Leisure スウェーデン余暇事情


内容

サマーハウスの楽しみ

水に浮かぶ首都

森の効用

レジャースポーツとしての乗馬

余暇は政策

真の豊かさを求めて

参考資料

 

サマーハウスの楽しみ

スウェーデンの人口の半数に近い人達が、毎年数週間の休暇を取り、所有の別荘(スウェーデン流に言えばサマーハウス)或いは貸し別荘で過ごす機会を持っている。スウェーデン全土には、現在六十八万戸のサマーハウスがある。ストックホルム周辺には、十五万戸のサマーハウスがあるので、スウェーデン全土にあるサマーハウスの四軒に一軒は、ストックホルムに住む住民が所有していることになる。自宅からサマーハウスまでの距離は平均百三〇キロという統計が出ている。スウェーデンには有料道路が無いので、移動の手段は、ほとんどの場合自家用車だ。長い休みの前には、ストックホルムから郊外ヘ向かう道路がサマーハウスに向かう車で停滞することもある。逆に朝、ストックホルム市内に入る道路が通勤の車で停滞することがあるのも最近の現象で、八〇年代には無かったことだ。ITの普及で何処にいても仕事が出来るようになると当時はよく言われていたが、実際には都市に人口が増えている。市内の住宅が手に入れ難い事もあり、サマーハウスから仕事場に通う選択をした人達もいる。安らぎの場としてのサマーハウスの役割が増えているようだ。湖沼の多い地域柄、六八万戸のサマーハウスの内、二二万戸は、海岸或いは、湖岸から百メートル以内の位置に建てられている。一九六〇年代半ばには、半数の三〇万戸だったサマーハウスの数が、この三〇年の間に倍増している。


数字を見ただけでも、サマーハウスの存在がスウェーデンの人達の生活にいかに浸透しているかが分かる。スウェーデン人は、夏が終わると挨拶代わりに、サマーハウスでの休暇の様子を尋ね合っている。私が、初めてスウェーデンのサマーハウスに足を踏み入れたのは、八一年の九月だった。夫の両親が所有していた、ストックホルムのアーキペラゴ(群島)にある島に建つサマーハウスで、夫が幼い頃から、毎年のように夏を過ごしていた場所でもある。プレカットログで組みたてられた母屋と、サウナも付いた少し小さめのゲストハウス、どちらもスウェーデンの典型的な家のカラーであるファールンロッドと呼ばれる赤い塗料が塗られている。スウェーデン地方中部にあるファールンで採れる鋼料を含んだ、木材の腐食を防ぐ塗料だ。目の前には、フィンランドに通じるバルト海が、波も立てず静かに広がっている。まだ九月だというのに、森の中に入ると、うっそうと茂る木々で真冬の暗さを呈している。森を散歩しようと、私を連れ出してくれた夫の後を、セーターの襟元を手で押さえながら、黙々と歩いて行ったのを覚えている。静かな森の中で聞こえるのは、私達が踏みしめる枯葉の音だけ。二時間も歩いただろうか、少し疲れて戻ってきたサマーハウスで、夫は暖炉に薪を入れ火を起し、テーブルの上のキャンドルを灯し、暖まってきた暖炉の上でココアを作って私に差し出してくれた。毛布にくるまって暖炉の前に座り込み、甘いココアをすすりながら揺れる炎を見つめていると、体からすっと緊張が解け、なんとも言えず幸せな気分になったのを覚えている。もう二〇年も前の話だ。

水に浮かぶ首都

ストックホルム市内を散策すると、豪華客船や観光船に混じって岸壁に停泊している個人所有のクルーザーやヨットが多く目に付く。水に浮かぶ首都ストックホルムには、船のホテルやレストランは勿論のこと、処女航海で沈没した十七世紀の戦艦バーサ号の博物館に代表される船の博物館、毎年開催されるボート展示会や競技大会、技術講習会など、船に関連する施設や催し物が数多くある。とりわけ、個人所有のボートやヨットを停泊する、ヨットハーバーの数の充実ぶりには目を見張る。スウェーデンには、全国で千五百のレジャー用ボートハーバーがあり、そのうち六百がゲストハーバーである。夏の間、国内だけでなく、他のヨーロッパの国からも、毎年二万近くのヨットやクルーザーが訪れる。これらのボートハーバーの約半数は、各地域のボートクラブによって所有、管理されており、基本的にクラブ会員のボランティア活動によって、運営されている。ボートクラブは、スウェーデン全土に千以上あり、二十五万の会員を持つ。ボートハーバーには、オイルや水の補給口は勿論、分別ゴミ回収用のコンテナから、トイレ用タンクの吸い取りパイプ、食事の取れるカフェや休息のできるクラブハウスなどがあり、桟橋は、市民の格好の遊歩コースだ。

時折、市内のユールゴーデンを散歩する。ユールゴーデンは、王宮所有の、かつては狩場だった処。今は、スウェーデン各地から古い民家が集められている総合遊技場スカンセンや遊園地、博物館などがあり、ストックホルム市民の憩いの場となっている。湖岸に、クルーザーやボートのメーカーによる中古艇の展示場がある。遊歩桟橋に、各ボートの建築年度や簡単な歴史、販売価格などを表示したパネルが立てられている。値段は一千万円以上する豪華クルーザーから、十万円代の小型ボートまで様々だ。モダンなキチン設備、居間、寝室、中にはサウナまで備えたハウスボートもあり、サマーハウス代わりに購入する人達もいる。スウェーデンでは、毎年宿泊設備のあるレジャーボートで一千万泊が過ごされ、宿泊可能なレジャーボート一艇が年平均三〇日利用されている。その内の十七日が休暇中の利用である。ボートによる水上生活を取るか、サマーハウスを取るか、或いは移動範囲の広がるキャンピングカーを取るか、私達も迷ったことがあった。要は自分の趣味嗜好の問題で、選択の幅は広い。

スウェーデンの南北の海岸線を結ぶ距離は二千七百キロ、湾、半島、群島の海岸線を含めれば八千キロにも及ぶ。これらの地理的条件が、レジャーボートの普及を促進している。国内には、九万五千湖の航行可能な湖、千キロの運河がある。ボートは、島にある自宅やサマーハウスに行くための、交通手段でもある。生活必需品であることから、レジャーボートが課税の対象になっておらず(燃料に課税される)、登録も自由意思によることから、正確な数字は分からないが、スウェーデンには百万艇のレジャーボートがあると言われている。人口の六人に一人がレジャーボートを所有していることになる。世界的に見ると、フィンランドが七人、ノルウェー八人、アメリカ合衆国十六人、オランダ四〇人、デンマーク百二五人、ドイツ百五〇人、日本五百人、ベルギーが千人に一艇の割合になっている。スウェーデンのレジャーボートの数は、過去十五年の間に倍増している。二百万の人達が、何らかの形でボートに関わる活動をしており、五百万の人達が少なくとも年に一度はボートを楽しむ機会を持っている。ボートライフは、スウェーデンのどの年代にも人気のある、国民的娯楽だと言える。

 森の効用

 スウェーデン語で物事が上手く運ばなかった時、「森に行った」という表現をする。森は、かつては生活の糧を得る狩猟の場であり、木材は勿論、ブルーベリー他各種の木の実や茸など、人々に豊な恵みを与え、人々はその景観によって安らぎを得てきた。反面、高い木々がうっそうと茂り昼も暗い森の中は人間のコントロールが効かないおとぎの世界でもある。ジョン・バウエルのイラストに描かれた不気味な森の妖精達の世界が、スウェーデン人の森に対する愛着と、ある種恐れの入り混じった気持ちをよく表わしている。スウェーデンの森林の十八%は、国有の森林会社によって所有されている。森は、木材の供給基地としてだけでなく、最近は自然環境の保全を考慮した観光資源として、その利用法が見直されてきている。国際基準に沿った森林管理によって、豊な生き物のビオトープとし、森に囲まれた湖や河川での釣りや散策、ハンティングの機会を提供するなどして、林業だけでなく企業の新しい活路を模索し始めている。

LRFはスウェーデンで農業に従事する人達の全国組織だが、この組織もまたこれまでの食料生産者としての枠に留まらず、農場環境自体を癒しの空間として観光客に提供する新しいビジネスに乗り出した。組織会員十四万の内、四五〇〇が何らかの形で観光産業に関わっており、その内三五〇から四五〇が農場滞在を専業とし、LRFの子会社がそのマーケティングに当っている。LRFは田舎生活を取り上げたお洒落な雑誌も発行し、ストレス気味の都会人だけでなく北欧の近隣諸国やドイツ、オランダなどからの観光客を集めている。田舎体験のプログラムには、乗馬、馬車、馬そりなど馬に関わるアクティビティー、湖や河川での釣り、会議などで利用するコンフェレンスプログラム、農場に滞在することでその自然環境と景観を楽しみ、農場で採れた卵で朝食を取るなど、生活そのものを体験する農場滞在プログラムがある。益々多くの観光客が、ホテル滞在に代わり、自然により近い農場滞在を選ぶようになっている。(www.bopalantgard.org/)

 

レジャースポーツとしての乗馬

スウェーデン統計局によると、現在スウェーデンには、約三〇万頭の馬がいるという。スウェーデンの九百万近い人口から勘定すると、三〇人に一頭の馬がいることになり、これは、世界で二番目に高い馬の保有率だ。一九四五年、五五万頭いた馬は徐々に減り続け、七〇年代の初めには七万頭にまで減っていた。その後輸入等により頭数が増やされ、現在この三〇年では、最高の数に達している。それに呼応して、乗馬に寄せる人々の関心は最近益々高くなっている。当初馬は、防衛、木材運搬、農耕などを目的として多く使用されていたが、最近では、スポーツ、レジャー活動、或いは観光用にと、馬を使用する目的は、この三〇年間に大きく変化してきた。馬の調教や世話を行っている個人の馬の所有者は、八万人、それ以外の目的で所有している人の数を合わせると、十万以上になるということだ。スウェーデンで常に乗馬をしている人の数は、プロ、アマチュアを含め五〇万人いると言われている。スウェーデン乗馬スポーツ連盟(SRF)は、趣味で乗馬をする人、プロやアマチュアの競技者、乗馬学校の生徒などを含む二二万の会員を有する、全国乗馬クラブの連合組織だが、会員の内の約八四パーセントが女性、六十六パーセントが二五歳以下の若者である。彼女達は、地域の乗馬倶楽部でポニーなどの背に乗ることから乗馬を始め、馬の世話、厩舎の掃除、競技、サマーキャンプ等仲間や動物との触れ合いを通じ日常的に乗馬に親しんできた。乗馬人口の裾野の広さを反映して、スウェーデンで行われる馬術競技の大会も数多く、国際馬術競技大会が、スウェーデン国内三箇所で毎年開催されている。スウェーデンで毎年開催される馬術競技大会に動員される観客数は、年二百四〇万人あると言われており、馬を移動するためのトレーラーや、各種馬具、乗馬服や靴、馬屋建築用キット、保険、獣医療、マスコット類の販売等まで、周辺への経済効果は大きい。 (www.hastlandet.se/)

 

余暇は政策

スウェーデン語で余暇活動はフリールフツリブ(Friluftsliv)と言い、直訳すれば自由空間の生活という意味になる。時間的拘束や日常空間から解放され、自由に自然の中で過ごす時間ということになる。余暇は自然抜きには考えられない。自然はスウェーデンが誇る植物学者リンネに代表される観察対象に留まらず、歴史の中で自然環境を国家的、精神的象徴とする心象風景として捉えてきた。北部地域への鉄道敷設を契機に「祖国を知ろう」のスローガンの下、旅行者連盟(STF、一八八五年)が設立され、山岳部各地にユースホステルが建設された。自然は、青少年の健全な肉体と精神の育成を目的とした活動空間となり、一八〇〇年代後半から一九〇〇年代前半にかけてボーイスカウト(一九十二年設立)をはじめ、自然の中でのスポーツ振興を目的とする団体が組織され、国民運動に発展する。工業化によって都市部の生活や労働環境が悪化したのと比例して、精神、健康面で自然の中での余暇の必要性が再認識され、自然は資源供給源としてばかりでなく資産として環境保全の必要性が考えられるようになった。国民が余暇を取る権利は八時間労働を要求した労働運動で政策課題となり、やがて社会民主党政権による福祉社会建設の政策となった。産業革命、労働運動、近代化、都市化、IT革命、産業のグローバル化と都市部で新しい産業による社会構造の変化が起こっている時、その都度バランスを取るように浮上してきたのが自然回帰だった。自然に対する愛着や自然保護に対する国民意識の高さは、このような歴史的背景の中で繰り返し育まれ、今世界をリードする自然環境保全政策やエコツーリズム促進活動に反映されている。国民の年間休暇は既に一九三八年にニ週間、一九五一年に三週間、一九七七年に五週間、法で保障されている。余暇は社会的、文化的現象だが、同時に政策だというのが私の印象だ。


ノルウェーのロフォーテン諸島を移動中の車の中で、ラジオのニュースが、今年もまたノルウェーが国連の人間開発報告書の中で、人間開発指数の国別ランキング一位を獲得したと報告している。ノルウェーが世界で一番暮らしやすく、豊な人生を国民にもたらす国だと言うのだ。旅行中は聞き流していたが、帰宅後気になってこの国連報告書の主旨をインターネットで調べて見た。報告書は、社会の発展度を単に経済成長率だけで計るのではなく、社会が基本的ニーズを満たした後、個々の人間が、いかに民主的な環境の中で、尊厳を持って自己実現を図っているか、いわば人間自身の開発発展度を指数で表わそうとするものらしい。人間の幸福度がこれまでは経済的尺度でしか計られてこなかったのではという反省に立ち、自由、尊厳、主体的活動を促する選択の幅を広げ、人間の真の豊さを求めるためのプロセスを論じているのだとも。そうであれば、ノルウェーやスウェーデン、フィンランド、デンマークなど北欧各国がこの報告書で常に上位にランクされていることが納得できる。

北欧各国が上位を占めている統計指数は、これだけではない。地元の新聞も国際比較で北欧が上位に位置しているこの種の報告記事をよく載せている。最近取り上げられたものだけでも、例えば国の福祉度を、国民総生産だけではなく、社会的要因、例えば教育、平均寿命、自然環境、男女平等、権利保護などで多角的に捉えたWISPインデックス、政治の腐敗度、透明性を比較したTransparency Internationalによる国際比較、世界経済フォーラム(WEF)による世界競争力報告、国連の「電子政府」基盤整備調査などである。北欧各国と比較して、日本はどのランキングも低い。九〇年代、スウェーデンが経済停滞に陥っていた時期、高負担を国民に強いる福祉国家の制度疲労が新聞などでよく論議されていた。それでも頑固に国民福祉にかけてきたスウェーデンや他の北欧諸国が今でもどっこいその存在感を示してきているのは、経済、自然環境、社会文化面でバランスの取れた政策を推進してきた結果だろう。日本での生活と比較して、スウェーデンでの市民生活には、精神的なゆとりを感じる。手取り収入は、日本より格段に少ないが、住宅、自然環境、休暇、教育、男女平等への努力、政治の透明性、情報公開など民主主義の度合いはこちらの方がはるかに高いと認めざるを得ない。真の豊さの基準を個人の自由と尊厳、自己実現のための選択肢開発に向けてきた政策の勝利だろう。

乗馬にしても、レジャーボートにしてもサマーハウスにしても、この四十年間、北欧の人達はレジャーの過ごし方を多様化させ、その内容を充実させてきた。振りかえって日本の四〇年を考えると、物作りに偏りすぎ、国民の住宅の質や、余暇の過ごし方など、ライフクオリティーは置き去りにされてきた感がある。物作りとライフスタイルの質のバランスが取れていなければ、国民の幸せ度は低い。北欧の人達が、各種税金や高い消費税を支払って、手元に残る収入でどうしてこれだけの質の高いライフスタイルを維持できるのかと私はいつも不思議に思ってきた。経済的効果だけで、人の幸せ度を計ることは出来ない。自然環境、経済、社会/文化のバランスが取れていなければ、歪な社会になる。要するに、人々が何に価値を置き優先して投資するか、生き方に対する姿勢の問題だ。私達日本人が、北欧のライフスタイル、余暇活動に学ぶことはまだまだ多い。

 

参考資料

www.svenskidrott.se スウェーデンスポーツ連盟

www.scb.se スウェーデン・スタティスティック

www.si.se スウェディッシュ・インスティチュート

www.snf.se スウェーデン環境保護協会

www.lrf.se フェデレーション・オブ・スウェディッシュ・ファーマー

www.ridsport.se スウェーデン乗馬スポーツ連盟

Frilutshistoria Klas Sandell & Sverker Sölin 編 Carlsson

Skogens alternativa nyttjandeformer Stadsskogsutredningen 2001

En svensk hästpolitik (SOU 2000:109)