夕暮れ近くでも時おり思い付いたように射し込む透明な太陽の光が、緑の芝生を鮮やかに映し出している。暑くなりすぎない爽やかな北欧の夏の日がいつものように静かに暮れていく。それでもベランダで食事を取るにはちょっと肌寒い。灰色の雨雲がゆっくりとこちらに向って広がっている。キッチンで夕食を済ませた頃には、雨雲が我が家の上に覆い被さり、遠くでかすかな雷の音も聞こえ始めていた。稲妻の光に怯えるように家路を急ぐ軽飛行機のエンジン音が、驚くほど真近に聞こえる。
夕食後2階でテレビを見始めたのは、大抵娯楽映画が始まる9時ごろだった。この夜放映されていたのは、スウェーデン語のタイトルで「トルネードの目の中で」というアメリカドラマだった。ネブラスカに住むある家族が、強烈なトルネードに襲われ、ばらばらになってしまった家族のサバイバル体験を臨場的な映像で描いている。徐々に広がる雨雲、激しくなってくる雨足、木々を揺らし始める風、そして恐怖を募らせるような音と光と影。気が付けば、そのドラマの状況がそのまま我が家の周りで再現されているではないか!
雨が激しく窓を叩き、窓の外に広がる暗闇の中では、木々が大きく風にゆれている。雷の音に先行して、体を浮き上がらせるような強い稲妻の光線が空を裂き、追い討ちをかけるように地底から突き上げるような雷の音が響いている。ちょっと興奮してしまって、私はテレビドラマと現実の間を右往左往している。その内、携帯のベルが狂ったようにリン、リンと途切れ途切れに鳴り始めた。夫は、目をテレビの画面に釘つけにしたまま、手だけを携帯に伸ばしている。目を眩ますような一条の光が黒い空にまた走り、闇を照らし出したその瞬間、テレビ画面が一瞬消え白黒の縞々模様になった。そこで私達は現実に戻り、とりあえずテレビのコンセントを抜き、階下に降りていった。どういう訳か雷が人一倍苦手な夫は、車の鍵を手にして、外に止めてある車の中なら安全だからと一人で避難する態勢だ。私には車が家の中より安全なようにはどうしても思えない。決断が付かないまま、電気を消して真っ暗な家の中で、窓の外を眺めること数十分。その内、雷も雨もゆっくり遠のいていくのが感じられた。
私がほっとしてお手洗いに座っていると、誰かが玄関のベルを鳴らした。電気を付けるのも忘れ、玄関ドアをそっと開けてみると、そこには、雨に濡れて光るフード付きのレインコートを着たお隣の奥さんが立っている。「白樺が折れているの見た?」と彼女。「何、白樺?」。見ると、我が家にある3本の(20メートルはありそうな高さの)白樺の大木の内の一本が、2メートルほどの根元を残し消えているではないか。折れるときには、おそらく大きな音をたてたであろうに、私たちの耳には、雷や雨音にまぎれて届かなかったらしい。まだ車のキーを手に握り締めたままの夫が、急いで外に飛び出して状況をチェックしている。やや興奮気味のままキッチンに戻ると、受話器を手にして歩き回りながら、消防署と電話で話し始めた。「白樺の大木が落雷で折れて、道を塞いでいるんですよ。向こう5軒が通行不能になりますから…」と声高に。
数分後、大きなトラック2台が我が家の前に止まった。ヘルメットとレインコートに身を包み、電気のこぎりを手にした大男達が数人車から降りてきて、軽々とその折れた白樺の大木を切断し、道脇に寄せて行く。何事かあったらしいと察知した近所の人々が、徐々に家から出てきて消防隊員の仕事振りを遠巻きに見ている。「白樺の薪が必要な人はご自由に」と夫。私は、車のキーいや、デジタルカメラを手にし、早速現場のドキュメント写真を取り始めた。
木に雷が落ちると、幹を通して電流が走り、木に含まれている水分が加熱し、ある時点で木を炸裂させるそうだ。事後報告に電話を入れた弟からの受け売りで、夫が私に説明してくれる。サマーハウスのストーブ用に白樺の薪も利用してもらえそうだ。雨や雪の中でも、白樺はよく火がつき、薪としては最上らしい。翌朝の現場検証で実際に切り口を見てみると、炸裂した個所に近付くにつれ、年輪の内側が茶色になっている部分が大きく広がっているのが分かる。二人で半日かけて白樺の大木を薪にし、記念に2センチほどの厚さの切り口を保存した。なにはともあれ、怪我人や車などへの被害がなくて幸いであった。避雷針の役割をしてくれた樹齢60年?の白樺に感謝!(2005年7月21日午後9時半~10時半ごろの出来事) |



