博士学位論文要旨
マンゴーの親水性低分子代謝物と官能特性との相関解析
大阪大学大学院工学研究科 生命先端工学専攻 生物工学コース
生物資源工学領域(福崎研究室) 佐藤 美和
第1章 緒論
マンゴーは,濃厚な甘さ,魅惑的で独特な味や芳醇な香気,ジューシーさに加え,栄養成分も多く含まれ
ている重要なトロピカルフルーツである.そのため,生産量も多い経済性の高い果実であり,今後も更なる生
産量の増加が見込まれている.マンゴーの流通業者は,消費者ニーズを満たす品質を有する果実の安定
的な供給を求めている.マンゴーの品質は,一般的に,外観(色や形),香り,味,食感,熟度などにより総合
的に評価されている.それらの評価指標の中でも,近年,味に対する消費者ニーズが高まっていることに伴
い,味に着目した品質向上が重要視されている.
マンゴーは,熱帯地域が主要な産地であることから,露地栽培が主流である.しかしながら,近年は,日
本をはじめとする温帯地域でも温室を用いた栽培が行われている.温室栽培は,環境要因の制御がしやす
く,害虫などの影響を受けにくいため、安定した品質と収穫量が期待できる.しかしながら,温室の全域が完
全に均一の環境とは言えず,同一温室内で栽培されている果実においても官能特性を含めて品質のばら
つきは存在する.温室栽培を活用した品質向上や栽培法の改善のためには,温室栽培における品質の科
学的な評価・理解が必要であるが,マンゴーにおいてニーズが高い官能特性に着目した報告はない.
生体試料に含まれる代謝物の網羅的プロファイルを説明変数として,観測対象の精密表現型を予測する
メタボリックフィンガープリンティングが種々の食品について官能特性解析の手段として用いられているが,
マンゴーを観測対象とした研究は,ほとんどなされていなかった.
そこで,本博士研究では,親水性低分子代謝物プロファイルを説明変数とした官能特性予測を検討した
上で,温室栽培マンゴーの官能特性に着目した品質を評価することを試みた.
第2章 インドネシアマンゴーの官能特性と親水性低分子代謝物プロファイルとの相関解析
食品分野では,親水性低分子代謝物プロファイルと官能評価を関連づけて品質を評価した多くの報告が
ある.しかしながら,マンゴーの官能特性に関しては,親水性低分子代謝物プロファイルとの相関解析につ
いて,実用性を鑑み,評価,活用した報告がなかった.そこで,インドネシアマンゴー5品種の官能特性と親
水性低分子代謝物プロファイルとの相関解析により品種ごとの特性を調査することを試みた.官能評価には
,ヘドニックテストとCATA (Check all that apply)を導入し, GC-MS分析を用いて親水性低分子代謝物との
相関を解析した.官能評価においては,品種と官能属性や消費者嗜好との関連や品種ごとの特性を多変
量解析や統計解析により理解することができた.教師なしの探索的アプローチであるPCA(主成分分析)の
結果,官能特性に基づいた分離が確認され,加えて,教師ありのOPLS-DA(判別分析)により,官能評価
における総合評価スコアの高い傾向にあるサンプル,低い傾向にあるサンプル, それぞれに寄与する重要
な成分を抽出することができた.更に,品種や産地,栽培条件が明らかに異なるインドネシア以外の海外産
3品種をバリデーションセットとして追加し,解析した結果,インドネシアマンゴー5品種だけの場合と同様の
結果が得られた.結論として,品種や産地,栽培条件の違いに関わらず,親水性低分子代謝物は,官能特
性を評価できることがわかった.
第3章 複数年度にわたる同一温室・同一品種のマンゴーの官能特性と親水性低分子代謝物プロファイルと
の相関解析
本章では,前述した温室栽培を活用した消費者ニーズに対応した果実の高品質化に向け,3年間にわた
り同一の温室で栽培された同一品種のサンプルを供試し,前章で有用性が確認された官能評価とGC-MS
を用いた親水性低分子プロファイルの相関解析により,温室栽培の官能特性に着目した品質を科学的に評
価することを試みた.また,本章で供試した同一の温室で栽培された同一品種のサンプルは,前章の異なる
品種のサンプルに比べ,僅差の品質を評価する必要があることから,より高い検出力が求められる.そのた
め,マンゴーの官能特性評価における官能評価と親水性低分子代謝物プロファイルの検出力についても
,3年の再現性及び官能評価予測モデルの精度により評価した.
結果として,各年ともに官能評価スコアの変動が相対標準偏差15%程度であることがわかった.親水性代謝
物プロファイルをPCA(主成分分析)に供したところ, 3年間ともに同じトポロジーでクラスターが分離した.加
えて,官能評価スコアを目的変数,親水性低分子代謝物を説明変数とするOPLS回帰予測モデルを構築し
たところ,各年ともに高精度のモデルを構築することができた. 更に, VIP値に基づき,モデルの構築に重要
な成分24成分を抽出し,それらを説明変数とした予測モデル(RMSEP = 2.88)は,同定した全成分(45成分
)を説明変数とした予測モデル(RMSEP = 3.47)に比べ,精度がわずかに向上することがわかり,多重共線
性の影響が低減された可能性が考えられた.また,官能評価スコアを3段階に区分(高スコア,中スコア, 低
スコア)し,モデルの構築に重要な成分における相対強度を比較した結果,高スコア・中スコア・低スコア全
ての区分において有意差のある成分が明らかとなった.加えて,異なる品種間に比べ,より高い検出力が求
められる同一の温室で栽培された同一品種のサンプル間の官能特性においても,親水性低分子代謝物プ
ロファイルとの相関解析によって,評価できることがわかった.
第4章 総括および今後の展望
本研究では,親水性低分子代謝物プロファイルと官能特性の相関解析を実施し,温室栽培における官能
特性に着目した品質を評価することを試みた.
親水性低分子代謝物プロファイルと官能特性の相関解析による品質評価は,多くの食品分野でその有用
性が確認されてきたが,マンゴーの官能特性に着目した活用事例はなかった.そのため,本研究では,イン
ドネシアマンゴー5品種を用い,親水性低分子代謝物プロファイルと官能特性との相関解析により,品種ごと
の官能特性を高精度で評価できることを確認し,初めて,マンゴーにおける官能特性評価における有用性
が評価できた.
さらに,3年間にわたり同一温室内の同一品種を供試した官能特性の評価においては,年ごとの品質の変
動,年次を越えた品質の変動を同定した45成分の親水性低分子代謝物プロファイルと官能評価スコアとの
相関解析により,定量的・客観的に評価することができた.加えて,より検出力が求められる僅差のサンプル
における評価が可能であったことから,マンゴーの官能特性おける親水性低分子代謝物プロファイルによる
評価の拡張可能性が示唆された.本研究の成果は,今後,温室における栽培を検討するための基礎的デ
ータとしての活用とともに,抽出した寄与成分を指標とした栽培条件等の改良等へ手がかりとなることが期待
される.
論文リスト 本学位論文に関与する論文
1) Sato, M., Ikram, M.M.M., Pranamuda, H., Agusta,W., Putri,S.P., & Fukusaki,E. “Characterization of five
Indonesian mangoes using gas chromatography-mass spectrometry-based metabolic profiling and sensory
evaluation.“ J. Biosci. Bioeng. 127, 520‒527 (2021).
2) Sato, M. & Fukusaki, E. “GC-MS metabolic profiling and sensory evaluation of greenhouse
mangoes (Mangifera indica L.‘Irwin’) over multiple harvest seasons.“ J. Biosci. Bioeng. (2025)