絶対演劇宣言・解題

絶対演劇宣言・解題
タウトロギア=冗語体をめぐる思考
豊島重之

 “絶対演劇”なるコンセプトを知っているだろうか。いま演劇界で物議をかもしている最も先鋭的な概念だ。冗語法的な思考をヒステリカルに繰り返し、その間(あわい)から立ち上がる異様性こそを提出する。その“絶対演劇宣言”の提唱者の一人、豊島重之氏に解題をおねがいした。

 (序)

 九一年十月、私は「絶対演劇第一宣言」を発表した。「絶対演劇」を構想するにあたって、私の念頭にはカフカとルーセル、とりわけヴィトカッツィの「純粋形式」があったのは言うまでもない。十一月、この「宣言」には肯否ないまぜて呼応した海上宏美(名古屋)清水唯史(東京)と三人で「絶対演劇派」を結成した。九十二年二月には清水の「第二宣言」、さらには海上の「二つ目の第二宣言」が書かれ、三月には「第一宣言」の英訳とともに出版された。同意に、演劇哲学のハーバート・ブラウ教授をはじめ、大澤真幸・上野俊哉・宇野邦一・瀬尾育生氏らをパネラーに招いて「絶対演劇コロック—討議」が都内で開かれた。
 今稿は、それをうけて全参加者へのポレミックとしてのみならず、「第二宣言」の二稿へのクリティックとしても書かれた以上、「第三宣言」と称されてもいいだろう。
 九十二年四月、私はヴィトカッツィ研究会をスタートさせた。彼の「肖像画」(みすず書房の新刊)、彼の「写真」と数日前に没したベーコンの「肖像画」を交接させてみること。現在、絶対演劇の課題はそこにある。

 ■

 (1)絶対演劇は演劇に肖ている。

 絶対演劇は来るべき演劇でも滅ぶべき演劇でもない。それに向けて錬成を尽くせばいつかは実現する可能体でもなければ、いくら秘術をこらそうともついに達成の叶わぬ不可能体でもない。従って、今=ここなる時空を紡ぐ演劇史を含む一切の歴史性に盲目なわけでも、そうした時空の襞々にウロンな構えをとるものでもありえない。ただ、演劇に肖ている、そのことから絶対演劇は目を逸らさない。肖ているという事態を明視していく限り、その演劇が既成であれ未成であれ一向に構わない。その伝では、絶対演劇は前衛美術や純粋音楽や最終映画に肖ているとも言えるし、単に文字や形而上学の書換だと言ってもよい。絶対演劇にとってそこに些かの不都合もなく、従って後発性の自意識のかけらもない。それは演劇である、のでも、演劇でない、のでもなく、演劇に肖ている、という思考なのだ。

 ■

 (2)絶対演劇は演劇に肖ている。なぜならそれはノンブル=数の思考であり、タブロー=平面の思考であるからだ。

 数をページ、平面を紙とみなせば、それは本である。ページがふられた分だけ、紙は束を成して綴じられ、本の身体がフッと垣間見える。その切片的な境位にあっては、意味が生成し始める意味の形式ではなく、形式のもつ意味のほうが問われている。意味生産が尽きた時、本の身体がズルッと消えかかる瞬間、あるいは乱丁や落丁のせいで本がグイと身をよじるような時とか、そうした切片はいくらでも見出される。ページを日付とみなせば、それは手紙や写真や日記にほかならず、日付を価格や度量と解すればレシートや地図、統計や史書のたぐいとなろう。固有名もまた非意味の形式として数の思考を免れるものではないからだ。というのも、ノンブルの思考はどこにこのように平面を見出すかにかかっており、タブローの思考は数の規定力とその不能を浴びて発光するからである。
 最も陳腐で鈍重きわまりない好例が、非在の第四面をもつ六面でできた劇場である。演者と観者が遭遇するこの第四面において、劇場は演劇のメトニミー=換喩となり、共同体や間身体性のアレゴリー=寓喩と化す。即ちこの穿たれた覗き穴こそが月並みなのだ。それはヴァーチャル・リアリティの月並みさの比ではない。演劇の無意識を強迫的な歴史性で塗りこめ、日々、創発され続けるヴァーチャル・メディアに意味の形式を与えてきたものは、こうした空洞・非在・映像にほかならない。絶対演劇はこれを四ページ目のようにめくるのである。勿論、五ページ目を出すことに意味はない。めくり目の束の間の垂線、いわば正対しながら穴を真横から見ているようなものだ。上演の無意識が形式の意味であるなら、それは穴の不可視にではなく、穴の辺縁の可視にある。月並みなまでに可視であるため、手紙を折る時やレシートを数える時、いつも切片のマテリアルだけは見過ごされてしまうのだ。それは演劇に肖てはいるが、決して間身体のコミュノテ=共同体ではなく、むしろ数と平面のクリュオテ=残酷体と言うべきだろう。

 ■

 (3)絶対演劇はさらに演劇に肖ている。それはシミリチュード=類同体やタウトロギア=冗語体をめぐる思考であるからだ。

 肖ている。余りにもよく肖ている。殆どそっくり、まるで瓜二つだ。こうした物言いを差異を孕む同一性とか、同一性の根拠としての原差異、あるいは差異と同一の逆説的二重体といった切り口から了解してしまわないこと。ましてや自/他・一/多・内在/超越を召喚する鏡像のロギア=論理をいくら駆使したところで、このシミリチュードの事態はどうにも捉えられまい。確かに、肖ているとは端的に違うということだ。絶対演劇は前衛とは違うし、純粋とも異なる。絶対とは違うし、演劇とも異なる。しかし、絶対演劇は演劇ではない、という背理、演劇の自己否定、否定による強意の肯定。絶対演劇はこうした逆説的媒介化の思考を回避する。のみならず、根源的異質性とか絶対的他者性といった超媒介化の思考で専断されることをも峻拒する。シミュレーショニズムであれ反ポストモダニズムであれ、そこに散見される固有性信仰を想起すればよい。絶対演劇は、ここがこう違う、結局は違う、元々違っている、ではなく、あくまで肖ていることに徹して思考に思考を重ねていく。
 では、絶対演劇は演劇である、というタウト・ロギア=同語反復のほうはどうなのか。それは空集合・消尽点のロギアだ。今=こことは今=ここのことだと言うような、それ自体では無効かつ無意味のロギアだ。けれど、それがなくては一切のロギアが無効かつ無意味と化してしまうような媒介それ自体なのだ。それゆえ、パラドクスなりメタフィジクスなり、全ゆる媒介化の思考をたちまち噴流させてしまう危うさと異様さがその身上である。異質性ならぬ異様性、媒介化ならぬ媒介の思考、それが絶対演劇である。同語反復を冗語体と書換する理由もそこにある。(口頭では、前者と区別してタータロギアと造語しても難はあるまい。)要は、同語反復を非力ゆえの全能とみなしたり、外部をもたない外部として放置したりするのではなく、穴を側方から記譜していく仕方で、文字通り、瓜二つだという冗語体の異様さと捉え返していくことだ。それこそが思考に値する。固有性や普遍性を突き抜け、絶対性さえ突き抜けても尚かつ思考が思考でありうるのかどうか。思考が途絶した時、上演がゴロリと転がり出る。人が起きあがってしばらくしてから、ストンと横倒しになる椅子のように。上演は断じて思考の空位を埋めるものではなく、思考の途絶に折り合いをつけるものでもありえない。その時はじめて、その上演は絶対演劇と呼ばれる。(モレキュラー演出家)

(初出「図書新聞」/2106号/1992年6月20日(土))

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