町田澄子展評

町田澄子展評
豊島重之

 ここに絵がある。絵という一個のいのちがある。存在たらんとして存在に向き合う造形がある。造形に立ち会うべき真摯な営為、それを町田はとうに手にした。いのちが、世界が、巨大な奔流の一瞬の断面であるなら、町田の肉迫がここにはある。<存在への感度>を把握せんとする発端がまさにある。
 ぼくはカラヤキである。カラコシャクも多い。今までに一点の墨像しかない。が、三十に余る抽象ならぬ具象群を前にして、慮外な嬉しさに内臓までが拍動し始めたのだ。ぼくと絵との隔たり、むしろ視覚と存在との隔たりに、ぼくは体中でいた。体中でいるのは久し振りである。それにしても、世界とか存在とか、ぞんざいにも多用するのは不本意だが、どだい、存在とは何者なのか。およそ絵とは、視覚と存在の両義性、同時性、乖離(かいり)性のどこに措定されるのか。描かない、描けないぼくなりに、ぼくだからこそ、日々におさえておきたい。
 我思う故に我在り、とは存在論の萌芽ではあるが、時間の無視は致命的と言えよう。この問題が両義、乖離ではなく、同時、触覚的現在であるためには、思う我れが思われているものの中にある。むしろ視えていることで、視ることがはじめて成立するという生理が必要だ。それは他者の認識ではなく、世界の認識である。即ち、他者とは自己と関わる外界をさすが、世界とは自己をも包摂する身体運動の謂だからだ。こんな言い草が許されるなら、<眼で触わる>という時間。視覚は身体であり、存在は身体ではない。造形は存在を視覚し、身体化するといった根の海にしかない。さらに存在とは、いのちであるというよりは、いのちを定位するものかもしれない。在ることでも、成ることでもなく、むろん生きることでもない。無方無私、しかもひどくそら恐ろしいものかもしれない。存在の流れは、人間の流れとまるで異質なもののようだ。が、人間には一見照り返されていないようでも、あらゆる表現のさ中に向かうものとして対立している。一刻一刻の宙空、一瞬一瞬の変貌、その主体がその発動因でもあるようなもの、換言すれば存在は存在にとっての鏡面であると言及できよう。
 遠回りしたが、かろうじて会場に戻る。絵がある。静謐を潜熱がよぎる。前述の冗舌がここでは眼となり、根となる。町田のかたちは、象と彩が像と地を侵蝕しつつ、空間として張り合いながら、ついに溶け合っている。彩は象へ通底するというアンフォルメルならぬハード・エッジを想起するに難くないが、象から彩への立場は、ぼくには安手だ。みなぎるいのちの原質、そんな匂いが二点、日頃の錬磨を偲ぶにやぶさかではない。一歩まちがうと、他の作品は、単に空間処理に果てていて、射程内の眼差を所有していず、せいぜいルビンの壷か、ロールシャッハの骨盤だ。殊にシャープな造形ほどだ。(それが、横顔や蝶に振動してもだ)
 絵は突如現出する。もしくは、時間現象からすれば、不意に了っている。賛助製作の宇山博明氏のかたちはこうだ。細緻にして重厚な方法性と創造性の執拗な着地を、精確に踏み続けているようだ。マチエールが二義の町田のかたちに較べてマチエールまで身ぐるみ一義で、なお熾烈な存在の奥行、深み、高みが、ぼくには熱くてブ厚い。とまれ、彼らのかたちの真っ只中から、ぼくはぼくの眼振(まぶり)を発見したに違いない。だからどうするかは、不明な世界が、明快な視界に問いかけるはずだ。もとより絵は精神で描けたためしがない。視えざるものが視えるのだが、形象する際の精神性や感性は、対象にひたむきに対峙し、描き尽くしたとしても、ぼくの視路に反れるだろう。世界というバネ、視覚というコロ、それが造形の突堤に全身的にあるべきものなのだから。(八戸市民病院勤務・医師)

(初出:「デーリー東北」紙/1974.8.30)

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