■事務局の位置づけ事務局はフォーラムの「意思決定」と「庶務」を司る機関で、
会員の中から選ばれた5名から構成されます。任期は1年です。
意思決定とは?
会員企画の承認、名義貸しの承認、分科会設置の承認、除名の決定等
庶務とは?
・入退会管理、メーリングリスト管理、Webサイト管理
・定例会の企画、会場手配、開催案内、出欠確認、議事進行、議事録作成 ・会費徴収、会計報告 ※詳しくは会則の第三章「組織・役割」の9・10・11条をご参照下さい。
■事務局員のご紹介 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 勝又 伸一(KATSUMATA SHINICHI) Web Learning Park運営者 フォーラム発起メンバー 第一代事務局長 |
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| 1969年生。神奈川県川崎市出身。飲食店経営等を経てIT業界に。 | ||
| 1998年 | 独学で第二種情報処理技術者試験に合格。某ソフトハウス入社。 | |
| 1999年 | 大規模組込みシステム開発でデバイスドライバ、ミドルウェアの設計・開発に従事。自信作はCPU間通信のプロトコル設計。 技術だけでなく高品質システムのマネジメントも実地に学べたのが収穫。ソフトウェア開発技術者試験に合格。 |
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| 2002年 | 取締役(企画/開発/人事担当)に抜擢され差別化戦略を企画・推進。成長に貢献。プレイングマネージャとしても多数の業務システム・ツール開発に参画。 自信作は、某金融システムベンチャー(一部上場)のパッケージ向け汎用グリッドコンポーネント開発。 性能最適化、マルチスレッド対応や数値計算インタプリタなどを短期間で設計・実装して喜んでいただいた。 その他、某公共システムのリアルタイム描画機能の実現可能性の検証とプロトタイプ作成の要求は「2週間くらいでできれば嬉しい」というもので あったが、「2日間」で対応できてしまい、びっくりされたり(ビジネスとしては微妙ですが・・・)等。 |
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| 2006年 | 中国に赴任。120人規模の拠点で標準化・品質保証体系の確立を統括。 | |
| 2008年 | 1月フォーラム設立に参画。9月独立。卒業を前提とした効果的なIT人材育成スキームの確立、基盤システム・コンテンツの開発に奮闘中。 | |
| 執筆暦 | オフショア開発PRESS(特集1-2および1-3)、他 | |
| メルマガ | 「The人材育成!効果的な教育カリキュラムの探求」 | |
| 保有資格 | ソフトウェア開発技術者、MCSD.NET、XMLマスタ、他 | |
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東 誠(AZUMA MAKOTO) | |
| 上海坦思計算機系統有限公司 副総経理 当フォーラムの事務局長 上海ビジネスフォーラム実行委員の一人 神奈川県横須賀市出身。 札幌大学の外国語学部でロシア語を学ぶも、途中でどうしても映画が作りた くて日本映画学校の1期に入学。
卒業後1年映像業界を経て何故かコンピュータ業界の営業職へ転職。
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| 1989年 | モデムメーカーで大規模net端末(証券、NTT、JRA等)から秋葉市場まで一手に担当。 | |
| 1996年 | 某外資ベンダーのマスタリセラーに転職。法人向けSI営業を担当。 | |
| 1997年 |
友人と何故か玩具メーカーを設立し、キャラクタービジネスに参入。総務・特販・電算の責任者を兼務しつつ株式公開を担当。
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| 2003年 |
某国内ベンダー系のオフショア専門会社に転職。営業管理、BSEの採用教育、ISO推進を担当。
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| 2005年 2009年 |
某自動車会社系ソフトハウスで採用、ISO推進、海外担当をしつつ上海にオフショア開発会社を設立。
上海坦思計算機系統有限公司の副総経理 に就任。予想以上の重責に喘ぎつつも奮闘中。
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木村 正道(KIMURA MASAMICHI)
上海華之桜信息系統有限公司 総経理助理 フォーラム発起メンバーの一人
熊本県熊本市出身。
とある日の本屋で立ち読みした中国関連記事がきっかけとなり、
中国留学を決意。
1996年 地元高校卒業後北京の大学へ語学留学。
1997年 語学留学をしていた大学の本科を受験し、香港返還と共に入学。
2002年 東京の某SI企業へ入社。基幹システム開発へ従事。
2005年 念願であった中国への赴任。上海の関連企業へ赴任。
2008年 中国オフショア開発の向上を夢み、日々板ばさみで奮闘中。
とある日の本屋で立ち読みした中国関連記事がきっかけとなり、
中国留学を決意。
1996年 地元高校卒業後北京の大学へ語学留学。
1997年 語学留学をしていた大学の本科を受験し、香港返還と共に入学。
2002年 東京の某SI企業へ入社。基幹システム開発へ従事。
2005年 念願であった中国への赴任。上海の関連企業へ赴任。
2008年 中国オフショア開発の向上を夢み、日々板ばさみで奮闘中。
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藤本 直樹(FUJIMOTO NAOKI) | |
| 上海久源軟件公司 開発統括部 経理 | ||
| 東京都出身。 上司からの無言の圧力(?)に負け、上海へ。 |
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| 1999年 | 自宅から近いという理由で独立系SIer企業へ就職するも、研修期間終了直後、某FE企業の客先常駐となる。(通勤時間2時間生活開始) 担当プロジェクト:販売管理、在庫管理、CEスケジュール管理等 |
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| 2003年 | 本社に戻り、造船業向け販売管理システムの開発を担当するも、プロジェクト完了後、依頼元であった某鉄鋼系SIerから声がかかり、再び客先常駐となる。(通勤時間2時間の生活復活) 担当プロジェクト:企業合併によるシステム統合対応 |
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| 2008年 | 上海のパートナー企業へ出向。日本企業向けオフショア開発の現場統括として、プロセス改善、標準化推進、品質保証を担当する。(夢の通勤時間5分生活達成) | |
| 執筆暦 | 標準テキスト オフショアプロジェクトマネジメント 【SE編】 (執筆チームとして、主に論理思考、情報セキュリティを担当) 現在、オフショアプロジェクトマネジメント 【PMO編】(仮)執筆参加中。 |
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| 保有資格 | 米国PMI認定 PMP(Project Management Professional) |
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秋山 かよこ(AKIYAMA KAYOKO) | |
| Optimiz. OSSアドバイザー | ||
| 岡山県岡山市出身 OSS(Open Source Software)の魅力にとりつかれ、パソコン画面と格闘する毎日。埋もれた才能を発掘できるような研究所設立を夢見て、今日も頑張っています。 |
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| 2006年 | 研究者になることを夢見て、大学院進学を目指すも、親から進学資金難の宣告を受けてしまい泣く泣く進学を断念。 ⇒自分名義での研究所設立を夢見るようになる。 |
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| 2007年 | 大学卒業後、何かの間違いで来上海。中国語が一切話せないのも関わらず、某酒店管理会社でコンシェルジュ(又の名を電話番)として働くことになる。 |
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| 2008年 | お客様からのお問合せがきっかけで、OSSでサイト制作を初体験。Webの知識が無くても、簡単に本格的なWebサイトが作れてしまうことに驚愕。そんなOSSの魅力に取り付かれて、PC画面との格闘する日々が始まる。 | |
| 2009年 | 上海Webコンサルティングサイト“Optimiz.”の設立を通じて、OSSの可能性を追求する日々が始まる。(“Optimiz.”で基礎を固めてOSS研究所(集団)を作ってやりたいと野望を抱き続ける・・・)経験はまだまだ浅いが、webを通して多くの方のお役に立てるようになりたいと日々奮闘中。 | |



