vol.6 萬代基介(前編)

人と建築が親密な関係を保てる場所づくりを目指す建築家、萬代基介(前編)

若手建築家のインタビュー3人目は萬代基介。東北の復興プロジェクトから店舗デザインまで、幅広い活動を展開する彼の現在について話を聞いた。



津波で被害を受けた鮎川浜に漁師の作業小屋をつくる意味

宮城県牡鹿半島の先端に位置する石巻市鮎川浜は、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた。萬代基介が手がけた「おしか番屋」は、この漁港に新しく建てられた施設だ。番屋とは漁師の作業小屋を意味する。彼が設計した作業場は、シンプルで明快な美しさを感じさせるデザインになっている。

細い丸鋼の柱に支えられた、細い鉄骨を井桁状に組んだ大きな屋根。緩やかな片流れの屋根の下は、一部がガラスで囲われた部屋になっているが、大部分は半屋外のスペースとなっている。鉄骨の白い直線が織りなす幾何学的な形状は、周囲の景観と鮮やかなコントラストを生んでいる。しかし萬代が考えた当初の設計案は、これとは大きく異なり、木造のゆるやかな曲面の屋根を載せたイメージだったという。

 
写真(上)/ おしか番屋 Oshika Fisherman’s House 2016 Photo by Mandai Architects
漁港に建つ「おしか番屋」は、鉄骨を細かく組んで作った大きな屋根と細い柱の組み合わせが印象的。ミニマルな美しさを備えた作業小屋だ。

「山と海がすごく近い場所なので、最初のうちは、周囲の自然の景観と繋がり、一体化するような建築を考えていました」と萬代は語る。
「けれども敷地に足を運ぶうちに、その考え方は違うなと感じるようになりました。というのも、ここは一度自然の力によって徹底的に破壊された場所です。番屋はそこに再び人間の力で立ち上げる最初の建築物となります。それならば、その建築が海と共に生きる人間の意志や力の表れであることがはっきりとわかるもののほうが相応しい。純粋な形態の人工物が被災した街から立ち上がる姿を実現すべきだと思いました」 
 
写真(上)/「おしか番屋」の建築模型

震災後の復興計画では鮎川浜の海岸には巨大な防潮堤が建設される予定だ。防災上の理由で居住や観光施設などはすべてその上のレベルに建てられ、防潮堤よりも海側には不特定多数の人が集まる施設をつくることはできない。けれども「おしか番屋」は漁業施設なので、海側につくることができた。

「防潮堤ができると町の観光施設は海から遠くなってしまいます。しかも観光施設は防潮堤が完成しないと作れませんが、肝心の防潮堤の建設は進んでいません。そこで漁業施設の番屋を海側に作り、それを町の人たちも観光目的などで利用できないかと考えたわけです」
 



人が使い始めることで建築の風景が少しずつ変わっていけばいい

「おしか番屋」は作業場として機能するだけではなく、観光客が訪れ、漁師の仕事に接したり、新鮮な海産物を味わうことができる場所としても考えられている。漁業を観光の対象として捉えるブルーツーリズムの拠点となることを想定して設計をしているという。

「漁業自体がある種の面白さを持っています。例えば大きな鍋でワカメを茹でている光景が、都会の人間からすればとても価値のある、面白いものに見えるわけです。さらにその場で海産物を食べることもできる。そうした体験がツーリズムに繋がるのは確かで、それを建築のなかにうまく取り入れることができればと考えました」
 
写真(上)/おしか番屋 Oshika Fisherman’s House 2016 Photo by Mandai Architects
わずかに傾いた屋根の下に広がる半屋外のスペース。漁師がさまざまな作業を行うほかに、海産物の販売などを行うことも想定されている。

確かにこの番屋のデザインからは観光施設として人を惹きつける魅力が感じられる。しかし設計者の狙いはそこだけにあるのではない。作業場として使いやすさにも細かな配慮がなされている。例えば井桁状に組まれた細かい梁には、さまざまなものをぶら下げることが可能だ。これを使って魚やワカメの乾燥、網の補修などの作業ができる。

「『おしか番屋』では、竣工後に人が関わることのできる『余白』のような部分を大事にしています。細かい梁があるので、いろいろなものを掛けたり、間仕切りを後からつけ足したりといったことも簡単にできます。つまり人が使い始めることで、この建築の風景が少しずつ変わっていけばいい。もしこの梁がもっと大きくて立派だと、どこか威厳を感じさせる建築になり、人との距離が離れてしまいます。僕がここで実現したかったのは、それとは逆の、人と建築が親密な関係を保てる場所なのです」
  
真(上)/萬代の事務所は光がよく入る明るいスペース。壁には自分で撮った敷地の写真が貼りつけられている。

続く


【プロフィール】
萬代基介(まんだいもとすけ)
1980年神奈川県生まれ。2003年東京大学工学部建築学科卒。2005年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。2005〜2011年石上純也建築設計事務所勤務。2012年萬代基介建築設計事務所設立。2012年〜2015年横浜国立大学大学院Y-GSA設計助手。2016年より東京大学非常勤講師。


取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美