインが今回の非ボルテージ・フォロワー型ノッチ・フィルター回路の特性である。
非ボルテージ・フォロワー型ノッチ・フィルター回路の特性にはピークポイントはない。この両者のノッチ・フィルター回路の50Hz付近の特性を上図の下部に示すが、両回路の特性は重なっており、ボルテージ・フォロワーの有無の差はないことが判るだろう。
このノッチ・フィルター回路の出力はせいぜい1Vp-pもないとすると、フィードバック抵抗Rfb3で消費される電流は1mAもないためオペアンプの出力負担としては問題とはならない。
つまり、オペアンプを継ぎ足してまでボルテージ・フォロワーを組み込む必要はないということである。部品のコスト的にも、また、実装上の手間としても無駄であることが判るであろう。
■実用的なノッチ・フィルター回路
ノッチフィルターはセンサー及びその配線が誘導ハムを拾った場合にそれを除去するためのものである。しかし、増幅器により欲しい信号と一緒に増幅したあとでは、増幅されたハム信号に目的の信号が重畳して増幅器の出力がその電源電圧にぶつかり、クリップしてしまう。そこの段階でノッチフィルター回路を入れても無意味になり、そのまま、AD変換回路にもっていってもトラブルになってしまう。
それを避けるためには、センサー出力を受ける初段の増幅器そのものが、ノッチ・フィルター回路としての機能をもち、最初の段階でハム成分を除去しておく必要がある。つまり、初段のノッチフィルター回路で入力の微弱信号を大きく増幅させておくのだ。
下の図の回路は初段に置かれるノッチフィルターとして30dBのゲインを有する回路としてフィードバック系の抵抗Rfb3を63.45KΩとしてある。実際には、ふたつのE12系列の抵抗を並列、或いは直列接続してフィードバック系のこれらの抵抗を構成する。
初段のノッチ・フィルター回路としては、他に出力の直流電位のオフセット調整やノッチ・フィルターとしての50Hz、60Hzの切り替え回路などの付加回路が必要だが、ここでは触れないでおく。
この等価回路のCASL87でのソース・コードは下記URLよりダウンロードできる。
https://mega.nz/#!5cQEiYgY!3vm8pYsC0ck1CLFzGCVQDT4MohLxGOPXIwxYwzKM2_Q
上記の回路図の周波数特性を下図に示す。高域は約600KHz程度までになっているが、充分な帯域であり落ち方も緩やかだ。
この回路でのオープン・ループ特性を見てみよう。下の図はオープン・ループの等価回路である。
上記のオープン・ループの等価回路の周波数特性を下図に示す。安定性判別の基準とした-135deg.でのゲインも約-28dBであり、-20dBを充分下回っている。
この等価回路のCASL87でのソース・コードは下記URLよりダウンロードできる。
https://mega.nz/#!5VxUlC4T!D3VZqrHuSxGKDC7sTvrH41Bm3sBSzovloEcXELle57I
■シミュレーションの重要性
CASL87、GR87を使用してノッチ・フィルター回路の各種周波数特性をシミュレートすることによって、これまで問題のないと思っていた状態が、実はリスクを背負っている、或いは逆に、インピーダンスのアイソレーションを気にしていた部分も素子の値を工夫することによって問題のない回路に仕立てられることが判ったであろう。
お浚いしておくと、安定性の判別は以下のとおりである。
・オープン・ループ特性上で、位相が-135deg.でゲインが-20dB以下であること。(-180deg.での評価は妥当でない)
-135deg.で、ゲイン0dB以下云々を説く制御理論の教科書も多いが、ステップ応答でオーバーシュートを起こさないベッセル・フィルター的な特性を追求するなら上述の-20dB以下を判別の材料にすべきである。
上述してきたようにCASL87、GR87を使用してオープン・ループの周波数特性をボーデ線図として利用した安定性判別は、制御理論としては古典的ではあるが、今日でもタフな判別法であり、ゲインと位相という実験室に常在しているオシロスコープやサインウェーブ発振器で検証できるので皆の賛同を得やすいという大変な利点がある。
実際ではノイズなどの影響で埋もれてしまって、実測が困難な部分もシミュレーションによりその実態が明白になり、フィードバック回路の安定性を追求した設計ができる。また、素子の定数もその誤差範囲を想定して、その影響を認知することで余裕度のある特性を実現できる。シミュレーションの重要性は今後も電子回路やメカの動作設計にとって大きく認識されていくだろう。
<記: 村岡如竹>