基礎生理学01 - 体温調節

2010/08/29 7:56 に KAZUYUKI KANOSUE が投稿
「生理学はじめの一歩」(彼末,メディカ出版)第2章より
 
「平熱」はなぜ保たれるのか
 体調を崩して病院へ行くと、まず看護婦さんに「熱を測ってください」と言われます。普段36℃の体温が37℃になれば、私たちの体は「熱が出た」ということになるのです。実際、平熱から1℃体温が高くなると、疲れたりいやな気持ちになるものです。日本でも真冬には0℃(あるいはそれ以下)になり、夏の盛りには40℃近くまでも外気温は変わります。それにもかかわらず、私たちの体温は、生まれてから死ぬまでほぼ36~37℃ぐらいに保たれ、そこから数℃以上はずれることはほとんどありません。体温はいったい、どのようにしてこの狭い範囲に維持されているのでしょうか。
 図1はヒトを含めていろいろな哺乳類と鳥類が、0℃から50℃の気温に曝されたときの体温の変化を表しています。多くの動物では、ある気温以下では体温はそれほど変化しませんが、気温が一定以上高くなると体温を維持できなくなります。ところが唯一ヒトだけは、外気が50℃になっても、体温は37℃を維持することができています。これはヒトが汗をかくことができるからで、短時間であれば150℃でも耐えることができます。このようにヒトは、体温調節の点から見ても優れた種であるといえるのです。

どこの温度?
 私たちの体温はどの程度一定なのでしょう。一概に体温といっても、全身各部が同じ温度というわけではありません。またそれは、環境温によっても大きく異なります(図2)。寒冷環境下では高温部は体幹と頭部に限られ、四肢の温度は低くなりますが、一方、温暖環境下では高温部は皮膚の直下まで拡大します。しかし、コア(core)と呼ばれる体の中心部の温度は、環境の温度変化にかかわらず、ほぼ37℃と一定に保たれています。これに対し温度の変化する外側の部分はシェル(shell)と呼ばれます。
 コアには脳が含まれます。脳の細胞は温度の変化に対して非常に弱く、コアの温度、すなわち「脳の温度」を一定に保つことが体温調節の重要な目的になってきます。臨床的にはコア温度の代わりに脇の下の温度(腋下温)が日本ではよく用いられますが、脇の下を閉じて10分以上経たないと本来の体温(コアの温度)にならないので、注意が必要です。

ワニとヒト
 私たちの体は、体温調節のために実にさまざまなことを行っています。
 夏の暑い日のことを考えてみましょう。体からは、汗が流れ(●)、皮膚の血管が拡張するため顔はピンク色になります(●)。そんなときには、薄着(できることなら裸)でいたい(○)。それでもだめなら(あるいはだめでなくとも)、クーラーのスイッチを入れる(○)。水浴びも気持ちがよい(○)。反対に冬になれば、厚着をして(○)、部屋には暖房を入れる(○)。そして、皮膚の血管は収縮して青白い顔になり(●)、鳥肌が立ち(立毛)(●)、ガタガタふるえる(●)。これらはすべて体温調節のためのものです。このような反応を見てみると、意識して行うもの(○)と意識しないでも起こるもの(●)の二つに分けることができます。前者は「行動性体温調節」、後者は「自律性体温調節」と呼ばれます。一方、「変温動物」と呼ばれるものでも体温調節を全くしないわけではなく、行動性体温調節は行っています。たとえばワニは朝、まず夜に冷えた体を日光浴して暖めます。そして体温があるところまで高くなると今度は日陰に入って涼み、そして体が冷えればまた日なたに出るということを繰り返します(図3)。このような行動性体温調節の系統発生学的な起源は古く、ワニ(爬虫類)ばかりでなく魚、さらにミミズや昆虫も行っています。これに対し、ヒトを含めた哺乳類と鳥類(恒温動物)は、こんな面倒なことをしなくとも体温を保てるようになっています。それは「自律性体温調節」を備えているからです。つまり、自律性体温調節ができるかできないかで、恒温動物と変温動物とに分かれるのです。

機械も生物も同じ
 私たちの体温の調節も冷暖房や恒温槽の温度の調節も、基本的原理は同じです。ビーカーの水の温度を一定(たとえば25℃)にする場合を考えてみましょう(図4)。そのためにはまず、水の温度を測らねばなりません。もし温度が25℃より低ければヒーターのスイッチを入れ、そして温度が徐々に上がり25℃になったらスイッチを切ります。逆に水の温度が25℃よりも高いときには、25℃になるまで冷却器を動かします。このようにある量(この場合は温度)を調節するには、それを測る「センサー」が不可欠になってきます。そして目標とする値からその量がずれると、それを打ち消すための操作をしますが、これを「ネガティブフィードバック negative feedback」と呼び、工学系で広く用いられる制御原理です(図4)。体温の調節もこれと同じように行われています。まず温度を測るセンサーが必要になってきます。体温といっても本当に調節したいのは「脳の温度」であることは前述しました。それならセンサーを脳の中に置いてそこの温度を測るのが一番よい方法になりますが、実際私たちの脳には温度計が備わっているのです。その代表的なものが、視床下部にある「温度感受性ニューロン」です。このニューロンは、脳の温度が上がると活動が増加する特性を持っており、ここからは効果器(皮膚血管や汗腺)へ遠心性の信号が送られています。そこでたとえば体温が上がると、その信号により引き起こされた血管拡張や発汗の作用で、体温は低下するようになっています。つまり、ネガティブフィードバックが働いているわけです

 ところで、私たちが急に寒い部屋に入るとすぐにふるえが起こったり、逆に急に暑い空気に曝されると汗がドッと噴き出したりしますが、これは体温(脳温)がほとんど変化しないほど短い間の反応で、フィードバックが働いた結果ではありません。それは、この環境に居続ければ体温が自然に変化することを、脳があらかじめ見越して効果器を働かせていることによるもので、「予測制御」と呼ばれる調節方法です。これには体温よりも環境温の情報が重要であり、それを検出するため皮膚にある温度受容器が働いているのです。皮膚温度受容器は、温度の絶対値よりもむしろ、その変化に強く反応します。この作用は外部環境の温熱的な条件が変化したことを検出するのに好都合で、予測制御が働くのに適した特性です。皮膚温度受容器からの情報も、やはり脳の視床下部へ送られて効果器反応が現れます。このように視床下部は、体温調節に中心的な役割を果たしており、体温調節中枢と呼ばれています。
 
省エネ・省資源
 私たちが高温に曝されたときまず起こる反応は、クーラーを入れたり、服を脱いだりする「行動性体温調節」です。そして行動だけでは体温を維持できないと、皮膚血管が拡張して熱放散が増加し、それでも体温が上昇すれば、最後には発汗による水分の蒸発という熱放散が起こるわけです。しかし、もし行動性調節で体温維持に適当な温熱環境条件が得られれば、体温調節のためにはそれ以上何もする必要がなくなります。また、発汗は熱放散という意味では強力な方法ですが、体の貴重な資源である水を必然的に消費してしまいます。このように考えると、行動性調節→皮膚血管拡張→発汗、という動員の順番は、非常に合目的的であることがわかります。
 一方、寒冷に曝された場合でも、最初に起こるのは暖房や着衣といった行動性調節で、それでも不十分なときに、ふるえや非ふるえ熱産生(ふるえによらずに褐色脂肪組織を燃焼させる代謝の増加)が起こります。ふるえと非ふるえ熱産生はともにエネルギーを消費し、さらにふるえは、骨格筋を効果器として使うので運動が大きく制約されるという点で、非ふるえ熱産生より問題があります。実際、非ふるえ熱産生の機構を持つ種では、ふるえが起こる以前に非ふるえ熱産生が働いて、体温を維持することができます。このように寒冷に対しても、行動性調節→非ふるえ熱産生→ふるえ、という動員の順番は、エネルギー消費が少なく、運動を制約しない合目的的なものであるということができます。

 最初に述べたように、ヒトは高温に対してとくに優れた体温調節能力を持っていますが、それは汗をかくことができるからです。発汗は体中の皮膚に分布する200万から500万もの汗腺によってなされています。ただし、すべての汗腺が発汗能力を備えているわけではなく、能動汗腺と呼ばれる一部の汗腺のみが働いています。能動汗腺の数は、ロシア人180万、日本人230万、フィリピン人280万ですが、これは人種のちがいや遺伝的に決まっているものではありません。日本人でも、2歳以下で熱帯に住んで、暑さに曝される機会が多くなれば、能動汗腺数は現地の人と同じ程度にまでなることがわかっています。現代社会では空調が発達しているため、夏にいつもクーラーをつけていると、子どもも暑さに十分に曝されないで成長してしまうかもしれません。その結果、その子は能動汗腺を発達させるチャンスを失うことになります。
 発汗は1日10リットルにも達することがあります。たとえば体重70kgの人が炎天下に10分いると、体温が1℃上昇するだけの熱量が体に入りますが、100gの汗が蒸発すれば、この体温上昇を抑えることができます(体比熱0.83、水の気化熱1g、25℃で583calとして計算)。このようにして生体は、自然に体温調節をしながら体を守っているわけです。
 また緊張したときに起こる発汗は「精神性発汗」と呼ばれ、俗に「手に汗握る」と言われるように、手掌や足底に顕著に見られます。これは手足の摩擦を大きくするためで、ヒトの祖先が樹上生活をしていた名残りと考えられています。
「熱が出る」とは?
 病気にかかると発熱することはよく知られています。これは体にとって何か良いことがあるのでしょうか? 図5はこの問題を考えた面白い実験で、トカゲを異なった温度の部屋で飼育し、観察したものです。トカゲは変温動物なので、体温は部屋の温度とほとんど同じになるはずです。このような状態で細菌を感染させて、生存率をみてみました。すると、飼育温度(体温)と生存率との間に有為な相関関係があることがわかったのです。つまり、34℃で飼育したトカゲは4日後にはすべて死亡しましたが、温度を高くするにつれて生存率は上がり、42℃で飼育したトカゲは、7日たっても75%が生存していました。さらに高温、低温の二つの部屋を用意してやると、トカゲはちょうど日なたと日陰を往復するように二つの部屋を行き来して、体温を一定の範囲に維持していました。このような条件下で細菌感染させると、高温の部屋にいる時間が長くなって体温が上がります。これは「行動性発熱」と呼ばれ、ヒトでも熱の出るときには布団をかぶったりして暖かくしたくなるのと同じです。
 そこで、発熱しているトカゲに解熱剤を打ってみました。すると低温の部屋にいる時間が長くなり体温は下がりました。そして解熱剤を投与した群としなかった群で生存率を比較すると、解熱剤を投与した群(非発熱群)は3日ですべて死亡したのに対し、投与しなかった群(発熱群)は7日後でも90%以上が生き残っていました。似たような結果は哺乳類(ウサギ)でも得られており、どうやら、ある程度の発熱は生存に有利に働くことは間違いないことがわかりました。実際、高い温度は多くの病原細菌の増殖を抑制し、また免疫担当細胞(リンパ球)の活性化を促します。つまり発熱は、私たちの体が病原体と闘っているサインであると言えるのです。熱が出ればなんでも解熱剤というのは、自ら闘いを放棄してしまうことになり考えものです。

 ところで発熱が起こるとき、ヒトの体では何が起こっているのでしょう。まず寒気がして布団にくるまっていたくなります。ひどいときにはガタガタふるえ、皮膚血管は収縮するので顔色が青白くなります。このような反応は、私たちが寒さに曝されたときとちょうど同じです。一方、熱が下がるときには汗をかき、また皮膚血管は拡張し、寒気は消えて布団をはいでしまいます。これら一連の反応は、暑さに曝されたときと同じです(図6)。このことは、発熱によって体が積極的に体温を上げた結果であることを示しています。これはちょうど、エアコンやヒーターの温度調節ダイヤルを高温側に回すようなもので、普段37℃だったものがもっと高い温度にセットされたということになります。
 これに対し、夏の炎天下で起こるようなうつ熱(ハイパーサーミア)は受動的なものです。つまり、体は何とか体温を下げようとするのに、熱の流入に比べて放熱が不十分なため、やむを得ず上がってしまう状態です。このように体温調節系が積極的に働いて起こる“発熱”と、体温調節不全による“うつ熱”とをはっきり区別する必要があります。

 そこで次に、生体はなぜ発熱するのかということを考えてみたいと思います。病原細菌等、体内に侵入すると発熱を引き起こす物質は「外因性発熱物質」と呼ばれます。外因性発熱物質や炎症、組織の壊死などの刺激によって単球、マクロファージなどの免疫担当細胞が刺激を受けると、体はインターロイキン1、インターロイキン6、インターフェロンなどの「内因性発熱物質」を産生します。この内因性発熱物質が血流に乗って脳に達すると、ここでプロスタグランジンE2(PGE2)の産生を促します。このPGE2が体温調節中枢である視床下部に作用すると、体温の調節レベルが平常よりも高くセットされ、発熱という現象が起こるわけです.解熱剤はPGE2の産生を抑えることで発熱を抑制するものです。したがって、うつ熱の患者にいくら解熱剤を投与しても、体温が下がることはありません。放熱が不十分なために起こるうつ熱を下げるには唯一、体を冷やすことしかないのです。
 ところで、発熱時でも体温が40℃を越えることは滅多になく、42℃にはまずなりません。いくら発熱が生存に有利だとはいっても、42℃を超えるとタンパク質の非可逆的な変性が始まり、感染細菌どころか、本人の生存すら危険になります。そこで私たちの体には、たとえ発熱しても41~42℃は越えないような安全装置が備わっているのです。最近の研究では、この安全装置にはバゾプレッシン、αMSHといった脳のホルモンが関係しており、それが発熱を抑制する働きをしていることがわかってきました。
積極的な体温変動
 感染のない正常な状態でも体温は常に一定の値に調節されているわけではなく、その調節レベルはいろいろな影響を受けて変動します。たとえば運動をすると体温が上がることはよく経験されると思いますが、運動をすれば筋肉を使うため代謝(熱産生)が増すのです。これまで運動時の体温上昇は、この代謝増加に熱放散が追いつかないために起こる受動的なものだと考えられていましたが、最近、ラットを使った実験で、解熱剤を投与すると運動をしてもそれほど体温が上がらないことが観察されました。この結果は、運動時には発熱と同じ機構が働いて、体温を積極的に高くしていることを示しています。運動前にはウォーミング・アップをしたほうが良いことを私たちは知っています。それならば、運動時には体温を上げようとするしくみが備わっているとしても何ら不思議はありません。また、ヒトの体温は明け方に最低、夕刻に最高となる約1℃の日内リズムを示していますが、これも、体温が高いほうが活動するのに都合がよいからだと考えられています。現に、夜行性の動物ではヒトとは逆に、夜間に体温が高くなることがわかっています。このように発熱、運動、日内リズムいずれも、個体が直面する状況に応じて体温を変化させているのです。ホメオスタシスの実体は、単に一定の値に固定された調節ではなく、積極的な「揺らぎ」を伴うものであることをよく理解する必要があります。

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